今の若者に「絶対かけてはいけない言葉」3選 褒めることすらNGな理由とは

今の若者に「絶対かけてはいけない言葉」3選 褒めることすらNGな理由とは

「いい子症候群」若者の心理

優秀な若者たちが増えている

 例年春から夏にかけて新入社員のタイプが話題になる。最近では「素直でまじめ」という肯定的な評価の一方、「つかみどころがない」等の不可解な存在との印象を持たれることも少なくない。なぜなのか。背景には「いい子症候群」という現代若者の心理的特徴がある。【金間大介/金沢大学教授】

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 突然で恐縮だが、あなたは今、大学生だとしよう。

 正確には、あなたは今、大学3年生。同級生らとともにゼミに配属され、数カ月が経過したところだ。

 念のため簡単に解説すると、日本全国の大学では通常、3年生(学部によっては2年生の場合もあるし、理系では4年生の場合もある)になるとゼミないしは研究室配属という手続きが用意されている。ゼミでの演習は原則として必修科目として設定されている場合が多いが、特に私立のマンモス大学の中には選択科目としているケースもある。

話をよく聞くのも特徴のひとつ

■企業にとっても学生は貴重


 いずれにしても、多くの大学生は3年生頃になるとゼミや研究室に属し、調査や実験、グループワークなどを経て、卒業論文を執筆する。そしてそのゼミの担当教員が、いわゆる恩師となる。

 教員の中には、民間企業との付き合いを活発に行う人もいて、最近では共同研究を実施しているところも増えている。大規模な調査や実証実験など、負荷の大きい研究では学生の手を借りることも多く、学生はそのテーマで卒業論文が執筆できるし、社会とのつながりもできる。

 企業からしてみれば、教授ないしは准教授の下で協力してくれる学生はそれなりに貴重な戦力となる。よって、大学へ足を運ぶ際には、手土産を持参するケースも少なくはない。

「素直な学生」「優秀な新入社員」たちの正体

■手土産を受け取る学生の反応クイズ


 と、ここからが本題だ。

 あなたは今、同じゼミに配属された同級生8名と談笑している。そこへ共同研究相手のAさんが顔を出し、「こんにちは〜。出張に行ってきたから、これお土産です。良かったら皆さんで」と、紙袋を持ち上げて見せてくれた。

 はい、そこでストップ。ここで問題です(いきなり)。この次の瞬間、どんなことが起こるでしょう?

 と、聞かれても難しいと思うので、選択肢を用意した。なお、初期設定として、ちょうどその時間は、ゼミ長を含む先輩らと先生は別室で打合せをしているとする。

(1)「わー、ありがとうございます!」と言って、Aさん(というよりその手土産)にゼミ生が群がる

(2)あなた、あるいは他のゼミ生が「あ、わざわざすみません。ありがとうございます」と言って、手土産を受け取る

(3)全員が固まる。つまり、ほぼノーリアクション。正確には、本当にリアクションがない人半分と、同級生の方を見たりする人半分

 さて、改めてあなたが抱いたイメージはどれに近いだろうか?

(1)をイメージしたあなたは、おそらく社会人の中ではベテラン勢だろう。“若者といえば”というイメージをストレートに反映したのが(1)になる。(2)はいかにも“普通”という感じの状況か。(3)は、何というか、ちょっと失礼だ。いや、だいぶ失礼だ。と感じる人も少なくないだろう。

 それでは、今の大学生にとって、最も起こりやすいのはどれか?

親心は新入社員に通じない?

■手土産は恐怖の対象


 答えは(3)だ。この失敬千万極まりない状況を、実際に私は何度も目の当たりにしてきた。逆に、手土産を持参した人がよっぽど仲のいい人でない限り、最も若者感満載の(1)の状況を、私は最近ほとんど見ていない。

 ここで大事なのは、その理由だ。なぜ(3)なのか。仮にその手土産を個包装されたバターサンドだとしよう。ホールケーキやバウムクーヘンだと切り分けるのが大変だろうからと、企業の人もいろいろと気を使ってくれる。それでもなお、(3)の出現頻度は変わらない。それはなぜか。

 それは、今の大学生が傍若無人な無礼者だからでも、常識知らずだからでもない。むしろ、そういった対人関係における礼儀は、このコロナ禍においても損なわれておらず、「2022年度入社の新人のレベルは向上している」という記事も散見される。

 学生のバターサンドに対するリアクションが薄い理由、それは「自分が代表して受け取ることが怖い」からだ。誤解を恐れず、ストレートに表現しよう。この状況において、バターサンドは恐怖の対象でしかない。それはなぜか?


