岸信介と統一教会を仲介したのは謎の「踊る女性教祖」? 警視庁公安部が捜査していた政治家の実名も

岸信介

 なぜ統一教会の「政界汚染」が問題視されるのか。教団が社会問題を引き起こすカルト宗教だからである。それを裏付けるのが、警視庁公安部による「捜査ファイル」の存在。長い監視の末、蓄積されたリストには膨大な信者の情報とともに、政治家の実名も記されていた。

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 手元に一つの資料がある。「C」と名付けられたその膨大な量の書類には約2万6千人に及ぶ統一教会関係者の名前がずらっと並び、職歴や勤務先、教団内での地位などが細かく記載されている。

「これは警視庁公安部公安総務課のカルト担当の情報を元に作成された機密資料です」

 と、明かすのは警察庁関係者である。CはChurch(教会)の意味で統一教会を指す警察内の隠語。このリストに記されている全員が信者というわけではないが、教団や関連団体での活動歴のある人物ばかりなのだ。

 なぜ、警視庁公安部は統一教会やその信者を監視し、膨大なリストを作成してきたのか。

「それは統一教会が、法治国家を脅かすカルト宗教だと見られているからです」(同)

 巷間、報じられているように統一教会が政治と癒着してきたのは、当局による捜査の手を逃れるためだったのか――。

捜査ファイルに記されたのは……

■「もしかしたらお会いしているかもしれません」


 そのリストの詳細に分け入る前に、政界と教団を結び付けた原点を詳らかにするため、時計の針を少し巻き戻す。

 舞台は東京・渋谷。

 若者の街として知られる渋谷は文字通り、谷と尾根が複雑に交差する坂の町である。その渋谷駅から緩やかな道玄坂を登っていき、尾根筋である旧山手通りの手前を左に折れると「南平台」という地区に出る。

 地名は明治期につけられた新しいもので、近くには南平坂という坂もある。起伏と緑に富んだその地は、かねて政財界の大物が居を構え、都内でも有数の高級住宅街として知られてきた。

「南平台に住んでいたのは小学校低学年の頃なので、もしかしたら(統一教会の方と)お会いしているかもしれません」

騒動収まらず(昭恵夫人)

■関係の原点が「南平台」


 7月29日、防衛省で行われた岸信夫防衛相の会見。記者から南平台の岸信介邸の隣に統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の関連施設があったことを問われ、安倍晋三元総理(享年67)の実弟でもある岸氏はこう答えた。同じく26日の会見でも、

「統一教会の皆さんは何人かは存じ上げています。お付き合いもありますし、選挙の際にもお手伝いをいただいています」

 と、率直に教団との関係を認めたのだった。

 安倍元総理が山上徹也容疑者に射殺された後、安倍家、そして祖父である岸信介元総理と統一教会との関係が取り沙汰されてきた。特に、岸の私邸の隣に教団施設があったことが“蜜月”の始まりといわれている。すなわち、両者の関係の原点が「南平台」というわけだ。


■「踊る宗教」の教祖


 岸が南平台の土地を買い求めるのは1950年のことである。同じころ、「歌う映画スター」と呼ばれた女優の高峰三枝子が岸の隣の土地を購入。56年、岸は手狭だった自宅に加え、空いていた高峰邸を借り、ひと続きの「私邸」として使用する。60年に総理の職を辞すと、岸は高峰邸を返却し、その後、64年11月から65年8月まで、なぜか統一教会本部がその邸宅を借り、岸の「お隣さん」となった。

 事情を知る山口県政関係者は、

「実は岸家と統一教会が親しくなったきっかけは、それだけではないんです」

 とこうささやく。

「岸信介さんと統一教会の出会いは1960年代の半ばのことといわれています。当時、それを“仲介”する人物がいました。それが安倍派の北村経夫参院議員の祖母、天照皇大神宮教の教祖で67年に亡くなった北村サヨさんだったんです」

 天照皇大神宮教は、東京・数寄屋橋でサヨらが一心不乱に「無我の舞」を踊ったことから「踊る宗教」とも呼ばれる。そのサヨは岸の故郷である山口県田布施町で本部を立ち上げ、親交があった。岸が巣鴨プリズンに収監される際に、「3年ほど行ってこい。来年できる神の世の総理大臣に生かして使ってやる」と、声をかけ、予言を的中させたとされる。


