「田舎暮らし」の孤独に耐えられない移住者 全共闘世代が誘い込む市民運動の罠

「田舎暮らし」の孤独に耐えられない移住者 全共闘世代が誘い込む市民運動の罠

「田舎暮らし」の孤独に耐えられない移住者(※写真はイメージ)

■「友人ゼロ」が珍しくない移住者


 春の八ヶ岳南麓は、別荘の建設ラッシュを迎える。80年代半ばのバブルを彷彿とさせる光景だという。

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 この地では、土地探しから新築、リフォームに物件購入に至るまで、移住を希望する都会人には、相場の数倍にも達する価格が吹っかけられる。いわゆる“ぼったくりバー”と変わらない。地元民が見積書をチェックすれば、「この請求額は、全く根拠がない」と見抜けるものばかりだ。

 しかし都会で成功した歯科医やクリニックのオーナーである彼らは、相見積もりなど時間の無駄らしい。「所詮は経費で落とせる」とばかりに一発OK。「やっぱり、都会から来る奴らはカネがあるな」と、ますます見積もりと称した“吹っかけ価格”が横行していくようだ。

 結果、「都会の奴らからは、いくらでも取れるじゃんな」などという“景気のいい話”が、地元業者らの間に心地よく蔓延し、浸透していく。だが、そこに犠牲者は生まれない。ボッタくられている都会人は、確かにカネには困っていなさそうだからだ。

 移住して来る都会人がカネで苦しめられることはない。むしろ、カネでは解決できない「孤独」で苦しめられる。田舎暮らしに憧れながら、田舎暮らしができない都会人の悲しい性――。

 彼らを狙っているのは、「市民活動」という名の左翼活動である。「転向」後に富裕層へと転じ、人生を謳歌してきた“全共闘世代”に“基地闘争世代”、“三里塚管制塔戦士”など元闘士たちが、田舎暮らしの地には溢れている。

 若い頃、手練手管の限りを尽くす“オルグ”を身につけた元闘士らが、手ぐすねを引いて「趣味サークル」、「お茶会」などの名のもとに、罠よろしく移住者を待ち伏せる。その末の政治闘争が、田舎暮らしの地を政治闘争に追い込んでいる。

「引退後の生活は田舎でゆっくり農作業でもしながら……」そんな夢をさんざん不動産業者に語っていた移住者の――八ヶ岳南麓に点在する――住宅や別荘のテラスを覗いてみるといい。

 立派なウッドデッキに、地元ホームセンターで新調されたテーブルが置かれながら、夫婦でゆったりとカップ片手にお茶やコーヒーをすすっている姿などまずお目にかかれない。

 大手商社に勤め、関連会社への出向を経たのち、4年前に晴れて完全リタイアとなった72歳の加藤さんも八ヶ岳南麓に移住した。現在、自宅近くのホームセンターで木材売り場の担当としてパート勤めをしている。理由は「暇だから」だ。

「こっちへ来て、ようやくゆっくりできると思ったけれど、長年、働き詰めだったせいか、何もしない時間というのに堪えられないのだとわかりました。何かをやっていないと落ち着かない。畑をやってもみましたけど、結局、冬場は暇だし。畑だって、やってわかったことは、収穫を目指すのは相当大変だっていうことくらい。どうしても、何かやらざるをえないんですよね。時間を持て余しちゃって」

 もちろん、働ける間に働けるのは素晴らしいことだ。加藤さんの妻もほどなく、パートとして働き出した。憧れの田舎暮らしを実現した加藤さん夫婦だったが、時間が経つと孤立感や孤独感に襲われるようになった。

「地元の人たちは、やっぱり移住者を敬遠しますし、パートの職場では、業務上で必要なこととかは表向き口を利いていても、やっぱり垣根は高いですね。意気投合するのは、どうしても移住者同士ということになります」

 加藤さんは職場で知り合った、やはり移住して来たという年配の男性の自宅に行くようになった。夫婦揃って自宅に招かれたのだ。

「ようやく、ホッと一息つけたというか、移住して初めて友人らしい友人ができた嬉しさもあり、すぐに打ち解けて、ときどき互いの家を行き来する仲になったんです」


■何のための田舎暮らし?