■穏便こそ人生の最も尊い価値


 それは、そこに「責任」が発生するからだ。何をバターサンドで大げさな、と思うかもしれないが、それが昨今の若者たちの心理的特徴なのだ。そのバターサンドにどんな深刻な責務が発生するのか、いまいちピンとこない人のためにスペースを割いて解説しよう。

 仮にそのバターサンドが12個入りだったとしよう。今その場にいるのはあなたを含めて9人だから、1人1個ずつ配ったら3個余る。この3個の処置は極めて重大だ。先輩たちを入れたら逆に足りなくなってしまう。これはさらに深刻だ。自分がそんな渦中に巻き込まれることは断じて避けなければならない。つまり、1人1個配布作戦は穏便ではない。穏便こそ人生の最も尊い価値。とはいえ他に名案はない。このバターサンドは、今まで保険に保険をかけて生きてきた人間関係を窮地に追いやる超ハイリスクアイテムに他ならない。

 と、そんな心理が瞬間的に作用した結果が、先の「(3)固まる」というリアクションになる。


■「匿名化」に徹する学生


 さて、再び時計の針を動かそう。「よかったら皆さんで」とAさんが言った後、「固まる」のが学生にとって正解だということは、とりあえず分かったことにしよう(読者の皆さんは大人です)。それでは、その気まずい空気は一体どうなるのか。

 この状況、最も耐え難いのが実はAさんだ。この「固まる合戦」において、歴戦の「固まる勇者」たちを相手にAさんに勝ち目はない。何より今この瞬間、学生9名は「匿名化」に徹しており、唯一「実名」で行動しているのがAさんとなる。もはや1%の勝ち筋すらない。

 そんなAさんに私からアドバイス。

 ここは「あ、じゃあ後で先生に渡しておきます」というのが大正解。一気に空気が氷解する。


■爆弾を抱えた学生はどうするか


 一方、「あ、じゃあ君、はい」と言って、たまたま近くにいた学生Bに渡すのは頻繁に見られる行動だが、できれば避けたほうがいい。学生Bはもちろん受け取る。それを拒否するような積極的自己主張を、今までしたことなどないからだ。この時点でAさんはバターサンド爆弾の恐怖から解放される。

 問題は爆弾を抱えた学生B。彼/彼女はあくまで匿名者として仮預かりしたに過ぎないという自己暗示のもと、多くの場合はそのまま先生に渡そうとするだろう。ただし、

「先生、Aさんが来て、これを預かりました」

「そうなんだ。でもこっちに持ってきても仕方ないじゃないか。皆で食べたらいい」

 と返されるのがオチだ。これはまずい。学生Bの苦悩は続く。バタサン爆弾爆発の時は近い。場合によっては、やむなくゼミ室の机の上に放置したまま賞味期限を迎えることだって十分あり得る。


■まじめでいい子だけど


 私は、新著『先生、どうか皆(みんな)の前でほめないで下さい』(東洋経済新報社)の中で、こうした昨今の若者の行動や心理的特徴を「いい子症候群」と表現し、さまざまなエピソードやデータとともに解説している。

 かく言う私は、現役のモチベーション×イノベーション研究者だ。イノベーション創出をリードする人材の養成をミッションとしている。若者を教育していく中で、気付いた特徴の一部をここでも紹介したい。彼らがそのような行動を取るようになった理由は先の本を参考にしていただくとして、要約すると、現在のいい子症候群の若者たちの特徴は次の通りだ。

「いい子症候群の若者たち」の行動特性(その1)

・素直でまじめ

・受け答えがしっかりしている

・一見さわやかで若者らしさがある

・協調性がある

・人の話をよく聞く

・言われた仕事をきっちりこなす

・飲み会に参加する

 こういった行動特性から、世間ではよく、最近の若者のことを「素直でいい子」「まじめでいい子」と評する。そのような姿勢から「今年の新入社員は優秀だ」と春から夏にかけてうわさされることも、もはや毎年の恒例行事のようだ。


