鬼畜親の虐待事件、原因は「親の劣化」――家庭のしつけを法規制の愚

子どもへの虐待事件の原因は「親の劣化」か 呉智英氏は家庭内への法権力介入に懸念

記事まとめ

  • 政府は3月19日、児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を衆院に提出した
  • 世論調査では「親から子供への体罰を法律で禁止すること」に59%が「賛成」と回答
  • 評論家の唐沢俊一氏は虐待事件の原因について、「親の劣化」を指摘している

鬼畜親の虐待事件、原因は「親の劣化」――家庭のしつけを法規制の愚

鬼畜親の虐待事件、原因は「親の劣化」――家庭のしつけを法規制の愚

しつけを法で縛れるのか

■家庭のしつけを法規制という暗愚(1/2)


 西洋社会に計り知れない影響を及ぼした古代ローマの格言に〈法は家庭に入らず〉がある。家族間の揉め事は家庭のなかで解決するものであり、みだりに国や行政が介入すべきではないということだ。

 この法諺が紀元前から連綿と語り継がれてきたのは、人々がそこに時代を超越した真理を見出してきたからに他ならない。

 だが、21世紀を迎えた我が国では、古代ローマ人の戒めに逆らって「法を家庭に」入れようとしている。果たして、これを時代の変化のひと言で片づけてよいのだろうか――。

 3月19日、政府は、児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を衆院に提出した。法案の要点は、「親による体罰の禁止」と「児童相談所の機能強化」だ。

 この法案は、今国会での早期成立を経て2020年4月にも施行される公算が高い。現行の児童虐待防止法では、違反者に懲役1年以下の罰則が科されるが、与党内からは更なる厳罰化を求める声も上がっている。

 読売新聞が3月に実施した世論調査でも、「親から子供への体罰を法律で禁止すること」について「賛成」が59%を占めた。「反対」と答えた24%の2倍以上にのぼる数字である。

 無論、法改正を決定づけた二つの虐待死事件を振り返れば、生き地獄と化した「家庭」から、一刻も早く子どもたちを救い出してあげたいと考えるのは当然かもしれない。

 たとえば、昨年3月に東京・目黒区の船戸結愛ちゃん(享年5)が、義父からの執拗な暴行を受けた末に命を落とした事件。幼女が綴ったメモをご記憶の方も多いはずだ。

〈もうパパとママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりか もっともっとあしたは できるようにするから もうおねがいゆるして〉

 一読して、これほど胸を締め付けられる文面もなかろう。だが、このメモ書きを目にした義父は、覚えたてのひらがなで必死に許しを請う娘の顔面を容赦なく殴り、早朝4時の起床を強要。クリスマスには自分たちだけ外食に出かけ、娘をひとり寒空のなか家の外に放置し、食事も満足に与えず死に至らしめた。

 同様に、今年1月に亡くなった千葉県野田市の栗原心愛さん(享年10)も、実父からの激しい暴力に晒されてきた。父親によって一時保護先の児童相談所から連れ戻された心愛さんは、その後、直立不動のまま冷水のシャワーを浴びせられ、息を引き取っている。

 もはや「親」と呼ぶことさえ憚られる鬼畜の所業は、虐待どころか拷問であり、なぶり殺しに等しい。

 被害女児がいずれも名前に「愛」の一文字を授けられていることも悲哀を誘う。驚くべきは、どちらの事件でも父親は自らの凶行を「しつけの一環」と供述したことだ。陰惨な事件の記憶が生々しく残るいま、家庭内でのしつけを「法」によって縛る他ないという意見が大勢を占めるのは頷けなくもない話だろう。

 とはいえ、教育現場で教師が拳をふり上げて生徒を叱れなくなって久しいなか、親すら我が子に鉄拳制裁できなくなるとは……。そもそも、こんな悲惨な事件が繰り返される最大の原因はどこにあるのか。


■著しい「親の劣化」


 評論家の唐沢俊一氏が指摘するのは、昨今の著しい「親の劣化」である。

「1980年代以降、行き過ぎた個人主義や人権主義の考え方が家庭にも入り込んできました。“人間は自由に生きるべきである”と教えられた若い親たちにとって、子どもは自由を阻害する邪魔者に見えているのだと思います。だから、“犠牲者”である自分の苛立ちや怒りを暴力という形で子どもにぶつけて恥じない。そして、虐待が露見したら、“しつけ”という言葉で正当化しようとする。卑怯極まりない振る舞いです。愛情も責任感も欠如した親が減らない限り、法改正によって虐待事件が無くなるとは到底、思えません」

 もちろん、すべての親をひと括りにするわけではないが、加減など一切考えず、容赦なく子どもに暴力を振るって命を奪う親が後を絶たないのも事実。危機感を募らせるのは、脚本家の橋田壽賀子氏も同じだ。

「すべての虐待は子どもではなく親の問題です。大人になり切れず、親の自覚もない人間がモンスターペアレントになってしまう。現実に、そんな異常な親が存在する以上、法律で“体罰はダメ”と定めるだけでは無責任ですよ。虐待をやめられない親はより陰湿な手段に流れてしまう。それとは別に、子育てに悩んで思わず手が出てしまう親も少なくないはずです。児童相談所だけではなく、親を矯正・教育する施設を造ることも考えた方がいい」

 他方、評論家の呉智英氏はこんな見解を示す。

「家庭内に法権力が介入することには慎重を期すべきです。もちろん、“それでは体罰を野放しにするのか”という意見も理解できる。しかし、悪事を働いたわが子を偶発的に叩くのと、執拗に暴力を振るい続けるのでは全く意味合いが異なります。後者の場合、親がいじめを快楽と感じている。今回の法改正はこんな親の犠牲になっている子どもを救うための緊急措置的な妥協策なのでしょう」

 にしても、家庭でのしつけを法で縛りつけるのはよほどのことである。


■ガンコ親父とゲンコツ


 要は、「いまの親は放っておけば虐待に走ってしまう」と断じられたも同然。加減を知らぬ愚かな親が増え、法で縛らないと子どもの命を守れないとは世も末だ。日本はいつからこんな情けない国になったのか。前出の唐沢氏が慨嘆する。

「このまま“ガンコ親父”と“ゲンコツ”が過去の遺物になってしまうと、子どもたちの未来がますます不安です。弱い者いじめや殺人は決して許されないという社会のルールは、幼少期から問答無用で叩き込む必要がある。それなのに法律によって親が手足を縛られたら、これまで以上に子どもへの関わりをためらうようになるでしょう。戦後の日本では一貫して家族の絆が崩壊し続けてきましたが、今回の法改正でトドメを刺された気すらします」

 元航空自衛隊空将の織田(おりた)邦男・東洋学園大学客員教授も、今回の法改正に異論を唱える。

「女児が犠牲となった虐待事件における父親の行為は、自らの鬱憤を晴らし、憎しみをぶつけるためだけの暴力です。しつけの域を大きく逸脱していることは疑いようがありません。ただ、法律によって家庭内での体罰を一律に禁じることには首を傾げざるを得ない。このご時世、体罰を禁止すれば世論の支持も集めやすいとは思います。しかし、重要なのは、法改正が本当に子どものためになるのかということです」

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年4月4日号 掲載

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