「中村警察庁長官」が国葬後に辞職へ 逮捕状の握り潰しや元首相秘書・子息への忖度捜査で「官邸の番犬」と呼ばれたスーパー官僚の出世すごろく

「中村警察庁長官」が国葬後に辞職へ 逮捕状の握り潰しや元首相秘書・子息への忖度捜査で「官邸の番犬」と呼ばれたスーパー官僚の出世すごろく

1度も道府県警の本部長を経験せずに長官となった

■実質的には更迭


 警察庁長官の中村格(いたる)氏(59)が、9月27日の安倍晋三元首相の国葬後に辞職するという。実質的には、安倍元首相を銃撃から守ることができなかった件での更迭と見られる。官邸に寄り添うことで出世の階段を駆け上がってきた“スーパー官僚”のこれまでを振り返る。

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「昨年9月に警察庁長官に就任した中村氏は、1年半ほど務めた後、次長を務める同期の露木康浩氏(58)にバトンを渡すことが既定路線とされてきました。しかし、今回の銃撃事件を受けて、その任期が短くなりそうです。具体的には9月27日の国葬を見届けた後、しかるべきタイミングで辞任するということです」

 と、社会部デスク。

「警察庁は銃撃事件に関する検証を進めており、その報告が8月にまとまりますが、中身に関係なく辞めることは決まっているようです。銃撃事件を受けた直後の定例会見でも、自身の責任に言及する厳しい言葉を使っていました。退任について表向きには、“責任を取って”と言わず、“人心一新”みたいな言い方をするかもしれませんが」(同)


■任期半ばでの退任は極めて珍しい


 これまで中村氏を巡っては、その毀誉褒貶が広く報じられてきた。警察庁長官が任期半ばで退任を余儀なくされるのは極めて稀だ。狙撃されて瀕死の重傷を負った國松孝次長官でさえ、療養を終えて職務に復帰している。中村氏の退任が伝えられるこのタイミングで、その来し方を改めて振り返っておきたい。

 中村氏は私立ラ・サール高校から東大法学部を経て1986年4月に警察庁へ入庁。和歌山県警や千葉県警、警視庁捜査二課長などを経験した後、2010年から民主党政権下の内閣官房長官秘書官に就任した。

「1986年入庁組は能力のある人材が豊富で、警察庁長官や警視総監の候補者は何人かいました。中村氏が同期の出世レースでトップを走っていたかというと、そんなことはありません。現在、警察庁ナンバー2の露木次長のほうが、評価は高かったですね」(同)

 そんな中村氏の人生に大きな転機が訪れるのが、2012年12月の政権交代だった。

「自民党が政権を奪還し、通常なら大臣の秘書官も総とっかえされるところを、中村氏は新たにやってきた菅義偉官房長官に土下座せんばかりに“続けたい”と懇願したそうです。その意を汲んで菅さんは留任させ、中村氏は持ち前の危機管理能力を発揮して、二人三脚で難局に対処していくことになります」(同)


■官房長官秘書官から警視庁刑事部長へ


 ある財界関係者によると、

「些細なことでも2人は連絡を取り合っているように見えましたね。菅さんは色んな人と会って話を聞き出して政治に生かす手法を採っていましたが、それをフォローしていたのが中村氏でした。菅さんに有用だと思った人をくっつけることもやっており、個人秘書のような存在だったと言えるでしょう」

 高い支持率を背景に国論を二分しかねない法案を成立させる一方、国政選挙には連戦連勝で長期政権を築き続ける安倍政権にあって、菅官房長官とその懐刀の中村氏は余人をもって代えがたい存在となる。

「そろそろ秘書官が交代するのではと憶測が流れても実際にはそうならず、結局2015年春まで、民主党政権時代を含めて5年半のあいだ秘書官を務めることになりました。その後、警視庁刑事部のトップである刑事部長に着任します。その頃からすでに、将来の警察庁長官就任はほぼ間違いなしと言われるようになります」(前出の社会部デスク)