 それから、少し時間が経った頃――。

「ほかにも移住者の友達が来るからって誘われて行ってみると、なんだか単なる会食というよりか、『中部横断自動車道反対』とか、『アベ政治を許さない』とか、そんなプラカードを作っているので、ちょっとこれは、もしかしてと思ったんですが……」

 その家に集う移住者らは、「憲法9条を守る会」のメンバーらでもあった。

「要するに、左翼活動というか、反体制の革新がかった活動をしていたんですね。私たちは移住先に、まんまとそこに呼び込まれてしまったというか……。結局、私はそれから多忙を理由に付き合いに一線を引くようになったのですが、家内はやっぱり声をかけられると、どうしても断り切れないようです。女性同士の付き合いは、また男とは違って難しいんでしょうね」

 大挙して移住者が流入してくる地域では、市民活動と称した革新活動が急速に拡大しつつある。“都会者”の大量流入に伴い、あたかも内戦さながらに、地元保守派と移住革新派という対立が起きているという。

 移住革新派は、ほとんど歩行者などいない田舎道の交差点に立ち、数少ない通行車両のウィンドウに向かって「アベ政治を許さない」などとプラカードを掲げている。かろうじてそうした活動からは距離を置いている加藤さんだが、「女房は断り切れずにつかまっちゃって」と漏らす。

 ゆったりできるはずだった田舎暮らしが一転、「政治に巻き込まれた生活」になってしまったのだ。

「正直、私は学生運動さえやったことがないノンポリで、会社でも組合活動は本当に付き合い程度だったので、まさか、ゆっくり暮らそうと思っていた移住先で、こんな政治運動に巻き込まれるとは思ってもみませんでした。よくよく聞いてみると、『もともと都会では静かにしていた活動家でもない人たちが、付き合いの延長で、移住してから運動を始めるようになった』っていう話が多くてびっくりしました。」

 さらには移住者による「オレが、オレが」も地元住民を困惑させてもいる。さる市役所の若手職員がこぼす。

「私は市役所で雇用促進を担当しています。雇用促進事業団といった第三セクターや任意団体の皆さんと協力しながらUターンやIターンの増加を目指しています。ところが『自分は東京の大企業の管理職にいた』とか、『外資系企業の幹部だった』という移住組の男性が、第三セクターなどに入り込み、都会での経歴を振りかざして、『雇用促進はオレに任せろ』って、地元の事情さえわからずに都会の論理と大企業の理屈を押しつけてくるのが多くてまいってしまっているんです」

 東京暮らし、都会暮らしでは埋没しがちな「一般的なサラリーマン人材」が、人材密度が薄く、役所の対応からパート先の労働スキルまで総じて“ユルくてヌルい””田舎暮らしの地に来ると、「まあ、自分が超一流に思えちゃうんでしょうね」(前出・加藤さん)という。

「都市部では二流、三流とまでは言わないまでも、一流からは程遠いキャリアと実績しかない者が、人口の少ない田舎では超一流だと勘違いしちゃう例が多い。地元の習慣や状況をわかったうえで、また“温故知新”で地元のやり方を尊重したうえで、『地元の役に立とう』『こういった技術を提供できる』と汗を流すのならばともかく、『オレのやり方が、オレってすごいだろ、オレならば』ばかりが前面に出る困った隠居移住者が極めて多くて……」

 結局のところ、何をしに田舎に来たのか分からない“元都会人”ばかりになってしまっているという。

「“まだまだ社会の一線で通用する自分”を、そんなに誇りたいのならば、東京でやっていればいいんでしょうにね。田舎が、そんなアグレッシブな人たちの受け皿になってしまっている。いい歳になってからプラカード闘争にビラ配りですよ。もちろん、それ自体は悪いことだとはいえませんが、彼らを見ていると、何のための田舎暮らしなのか、移住だったのか、考えさせられますね。とにかく、ゆったりとした時間など彼らからは感じません。常に、地元の政治家をこきおろしているか、次の選挙でいかに地元議員を叩き潰すか、とか、そんなことばっかり話しあってましてね。それも屋内でね。富士山や南アルプスのせっかくの風景には目も向けません」

 移住者人口が急増した地域では、ついに移住者出身の市議会議員も誕生している。勢いを得た“覚醒移住者”らは、「気鋭の政治学者」を選挙に担ぎ上げ、革新活動の新たなマスコットよろしく売りに歩く。

 孤独転じて群れる楽しさを覚えた移住者らは、こぞって「憲法9条を守る会」「中部横断自動車道建設反対」「自然を守る会」に参加。人生最後の闘いの地とばかりに、“政治暮らし”に明け暮れつつある。


