安倍昭恵さんが事件後初めて山口の「お墓参り」 支援者は「暗い表情でか細い声だった」

安倍昭恵さんが事件後初めて山口の「お墓参り」 支援者は「暗い表情でか細い声だった」

会合場所であるカレーショップを後にする安倍昭恵さん

 8月1日昼頃、安倍晋三元首相の襲撃事件後初めて地元・山口県に入った安倍昭恵さん。空港近くで支援者が集まった飲食店を回った後、まっすぐに向かったのは長門市油谷にある安倍家の墓であった。滞在時間はわずか10分。墓前に手を合わせた後、昭恵さんが集まった支援者の前で語った言葉とは……。

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■炎天下の中、待っていた100人の支援者


 到着後まっさきに寄った山口宇部空港近くの支援者が営む飲食店を、昭恵さんを乗せたワンボックスカーが出たのは12時半過ぎ。2台の警察車両と後援会関係者の車も加わった計4台の車列は、山あいを日本海側へと進んでいった。

 車列は最短距離を通らず、うねうねと回り道しながら進んでいく。警備上の理由だろう。ただでさえ今回は10人以上も警備がつくものものしい里帰りなのだ。

 長門市油谷の墓所に到着したのは午後2時過ぎ。墓には晋太郎氏など安倍家代々の先祖が眠っており、晋三氏もいずれここに納骨される予定だ。すでに地元の支援者100人近くが、炎天下の中で昭恵さんの到着を待ち受けていた。報道陣も10人ほど。だが、ここでも警察ががっちりガードしており、遠巻きに見守ることしか許されない。

 喪服姿の昭恵さんは墓前で手を合わせた後、支援者の前に立って深々と頭を下げた。2、3分挨拶をしていたが、何を話していたかはまったく聞こえない。滞在時間はわずか10分ほど。すぐにまたワンボックスに乗り込み、警備車両とともに次の訪問先へと向かった。


■“遺骨はまた日を改めて”


 昭恵さんはどんなことを喋ったのか。

「“生前は主人が大変お世話になりました。遺骨は東京においてあるので、日を改めて持って帰ります”。そんな短い挨拶でした」

 こう振り返るのは、同席した地元の支援者である。表情はどうだったか。

「やっぱり暗かったですね。普段はとっても明るくて気さくな方なんですが、笑みをこぼすようなこともなく。私たちも気軽に声をかけられるような雰囲気ではなかった」

 このあたりは安倍姓が多いという。やはり、晋三さんの後も安倍姓を名乗る人に跡を継いで欲しいのではないか。

「もちろん、そういう声もありますがそれは私たちから言えるようなことでもないです。下関の後援会と昭恵さんが話し合って決めるんでしょう」

 昭恵さんの山口入りは3日まで。この間、支援者らと山口4区の後継問題も話し合われる予定だ。

デイリー新潮編集部

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