桜田淳子が統一教会の広告塔としてバリバリやっていた頃 車イス姿の写真はなぜ撮影されたのか

桜田淳子が統一教会の広告塔としてバリバリやっていた頃 車イス姿の写真はなぜ撮影されたのか

桜田淳子

 安倍晋三元首相の殺害をきっかけに、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に再びスポットが当たっている。教団がかつて注目された1990年代の記事を見ていると、1枚の写真に目が止まった。写真週刊誌「FOCUS」(93年8月25日号)に掲載されたもので、車イスに乗り、恨めしそうな目をして前方を睨みつける桜田淳子(当時34)である。撮影日は93年4月9日、彼女が統一教会の信者として合同結婚式に参加した翌年のものだ。

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 93年4月9日、桜田は日比谷野外音楽堂にいた。むろんコンサートではない。統一教会系の「信教の自由と人権を守る東京大会」に出席するために現れたのだ。当時を知る記者は言う。

「彼女は前年の8月25日、韓国のソウルオリンピックスタジアムで行われた統一教会の合同結婚式に、元新体操選手の山崎浩子さんらとともに参加しました。ところが山崎さんは、その半年後に連絡がつかなくなってしまったのです。後に、山崎さんを脱会させようと、家族が説得を続けていたことが判明したのですが、当時はまだ“失踪”と報じられていました」

 野音のイベントは、いわば山崎奪還をアピールすることが主な目的だったという。

「桜田さんは合同結婚式以来、鳴りを潜めていましたが、山崎さんが失踪と報じられるようになって動き出したのです」

 当時の報道を見てみよう。

《集会に参加した当日の淳子さんは“痛々しい”車イス姿で登場。これは前夜、北海道の公演先から帰京した際に、羽田空港で待ち受ける取材陣にモミクチャにされて2回も転倒、「全治2週間の捻挫」と診断された結果の“痛々しさ”だった》(「FLASH」93年4月27日号)


■“痛々しい”車イス姿


 なぜこれほどの騒動になったかと言えば、北海道での講演にも取材陣が待ち受けており、統一教会の霊感商法について質問された桜田が以下のように答えたことも原因だろう。

《「(何百万円もする壺なら壺を)買った人が『すばらしい物』と思って買ったのならいいじゃないですか。自分の目で(いいか悪いか)判断して買えばいいんです。わたしは(霊感商法を)反社会的とは思わない」/雨の中、マイクを突きつけられた桜田淳子がこうまくし立てると、(中略)さらには、統一教会の神山威名誉会長までしゃしゃり出てきて、/「霊感商法が悪だというなら、日本は法治国家なんだから、裁判で白黒つければいい」》(「アサヒ芸能」93年4月22日号)

 写真の鋭い目つきは、マスコミへの恨みか、それともステージに上がる前の興奮状態のためだったのか。


■母の嘆き


《3500人の大観衆の割れんばかりの拍手と声援を受けて、舞台中央にあの桜田淳子(34)が登場した時だ。/一瞬、会場に研ぎ澄まされたような緊張が漂う。/桜田淳子は、車イスに乗っている。右足に巻かれた白い包帯が痛々しい。左手には松葉杖。イエローのスーツ。胸に赤い花のリボン。/桜田は、キリリと前を見据えて、いった。/「神の真理こそが、人類の問題を解決できるものと確信しています。山崎浩子さんが“ら致、監禁”されているのは、他人事とは思えないのです。明日はわが身であるという思いを持ちながら、必死に歩んでいきたい。山崎さんが1日も早く帰ってくることを願っています!!」》(「週刊女性」93年4月27日号)

 広告塔の大演説である。桜田は松葉杖をついて立ち上がり、拳を高々と掲げたシュプレヒコールに会場が沸いたという。

「桜田さんはこの時、山崎さんが家族に脱会の説得をされていたことなど知りません。信者に言わせれば、それも“ら致・監禁”なのでしょう」

 桜田の母親・ワカさんは当時、「週刊新潮」にこう答えている。

《「なんとか淳子が、統一教会の布教活動に力を貸すことをやめさせられないものでしょうか。淳子が教会について何かをすることは、きっと若い人たちにも影響を与えることになるはずです。淳子がそうした役割をしていることを、私はとても申し訳なく思います」》(93年4月22日号)

「山崎さんの脱会が明らかになると、再び桜田さんは姿を消しました。現在、彼女も3人の子供の母親です」

デイリー新潮編集部

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