「コンビニ24時間論争」は意味のない話題だと思う(古市憲寿)

「コンビニ24時間論争」は意味のない話題だと思う(古市憲寿)

イラスト・k.nakamura

 コンビニ24時間営業の是非が話題だ。しかし中期的には意味のない話題だと思う。なぜならサービス業における無人化・省人化の流れは必至だからだ。

 アメリカでは無人コンビニ「Amazon Go」の実験が続いている。事前登録をしておけば、店内で商品を選んで、後は勝手に店を出るだけ。請求は後から来る。カメラやセンサーなどで行動が監視されているので、レジで会計をする必要がないのだ。

「Amazon Go」の普及は先でも、無人レジを活用すれば、店員の数は減らすことができる。この前、ノルウェーのスーパーに行ったときも、いくら探してもレジに人がいない。自動のレジで勝手に決済しろということなのだろう(お客の良心を信じているのか、従業員が怠慢だっただけなのかは知らない)。

 だが、別に日本のコンビニもこれでいいと思った。コンビニに「従業員の笑顔」や「おもてなし」を求めて行く人は少数派だ。あくまでも、いつでもモノが買える便利さが魅力。無人コンビニはもっと増えてもいい。ただし、盗難の問題があるのと、品出しスタッフは必要なので、完全無人化はまだ先だろう。

 その意味で、最近注目されているのが自販機コンビニだ。セブン-イレブンやファミリーマートが提供している大型自動販売機である。飲み物はもちろん、お弁当やサンドウィッチ、デザートなどを購入可能。オフィスや学校、工場で人気だという。

 だが、振り返れば、無人コンビニの歴史は長い。1996年にはam/pmが東京・麹町に無人コンビニの1号店を出店した。ガラス張りの陳列棚に並んだ商品の番号を打ち込み、現金を入れると、40秒後に商品を受け取れるという仕組みだった。

 しかし爆発的な普及はしなかった。「本物のコンビニ」に敵わずに撤退していったのである。自販機コンビニも同様だ。その後も「本物のコンビニ」は、パフェの販売や公的証明書の発行など、サービスを向上させてきた。

「24時間」が時代遅れのように言われるが、一概には言い切れない。パリでは2018年になって、フランプリというスーパーマーケットが24時間営業の実験店をオープンさせた。また、飲食店の閉店時間が早いヨーロッパの都市でも、一部の交通機関(特にバス)は24時間運行という街は多い。日本でも、鹿児島の巨大ホームセンター「A-Z」は24時間営業がウリの一つだ。

 消費者として考えるならば、不便な街より、便利な街がいいに決まっている。しかし問題は、消費者は多くの場合、労働者でもあること。社会学者の山田昌弘は日本において「消費者は天国、労働者は地獄」という。全くその通りで、高すぎる消費者の要求に合わせて、労働者が異様に働かざるを得なかったのだ。

 24時間営業は徐々に機械の仕事となっていくだろう。だけどそもそも24時間営業が嫌ならば、コンビニのオーナーになるべきではない。6時間労働でも儲かる北欧風おしゃれ商店でも模索したほうがいいのでは?

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

「週刊新潮」2019年3月28日号 掲載

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