■場を乱さず、集団と化す学生


 ただし、彼らは同時に次のような行動特性も併せ持つ。

「いい子症候群の若者たち」の行動特性(その2)

・自分の意見は言わない、言っても当たり前のことしか言わない

・質問しない

・絶対「先頭」には立たない

・必ず誰かの後に続こうとする

・学校や職場では横並びが基本

・授業や会議では後方で気配を消し、集団と化す

・場を乱さないために演技する

・悪い報告はギリギリまでしない

 こういった極めて消極的な姿勢を伴うことから、「素直でまじめ」「しっかりとした受け答え」なのにもかかわらず、「何を考えているのか分からない」「自らの意思を感じない」といった不可解な印象を与える。

 この点が「いい子症候群」の大きな特徴なので、改めて強調しておきたい。昔から消極的で主体性のない若者というのは存在した。それと「いい子症候群」とは何が違うのか。それはキャラの分かりやすさだ。かつての消極的な若者は「行動特性(その1)」のような振る舞いはしなかった。一見しておとなしく、コミュ力が乏しいだろうことがすぐに分かった。

 しかし今の「いい子症候群」は違う。一見、若者らしい前向きさがある。協調性があり、(表面的な)意欲も見せる。年配者はこれにだまされる。そしてこう言う。「今年の新人は優秀だ」。

 それではなぜ、彼らはそんな分かりにくい行動を取るのか。その内面にはどんな心理が隠されているのか。それを端的に表すと次のようになる。


■どのような心理特性を持っているのか


「いい子症候群の若者たち」の心理特性

・目立ちたくない、100人のうちの1人でいたい

・変なこと言って浮いたらどうしようといつも考える

・人前でほめられることが「圧」

・横並びでいたい、差をつけないでほしい

・自分で決めたくない(皆で決めたい)

・自分に対する人の気持ち、感情が怖い

・自分の能力に自信がない

「そんなの、若者だけじゃなくてみんな同じじゃないか」と思う人もいるだろう。もちろんその通りだ。重要なのは、「いい子症候群」にとっては、自分の人生における岐路を支配してしまうほど、これらの感情が強いということだ。

 普段から若者と接する機会のある人は、彼らのやる気を引き出そうといろいろな言葉をかけてきたことだろう。

 筆者の経験上、勉強に対するモチベーションを低下させる最良の方法は、今まさに勉強しようとしている人に「もっと勉強しなさい」と言うことだ。これは効果絶大、間違いない。「もう、今からやるところだったのに……なんかやる気なくなった」と切り返された経験をお持ちの方も多いことだろう。


■若者が引く言葉


 こういったNGワード、実は他にもたくさんある。例えば「いつも勉強していてえらいね」、「たくさん勉強していい大学入ろうな」なども、ネガティブ効果を発生させる危険性がある。こうなると、勉強しようとしている人に対して、勉強という言葉を使うこと自体がNGなんじゃないかと思えてくる。いや、むしろそう思っておいたほうが無難かもしれない。

 ネガティブ効果を発生させる多くの場合、あなたが発する言葉はあなたのために放っている。だから相手にとって妨害電波となる。「自分のためかどうか、そんなの自分ではよくわからない」という人もいるかもしれないが、確認するのは簡単だ。

 100%相手のための言動なら、相手がそれをどう受け取ろうとあなたの感情には関係しない。

 逆に、相手のリアクションを受けて、もしあなたの気持ちが少しでも害されたとしたら、それは相手に何らかの期待をしていた証拠だ。

 前置きがやや長くなったが、今回、「その言葉をかけた瞬間、高確率で若者は引くだろうNGワード・ワースト3」を考えてみた。いずれも心から若者のことを想うがゆえの言葉だが、残念ながらあなたの親心は打ち砕かれるだろう。以降、単に若者と表現する場合は「いい子症候群の若者」を想定していただきたい。


■ノーリスク志向


 第3位は、「若いときこそたくさん失敗すべし」だ。

 この言葉の背景には、「俺が若いころはとにかくいろんなことに手を出してめちゃくちゃやったもんだ」という、いわゆる武勇伝語りの香りが漂う。残念ながらこれらの類はあまり若者には響きはしない(ただし、いい子症候群の若者たちは表面的な協調性に長けているので、響いたふうのリアクションはする)。