 刑事部長に就くにあたって懸案だったのは、捜査二課の仕事ぶりだった。


■逮捕状握り潰しの決済


「着任直前の2014年、知能犯を担当する捜査二課は、贈収賄案件を1件も摘発することができませんでした。過去30年で初めてゼロだったなどと新聞にも書かれて、二課のみならず警視庁の汚点として記録されることになりました。中村氏はこれに積極的に取り組むよう指示し、4件の贈収賄事件を捜査二課に摘発させます。実際は中村氏自身が情報を持ってきたようなのですが、機を見るに敏と言うか、過去の捜査二課人脈を遺憾なく発揮したというか、出世する人は結果もしっかり出すものなのだなと感心したものです」(同)

 仮にそれが刑事部長として光の部分であったとしたら、陰の部分が「逮捕状の握り潰し」案件だったと言えるだろう。

 改めておさらいしておくと、2015年6月、警視庁高輪署は元TBS記者の山口敬之氏に対し、フリージャーナリスト・伊藤詩織さんへの準強姦容疑で逮捕状を取り、捜査をさらに進めようとしていた。しかし、当時、警視庁刑事部長だった中村氏が逮捕の中止を命じたことで直前になって取り止めとなった(最高裁は今年7月7日、「山口氏による性的暴行があった」ことを認めた)。


■記者たちにとって貴重な情報源


 この件については、中村氏が週刊新潮の取材に対して「私が決済した。(捜査の中止については)指揮として当然」とその事実を認めたことも話題となった。

「警察当局の幹部が個別の案件について取材に応じるというのはほぼ皆無で、現役はもちろん警察OBからも遺憾の声が上がりました。中村氏は普段から冷静沈着なタイプですが、少し油断があったのかもしれません。週刊新潮に喋ってからは、“メディアの幹部を逮捕するというのは大変なことなんだ。たとえ君たちであっても逮捕中止を命じたよ”などと記者たちに話していましたね。中村氏は人事情報などをさらっとレクチャーしてくれるので、記者たちにとって貴重な情報源で、名前の読み方をもじって“カクさん”などと呼ばれ、頼りにされていました」

 と、社会部記者。

 インナーの記者たちに「自身の判断は間違いなかった」と改めて口にするあたり、警察内外からのハレーションを気にしていたのだろうか。


■首相官邸の番犬


「それは間違いないですね。もちろん中村氏側に立って、証拠隠滅の可能性は低いのだから、取り調べるにしても身柄を取る必要はなく、任意で良いのではないかと言う幹部がいたのも事実です。そういった主張のほうが多かったと思います。この件は、刑事事件としては嫌疑不十分、つまり、疑いは残るけども証拠が不十分だから起訴しないと検察が判断しました。中村氏はそれもあって、自身の判断の正当性を主張していたようにも記憶しています。ただ先日、民事事件では性的暴行があったことが最終的に認められたわけで、国民に説明する機会があったとしたら、少し説明しづらい案件になったことは間違いないでしょう」(同)

 山口氏は当時、安倍元首相の写真をカバーに使用した著書を出版し、ワイドショーでコメントするなど、安倍氏に食い込む記者として知られていた。そんな記者の逮捕を取り消したことで、中村氏は「首相官邸の番犬」などと揶揄されることとなる。その一方で同じ刑事部長時代、この逮捕状握り潰しほどは知られていないものの、安倍氏と直接つながる「忖度捜査」に関わっていた。


■もう1つの忖度捜査


 その捜査とは、ゲームセンターでのケンカに関するものだ。車の運転シミュレーターゲームで未成年だった被害者と、加害者である成人男性が競ってプレーしていた際に、被害者が相手をけしかけるような言動を取り、それに反応した加害者が一発殴ったというものだ。理由が何であれ暴力は看過できないが、この「ゲーセンのケンカ」が単なる揉め事で終わらず大きな事件に発展したのは、被害者が安倍氏の元政策秘書の子息だったからだ。

 この案件には泣く子も黙る警視庁捜査一課の精鋭部隊が投入され、「3日以内の解決」を厳命、加害者には暴行容疑で逮捕状が出され、実際に逮捕された。一課を投入して加害者を逮捕することは中村氏の指示で、当の一課の面々は「この程度の案件でまさか逮捕までやるとは……」と茫然自失の体だったという(中村氏は当時、取材に対し、「捜査に関わっていない」と回答)。

