神戸山口組ナンバー2の寺岡若頭が引退へ その理由とは?

神戸山口組ナンバー2の寺岡若頭が引退へ その理由とは?

神戸山口組ナンバー2引退か

神戸山口組ナンバー2の寺岡若頭が引退へ その理由とは?

神戸山口組を土俵際に追い詰める6代目山口組の司忍組長

■幹部の49日法要に欠席


 今年6月にがんで亡くなった、神戸山口組の仲村石松若頭補佐(享年66、3代目古川組組長)。その49日法要が先日開かれたが、そこに神戸山口組の寺岡修若頭(73=?友会会長)が顔を見せなかったという。その背景に何があったのか。元山口組系義竜会会長の竹垣悟氏(現在は暴力団組員の更生を支援するNPO法人「五仁會」を主宰)にその背景などについて解説してもらった。

「7月31日、仲村若頭補佐の兵庫県尼崎市内の自宅で49日法要が開かれました。神戸山口組からは、“手の空いている者は出席してやってくれ”という話があったようで、幹部も若い衆もできる限り顔を出したということでした」

 と、竹垣氏。兵庫県公安委員会から特定抗争指定暴力団に指定される神戸山口組は、県下の尼崎市内でも5人以上で集まることなどを禁じられている。

「4人以下の“シバり”を守って、井上邦雄組長ももちろん法要にやってきましたが、ナンバー2の寺岡修若頭は出席しなかったと聞いています」


■解散推進派に転じて


「寺岡若頭はメンタルヘルス関連の病気で入院していました。以前に脳梗塞で倒れたこともあり、疲労が溜まりやすい傾向にあるようです。ただ、法要の時点ではすでに退院していたので、体調の面だけで欠席を選んだというわけではなさそうです」

“手の空いている者は出席してやってくれ”と号令したのは執行部であるし、若頭補佐という幹部の死去は組織として大きな出来事なだけに、健康面での問題が深刻なものでないならナンバー2が法要に出席するほうが自然だろう。

「神戸山口組の発足当初はど真ん中で井上組長を支えてきた寺岡若頭は差し当たって、解散推進派に転じています。6代目山口組に徹底抗戦しても意味がないと判断し、井上組長の首に鈴をつけるべくさまざまな動きをしてきました」

「井上組長の首に鈴をつけるべくさまざまな動き」のうちの1つが、今年に入ってから進めた、福岡県久留米市に本部を置く道仁会の小林哲治会長を通じての説得工作だった。


■仲介者への伝達とは?


「結果的にこれはうまく行かず、少し前に井上組長と寺岡若頭が連れだって小林会長のもとを訪ね、“これまで色々とご尽力をいただきましたが、思うところあって、神戸山口組の解散、自らの引退につきましては、すべて白紙ということになりました”と井上組長が伝えたということでした。窓口になってきた寺岡若頭の顔は丸つぶれで、それによって両者の関係は決裂したとのことです」

 竹垣氏の話を総合すると、6代目山口組との抗争が苛烈を極める中、劣勢に立たされ続ける神戸山口組の将来を案じた寺岡組長は組織の解散を進めた方がさまざまな意味でベターだと判断。そうなるべく具体的な手を打ったものの、最終的に井上組長はこれを受け入れなかった、ということになる。

「親分に引退・解散を迫る動きはもちろん、腹を括ったうえで進退をかけたものでした。しかしそれがうまくいかなかったので、自身の引退を決意しつつあるということですね。神戸山口組のために全力でやってきただけに落胆した部分も少なからずあるでしょう。ここはすっきりヤクザ社会から身を退き、カタギになる決意をしていると見ています」

 仮に引退となれば、神戸山口組の若頭は入江禎副組長が兼任する可能性があるという。

デイリー新潮編集部

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