■結局は都会に帰る移住者


 そんな彼らが住む家の軒先には、立派なウッドデッキとテーブルはしつらえられている。だが、当の家人らは還暦をまわって初めて目覚めた「超一流意識」と「政治覚醒」に忙しい。地元の青年から言わせればこうだ。

「互いにいい関係を築きたいというのはある。だけど地方だって、その習慣で成り立ってきたものが大きいから、今日までやってきたことを明日からすべて180度変えて、というのは難しい。都会の作法をそのまま持ち込まれても、反発心が強くなる。そこにきて地域を分断する政治闘争をやられたら、もともと選挙のたびに人間関係が対立する甲州では、さらに混乱してしまう。都会の人はゆったりのんびりしに来ているはずなのに、なんで地域を根本から変革しようとするのか、それがわからない」

 なるほど、と思わせる。温故知新でいけばいいのだが、「超一流の人材」と思い込んだ都会人は厄介だ。未開の地に文明を持ち込まんとするかつてのヨーロッパ人さながらの勢いで、空気を読まずに自己主張・政治主張を掲げて憚らない。

「移住者同士で寄る辺がなく、結局は孤独に耐えられない悲しい都会人の性なのかもしれませんね」と前出の加藤さんは観る。

 中央道を降りて清里へと向かう観光道路の要衝交差点では、スパイダーマンのコスチュームに身を包んだ地元では著名な移住者活動家が、暇にあかせて「アベ政治を許さない」と訴える。

「もはや、あんなものは、動く景観破壊ですよ。彼らは太陽光発電のパネルができると、それ景観破壊だ、道路を通そうとするとやれ環境破壊だとかまびすしいですが、自分たちもまた地域社会にとっては迷惑をもたらしていることを客観視できていない」(地元青年部幹部)

 地元民対移住者の内戦状態はどうやら収拾がつくメドはなさそうだ。ただひとつ確かに観てとれるのは、せっかくゆったりとした田舎暮らしを求めて移住して来たのに、「政治活動に目覚めるってどうなの?」という疑問だけだ。市役所に勤める地元住民の言葉には沁み入るものがあった。

「せっかく老後をゆっくりにしに来られたのですから、もう少し気持ちをゆったり持たれてはいかがでしょうね。都会でできずに地方でできること。それはゆったりと過ごすことなわけですから。ただ、孤独と寂しさに耐えられない方は、やっぱり都会で生活するしかないわけです」

 夫婦で移住しても、伴侶が先に旅立ったり、病気になったりすれば結局、都会へと戻っていく。前出の移住者・加藤さんが言う。

「田舎暮らしと言っても、都会人は結局、田舎では死ねませんからね。車に政治メッセージのステッカーを張ったり、閑散とした道路でプラカードを掲げたりするのは、老後の過ごし方としてはもったいないですよ。朝は富士山や南アルプスを眺めながら、ゆっくりとコーヒーを飲む、そんな生活がいいのではないでしょうかね。田舎暮らしをして、初めてわかりました。都会人にとって田舎暮らしは、あくまでも憧れであって、移住しても実践できる人はごくごく限られているんですよ。よかったですよ。私は都会に家を残しておいて」

 加藤さんは近々、移住のために新築した“終の棲家”を売りに出し、都内のマンションに帰っていくことを決めた。

「もう70歳を越えたというのに、激しい政治闘争は、私には無理ですね。東京は確かにせわしないですよ。でも、田舎暮らしを経験してみた今は、生活していくうえでの気持ちそのものは、マンション暮らしのほうがよっぽどゆったりしていて気楽だというのがよくわかりました。これからは、いろんな場所を旅して回る、田舎巡りを楽しもうと思います。田舎の人間以上に怖いのが、移住した政治活動家だというのがよくわかりました」

 人口が増加し、攻める移住者と、その防戦に団結する地元住民との対立は、地方統一選の今年、いよいよ露骨に激しさを増している。田舎暮らしの果てに視えてくるのが「良識ある都会人は田舎暮らしから離れ都会に戻り、残るのは濃縮された政治活動家ばかり」では、悲しい現実と言わざるを得ない。

取材・文/清泉亮(せいせん・とおる)
移住アドバイザー。著書に『誰も教えてくれない田舎暮らしの教科書』(東洋経済新報社)

週刊新潮WEB取材班

2019年4月5日 掲載

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