 もちろんそれぞれの事案には細かな事情や経緯があり一概に言うことはできないが、結果だけを見れば、官邸に極めて近い人物の逮捕状は握り潰す一方で、権力者側と揉めた者には、たとえ軽微な犯罪であっても逮捕を指示するという“忖度スタンス”が見て取れると言えるだろう。


■栗生俊一官房副長官の存在


 中村氏はその後も出世街道をひた走り、2016年8月から警察庁に移って組織犯罪対策部長に、17年8月には総括審議官、そして18年9月、次長に次ぐ官房長に、20年1月に次長、そして21年9月に長官へと昇り詰めた。

「警視庁の広報課長や警察庁の人事課長、会計課長、総務課長あたりを経験すると、長官や総監の有資格者だと言われてきたのですが、中村氏はそのどれもやっていませんし、そもそも道府県警の本部長にもなっていない。ほぼ垂直に出世していった極めて珍しいタイプです。時代がそうさせたと言われればそれまでですが、官邸との蜜月ぶりに加えて栗生俊一官房副長官(63)に目をかけられたということも大きいと思います」(前出の社会部デスク)

 栗生氏は中村氏の2代前の警察庁長官で、現在は岸田政権で官房副長官と内閣人事局長を兼任している。

「栗生氏は長官就任が確実視される前から、退職後の再就職先も含めたキャリアの人事をコントロールする立場にありました。中村氏やその次に長官に就任する予定の露木氏、そしてその後も、栗生氏がレールを敷いたものです。警察の新しい在り方を具体化していこうと、例えば交番の数を減らしたりすることにも積極的でした。好き嫌いが激しいというか、旧来の警察官僚の殻を破るようなタイプが好みで、中村氏は気に入られた一人です」(同)


■「警備実施は誰でもできる」


 一方でこのデスクは、「懐に入り込めなかった人たちは当然遠ざけられる。“今の時代に交番を減らしてどうするんだ”と憤っていたキャリアもいましたね」と指摘しつつ、「安倍元首相の事件に関連して」と前置きし、こんな話を披露する。

「栗生氏の持論で、“警備実施は誰でもできる”というものがありました。警備実施とはまさに今回のような要人警護や、五輪やサミットなどの国際的かつ大規模なイベントで事件事故を未然に防ぐオペレーションを指します。栗生氏の言葉からはこれらを軽視していた様子が窺える。実際、警備実施のスペシャリストならずともそれを主に担ってきたキャリアは、栗生氏のインナーに入り込めないままか、すでに退職を余儀なくされているという状況があります」(同)

 当事者となった奈良県警の本部長は、警備実施の計画書を事件当日の朝に承認したと会見で発言していた。

「本部長が丁寧に中身を吟味し、検討したのかという指摘は少なからずありますね。実際にそうしていたなら、あのようなお粗末な警備体制を取ることはなかったはずで、そう考えると、中身をちゃんと確認していないとは言わないまでも、事件は起こり得ないとたかを括っていたと言われても仕方ないでしょう」(同)


■テロをどれくらい見積もっていたか


 栗生氏を元とする「警備実施軽視」の空気が中村氏にも伝播し、それが今回の悲劇に繋がったこともあるのだろうか。

「そこまでダイレクトに繋がるほどコトは単純ではないと思います。ただ一つ言えるのは、中村氏もまた警備実施に関しては疎いということ。自らが具体的な事案を指揮・指示するわけではありませんが、長官自身、国政選挙中の要人へのテロの可能性をどれくらい見積もっていたのかという疑念は拭えないですね。税金を使っている以上、警備にも効率という2文字がのしかかるわけですが、今回の件は奈良県警単体の問題ではなく、警察全体の問題として捉えるべきだと感じます」(同)

 そんな中村氏の最後の大仕事が安倍元首相の国葬で、世界各国から訪れる要人の警護を担うというのは皮肉な巡り合わせという他ない。

デイリー新潮編集部

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