悪魔の詩「ラシュディ氏」襲撃で囁かれる米要人暗殺計画との関係 元公安警察官の分析

小説『悪魔の詩』

 日本の公安警察は、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、「悪魔の詩」作者の襲撃事件について聞いた。

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 8月12日、「悪魔の詩」(1988年出版)の作者のサルマン・ラシュディ氏(75)がニューヨーク州シャトークアでの講演中、24歳の男に首と腹など10カ所を刺される事件が起こった。何とか一命をとりとめたが、犯人の背後にはイランの関与を指摘する見方があるという。

 ラシュディ氏と言えば、1989年、イランの最高指導者だったホメイニ師から死刑宣告を受けたことで知られる。その後、アメリカに移住して長い間雲隠れしていたが、最近は、ボディーガードを付けないこともあったという。


■イスラム革命防衛隊


「犯人の両親はレバノン人で、犯人はムスリム(イスラム教徒)で、SNS上でイランのイスラム革命防衛隊の支持を表明していました」

 と解説するのは、勝丸氏。

 実は、イスラム革命防衛隊がこの事件のカギだという。イスラム革命防衛隊は1979年に創設されたイランの軍隊で、陸海空軍、特殊部隊、弾道ミサイル部隊、情報部を有する。

 例えば、5月と6月にはこんなことがあった。

「イランと敵対するイスラエルが5月22日、イスラム革命防衛隊の大佐を殺害しました。さらに6月上旬には、革命防衛隊の別の大佐が自宅の屋根から転落死しているのです」

 イランは、大佐の転落死もイスラエルの犯行とみた。

「イランはイスラエルへの報復のため、ビジネスマンや学生に扮した暗殺部隊を8人、イスラエル人の多いトルコに派遣しました。民間人でも軍人でも、誰でもいいからイスラエル人を殺すのが目的でした」

 計画を察知したイスラエルは、トルコ当局に通報。6月末、暗殺部隊の8人は逮捕された。

 そして、ラシュディ氏暗殺未遂事件が起きる2日前、今度は米司法省はイスラム革命防衛隊のメンバーを起訴したと発表した。

「イスラム革命防衛隊がトランプ政権で大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏の暗殺を企てたことをFBIが突き止めました。2020年1月、イスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官をアメリカの特殊部隊が暗殺したため、その報復として対イラン政策では強硬派だったボルトン氏が狙われたのです」

『警視庁公安部外事課』(光文社)

■プールサフィ容疑者


 起訴されたのは、テヘラン在住のシャフラム・プールサフィ容疑者(45)である。

「彼は、自ら暗殺に手を下さず、米在住のムスリムを使おうとした。プールサフィはそのムスリムに30万ドル(約4000万円)の報酬でボルドン暗殺を依頼しています。ムスリムはボルトン氏の自宅まで割り出したものの、ボルトン氏の周りにはいつも警護が付いていたため、犯行には至らなかったのです」

 FBIは、プールサフィとムスリムのSNS上でのやりとりを傍受して分析。ムスリムの身元を特定した。8月10日、刑事訴追に踏み切ったのだ。

「ボルトンの暗殺計画がFBIに知られてしまったため、革命防衛隊がその腹いせにラシュディ氏を暗殺しようとしたのではないか、という見方が米捜査関係者の間で広まっています。ラシュディ氏はボディーガードをつけないときもあったので、暗殺しようとすればいつでもできた。米国内でラシュディ氏を暗殺すれば、米国政府のメンツを潰すことになります」

 イラン外務省は、ラシュディを襲った犯人とは一切つながりがないと表明している。

「イランがラシュディ氏暗殺未遂と関係がないというのは疑わしいですね。最近のイランは、何でも過敏に反応して報復する傾向がある。犯人はまだ24歳。いくら何でも、自分が生まれる前に出版された本の作者を襲うとは思えません」

勝丸円覚
1990年代半ばに警視庁に入庁。2000年代初めに公安に配属されてから公安・外事畑を歩む。数年間外国の日本大使館にも勤務した経験を持ち数年前に退職。現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活躍中。「元公安警察 勝丸事務所のHP」https://katsumaru-office.tokyo/

デイリー新潮編集部

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