■統一教会の日本初代会長の著書にも…


 統一教会の日本の初代会長・久保木修己氏の著書『愛天 愛国 愛人』(世界日報社)にはこんな記述がある。

〈六〇年代の中ごろ、Aさん(注・本書では実名)が山口県に開拓伝道に行った時、「踊る宗教」の教祖に会ったのです。(中略)そのころ、統一教会の本部は渋谷区南平台にあって、実は岸先生のお宅の隣でした。それでAさんがその教祖の紹介もあって、岸先生宅に通うようになりました〉

 さらに、すでに統一教会の運動に共鳴していた戦後政界のフィクサー・笹川良一氏の勧めもあり、岸は教団との関係を紡ぎ、68年の国際勝共連合発足の際の発起人に名を連ねることになる。

 統一教会の広報部は、教団と北村サヨとの関連を、

「ご指摘の点は事実ではありません」

 と答える。だが、岸防衛相が先のような会見の受け答えに終始し、教団との「関係を断ち切る」と明言しないのは祖父のこうした逸話を踏まえれば、さもありなんなのだ。

 さらに、同じ安倍派の所属で、特に統一教会との関係が深いとされるのが、下村博文元文科相(68)だ。


■オウム真理教が契機に


 下村氏が文科相在任中だった2015年8月、文科省は20年弱にわたり受理しなかった統一教会の名称変更の申請を突如、認可した。

「文化庁宗務課の担当者は、統一教会サイドからかなり強硬に迫られていたようでした。実は、宗教を扱う宗務課は、宗教団体と関連する議員ともやりとりがあり、どういう決定をしているかが不透明な“ブラックボックス”といわれます」(文科省関係者)

 この決定に下村元文科相の関与が疑われている。

「下村さんは、統一教会サイドが何年もかけて籠絡した“政界の窓口”の一人とされてきました。永田町でも下村さんと教団の関係は有名で、世界日報社からの献金も過去に受けている。この決裁を下村さんが知らないはずはありません」(同)

 当の下村事務所は、

「特に私から指示することはありませんでした。事務方において法令等に従い適正に処理をされたのだと思います」

 だが、統一教会が普通の宗教団体でないことは、火を見るより明らかだ。

 冒頭に紹介した資料には膨大な信者の情報が含まれている。そこに記されているのは、例えば、合同結婚式の参加者、教団内や国際勝共連合の役職者、教団関連企業に勤めていた者、などである。そもそも統一教会とは、当局によって日常的に監視され、情報を収集されている宗教団体なのである。その経緯について、前出の警察庁関係者が続ける。

「もともと統一教会は、勝共連合との関係から警視庁公安部の中でも右翼担当の公安第3課の管轄でした。ところが、95年、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、世間的にもカルト宗教が注目された。それと前後して統一教会は公安総務課のカルト担当が監視することになりました」


■捜査資料に登場する政治家の名前は


 その理由については、

「公安がマークしているのは、法治国家にとって危険な存在だとみなしているからです。カルト宗教は我々が守るべき法律よりも宗教団体内の“法”、つまり教義を優先してしまいます。教祖が絶対だからこそ、オウム真理教のような事件が起きてしまうわけですが、統一教会も同様の事件を防ぐために、組織の実態について全容解明をすべく、監視しています。総務課のカルト担当は『情報係』『視察係』『事件係』の三つに分かれています。情報係が情報を取り、視察係が教団関連の会合などの参加者をウオッチして面割りし、どのような人物が出入りしているのか、情報を蓄積していくのです」(同)

 実はこの捜査資料には、複数の政治家の名前が記載されている。

 95年に都内のホテルで行われた「朴普煕(パクポヒ)博士『希望の日』晩餐会」。そこに招待された政治家の面々の名だ。朴普煕は19年に亡くなっているが、統一教会幹部として知られた人物だった。


