私はFBIのために北朝鮮「一等書記官」の指紋を入手した 元公安警察官の証言

アメリカに狙われた北朝鮮大使館の一等書記官について勝丸氏に聞いた(※写真はイメージ)

 日本の公安警察は、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、アメリカに狙われた北朝鮮大使館の一等書記官について聞いた。

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 勝丸氏はかつて外務省に出向し、アフリカ大陸のある国の日本大使館に警備担当外交官として赴任したことがある。現地のアメリカ大使館には、FBIの関係者も勤務していた。

「ある日、FBIの関係者から食事に誘われました。相談したいことがあるというのです」

 と語るのは、勝丸氏。

「その国には北朝鮮大使館もありました。彼は『北朝鮮大使館に新しく来た一等書記官は、偽ドル札の流通に大きく関与している疑いがある』と言うのです。北朝鮮で100万ドル単位の偽ドルを刷り、それをヨーロッパで流通させた張本人ということでした」


■外交行嚢で偽ドル札を輸送


 ただし、決定的な証拠がないという。

「『ヨーロッパで偽ドル札を流通させた人物の指紋は入手した。なので一等書記官の指紋もどうしても入手したい』と言っていました。アメリカ人が、北朝鮮大使館の関係者に接近すると警戒されるというのです。私に指紋を入手して欲しいようなことを言うので、その時は『私も警察出身の外交官なので結局は同じ』と応じました」

 北朝鮮は、偽ドル札を“外交行嚢(こうのう)”と呼ばれる袋を使って本国から各国の大使館や領事館に航空便や船便で輸送していたという。

「外交行嚢は、外交に関するウィーン条約によって、外交官の通信の自由を保護するため、所有国以外の人間は誰もこれを開けたり留め置いたりすることはできないと定められています。北朝鮮の外交官は、ワシントン条約で国際取引が禁止されているサイの角や象牙を買い集め、外交行嚢を使って密輸しているのは有名な話です」

 過去に、ジンバブエと南アフリカが、サイの角を密輸したとして北朝鮮の外交官を国外退去処分にしたことがある。

「北朝鮮の外交官は、南米、東南アジア、ヨーロッパなどを拠点に、麻薬、拳銃などの禁制品から酒、タバコ、食材、日用品に至るまで広く密輸ビジネスを展開していました。当時はまさか外交官が偽ドルにまで関与していたとは思ってもみませんでした」

 勝丸氏は、現地でアジアの若手外交官が主催する親睦パーティーがあることを思い出した。

「日本大使館の若い外交官に『今度の親睦会はいつある? 出席者名簿があるといいんだけど』と尋ねると、近々あるというのです。出席者名簿もあるというので見せてもらうと、件の一等書記官の名前がありました。それでFBI関係者に協力できると思ったんです」

『警視庁公安部外事課』(光文社)

■ペリエとナイフ


 勝丸氏は、親睦パーティーに参加した。

「パーティーはレストランで開催されました。60人ほど集まりましたが、着席式だったのでホッとしました。立食式だと、コップやナイフ、フォークを次々に取り換え、ウェイターが持っていくので指紋を採るが難しいのです。いざという時は、ウェイターにチップを握らせてコップを取ってもらおうと考えていました」

 パーティーが進み、皆、席を立って名刺交換をするようになると、勝丸氏は、マレーシアやタイの外交官と名刺交換しながら、徐々に北朝鮮の一等書記官に接近していった。

「一等書記官が瓶に入ったペリエ(炭酸水)をコップに注いでいるのを見ました。そこで、彼が席を外した隙に、さっとペリエとナイフを取ってしゃがんで片膝を立て、靴紐を直すふりをして用意した袋に入れ、内ポケットに納めました。そして何食わぬ顔をしてパーティー会場を後にしたのです」

 勝丸氏は、FBIの関係者にペリエとナイフを渡した。もちろん、かなり喜ばれたという。

「後日、FBIの関係者から指紋が一致したという報告を受けました。日頃からアメリカの情報機関に協力していれば、何かあったときに彼らも動いてくれます。必要な情報も提供してくれます。この世界は、まさにギブアンドテイクなんです」

 一等書記官は外交特権があるので逮捕はできないが、その後FBIはICPO(国際刑事警察機構)に国際手配をしたという。

勝丸円覚
1990年代半ばに警視庁に入庁。2000年代初めに公安に配属されてから公安・外事畑を歩む。数年間外国の日本大使館にも勤務した経験を持ち数年前に退職。現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活躍中。「元公安警察 勝丸事務所のHP」https://katsumaru-office.tokyo/

デイリー新潮編集部

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