 何といっても、いい子症候群の若者たちの最大の特徴の一つはリスク回避志向にある。リスク回避を通り越してノーリスク志向と言ってもいい。そんな姿勢を目の当たりにすると、それじゃ何にも得ることはできないぞ、と思わず言いたくなる気持ちは分からないでもない。

 少子化が進んだ日本において、若さの価値は上昇の一途をたどっている。若いというだけで優遇される局面が実に多い。極端な言い方をすれば、若いというだけで無敵なのだ。そんな状況でわざわざ苦しい道を選んでたくさん失敗しようと考える若者は少ない。

 そんな若者を前に、どうしても何かしらの武勇伝を語りたくなったら、あくまで「自分はあのときこう考えていたから、こういう行動をした。そのことについて、今はこう思っている」というふうに、主語は「私」で徹底してもらいたい。大人はつい「だから君は」とか「今の社会は」とか言ってしまいそうになるが、おそらくそれらは言葉を受け取る若者にとって邪魔なだけだ。


■「自分はそっち系じゃない」と考える若者


 第2位は「君は将来何がやりたいんだ?」「人生は一度きりだぞ」である。

 この辺りから、いい子症候群の若者たちが感じる「圧」の度合いが増してくる。

 こうした言葉をかける人もやはり、目の前の若者のことをとても気にかけている素晴らしい人に違いない。その心には、「少しでも早いうちにやりたいことを見つけ出すことが、人生を充実させる」という想いがある。

 若者だってもちろんそんなことは分かっている。ただ、大半の人がやりたいことなど見つけられず、そこそこ妥協して生きているという現実も知っている。

 若者だって、できるならやりたいことを見つけたいと思っている。でも、できない。見つかる気もしない。というか、見つけた人と自分とは明らかに精神構造が違う。自分はそっち系じゃない。そう思っている若者に、ストレートな正論を打ち込んでも残念ながら意味はない。


■「期待しているよ」はなぜNG?


 最後の第1位は「期待しているよ」「君ならできる」だ。

 これには賛否両論があると思う。仮に、第3位や第2位は「それちょっと分かる。だから結構気を付けている」という人でも、これは言ってしまっている(あるいはあえて言っている)という人も少なくないだろう。だからこそ、第1位にあげたい。

 期待という言葉には、本来「自分にはできないこと」、あるいは「自分はできるけどやらないこと」を相手にしてもらう、というニュアンスがある。そして相手にしてもらうその行為は、直接的あるいは間接的に自分の利益になる、というニュアンスも内包される。

 それって期待じゃなくて「お願い」じゃないか、と思うだろう。その通りだ。それなのに「お願い」と言わないのは、「期待」にはもう一つの側面があるからで、それは目上の人が目下の人に向かって使う言葉だからだ。本当は「お願い」なのに、カッコつけて上から「期待」と言う。若者からすれば、そんなバイアス満載の「圧」ワードを素直に受け取れるはずがない。


■ぼぼ全ての若者に対して無意味


 もう一つ、「君ならできる」がNGとなる理由がある。それは「ハードルが上がる」からだ。声をかけた側としては、自信を持ってほしくて「君ならできる」と言ったのだろうが、自己肯定感の低い若者にとってみれば、その想い自体が「圧」となる。

 以上のNGワードたちは、いずれも良かれと思って発する、大人にとってのポジティブ・ワードである。人生の先輩として決して間違ったことは言っていない。が、残念ながら少数の「意識高い系」にしか響かないだろう。そして、そんな意識高い系は、すでにこれらの言葉を十分に理解している。よって、ほぼすべての若者に対して無意味な言葉となるのだ。

「いい子症候群」の若者たちは、能力がないわけでも、やる気がないわけでもない。この小文が少しでも彼らとのコミュニケーションに役立てば幸いである。

金間大介(かなまだいすけ)
金沢大学融合研究域融合科学系教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授。北海道生まれ。横浜国立大学大学院工学研究科物理情報工学専攻(博士(工学))、バージニア工科大学大学院、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、文部科学省科学技術・学術政策研究所、北海道情報大学准教授、 東京農業大学准教授、金沢大学人間社会研究域経済学経営学系准教授を経て、2021年より現職。

「週刊新潮」2022年8月4日号 掲載

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