■統一教会宣教師のイベント


「もともとKCIA(韓国中央情報部)の出身で、過去には文鮮明の息子に自身の娘を嫁がせています」

 と、全国霊感商法対策弁護士連絡会の渡辺博弁護士が朴について解説する。

「一時は文鮮明の右腕として甘い汁を吸うも、別の古参幹部に追いやられ失脚。00年代に統一教会の土地を巡る詐欺事件を起こし、有罪判決を受け、表舞台から姿を消しました」

 朴は日本における信仰をさらに広めるため、「世界宣教師」として95年に来日し、「希望の日講演会」なる集いを全国各地で催した。

 統一教会の文献によれば、95年度だけで全国73カ所、参加者は10万人を超えたという。そのような時期に政治家を招待する「意味」は自ずと浮かび上がる。

 安倍派の現職議員でその晩餐会に招待されたのは、大臣経験もある衛藤晟一参院議員。衛藤事務所は、

「全く記憶にありません」

 と答えるのみ。ファイルには、同じ安倍派、越智隆雄衆院議員の父である故・越智通雄元経済企画庁長官、中川秀直元官房長官も招待されたとある。

「福田赳夫さんの長女を妻に持つ通雄さんは、統一教会と関係が深いことで知られていました。一時期、地元事務所には統一教会から派遣された秘書が3人働いていたといわれます」(永田町関係者)

 その秘書の一人は、

「統一教会に派遣されたなどという事実はありません」

 と言うものの、安倍派と統一教会との関係の深さは疑いない。そして、実は統一教会による「政界汚染」は安倍派に限らず。この資料には総裁派閥である岸田派議員の名前も載っているのである。


■政治家の参加を公安部が「視察」した記録も


 派閥の番頭・根本匠元厚労相のことだ。

 岸田派の事務総長を担い、閥務においては岸田総理の“側近”。根本氏も95年の晩餐会に招待されていたとして、警視庁からその動向を注視されていたというわけだ。

 その真偽について当人に尋ねた。

――晩餐会に出席したのか。

「どうやって確認しているの? 出席していないよ、全く。向こうから案内があったけど、日誌で確認して、僕の日程でそうなっているから」

――案内があったということは統一教会と関係があったのか。

「知らないよ、そんなの。知らないよ。関わりがあるから案内が来るなんておかしいじゃないか。うちは何にもしていないのに」

 実は捜査ファイルには、実際に政治家が関連イベントに参加し、公安部が「視察」した記録も載っている。

 2001年に都内のホテルで開かれた天宙平和統一国日本大会に参加したとして、吉野正芳元復興相や故・三塚博元蔵相らの名前が記されている。他にも故・中曽根康弘元総理が01年、関連団体の集いに祝電を送っていたともある。

 さらに、

「文鮮明が12年に亡くなってから、後継をめぐるゴタゴタがあり、統一教会の幹部が度々来日していたことが分かっています」

 とはある警視庁関係者。

「都内高級ホテルのワンフロアを借り切り、宿泊していたのですが、そこに政治家が来訪する姿が確認されています。何かあった時のために双方の関係を強化するためで、政治家は現金を受け取っているとも聞きました」


■文化庁がネックに


 教団に詳しい北海道大学の櫻井義秀教授が指摘する。

「そもそも統一教会は日本を金のなる木として使って、日本の植民地支配を断罪し、贖罪させるという目標を持っています。これが日本の保守政治家と結びつくはずがないのです。政治家からすれば、選挙時のスタッフなど統一教会のマンパワーを使いたい。教団は政治家と近しくなることで、日本での活動をスムーズに進め、活動を拡大したい。そういった利害関係でつながっているに過ぎません」

 こうした工作を繰り返しながら、着々と日本の政治に浸透してきた統一教会。

「09年に印鑑などを霊感商法で売りつけ、特定商取引法違反で摘発された関連会社の事件はあれど、これまで、教会本部に当局が切り込んだことはない。宗教法人を管轄している文化庁がネックになり、検察や裁判所も容易には捜索令状を認めないからです。無論、政治家とのつながりも障壁になりました」(警視庁関係者)

 封印されてきた捜査ファイルが物語る「カルト集団」としての統一教会。それでもまだ、岸田政権と自民党は、彼らと蜜月関係を続けようというのだろうか。

「週刊新潮」2022年8月11・18日号 掲載

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