「ドクター・キリコ」の毒物宅配事件 犯人も青酸カリで命を絶った理由【平成の怪事件簿】

「ドクター・キリコ」の毒物宅配事件 犯人も青酸カリで命を絶った理由【平成の怪事件簿】

青酸カリのカプセルをあえて「EC(緊急用カプセル)」と呼ぶワケは(写真はイメージ)

 その人が死んだら、私も死にます――。青酸カリを送りつけた男は、自らもその劇薬で命を絶った。のちに「毒物宅配事件」「ドクター・キリコ事件」と呼ばれる出来事は、メディアや警察が、本格的にインターネット世界に向き合った初期の事例だと言っていいだろう。(駒村吉重 ノンフィクション・ライター)

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 その第一報が流れたのは、クリスマスのイルミネーションがまばゆい、平成10年12月24日だった。

 記事によれば、この10日ほど前、東京都杉並区に住む女性が、宅配便で届いた青酸カリのカプセルを飲んで死亡していた。送り状にあった「草壁竜次」を名乗る送り主から、「ほか6人にも同じカプセルを送った」との事情を電話で明かされた警視庁は、緊急の捜査態勢をしき男の身元割り出しに全力を挙げていた。

 ほどなくニュースを目にした知人の通報により、「草壁」は、札幌市内に住む27歳の塾講師と判明する。しかし彼もまた、青酸カリを仰ぎ他界していたのだった。

 やがて、彼がインターネットの自殺系サイトで、「ドクター・キリコ」と称して自殺志願者の相談役になっていた事実が浮かび上がる。加えて、カプセルを入手したらしい人物のなかに、薬物中毒で死亡した別の女性がいたことまでも分かってきた(ただし、彼女は睡眠薬を服用)。

「男は薬局などで青酸カリを計510グラム購入。(中略)自殺に関する相談や毒物の購入希望を受け付けていた」(平成11年2月12日付、北海道新聞)「キリコ 自殺志願者の“教祖”に」(平成10年12月28日付、毎日新聞)などの記事が、大方のメディアの論調を代弁していた。草壁は、劇毒のネット販売で荒稼ぎした闇商人、あるいは仮想と現実の一線が見極められない倒錯した人物と見なされた。


■「草壁さんは被害者だった」


 杉並区の女性宅に、札幌市内から発送された封筒が配達されたのは、平成10年12月12日だった。中身は、高さ7センチ、直径2・5センチほどの円柱状の携帯用防水カプセル。そこには、10人以上の致死量に相当する2〜3グラムの青酸カリ入りカプセルが、全部で6つ詰められていた。

 2年ほど前から自殺未遂を繰り返してきた女性は、すでに差出人の指定口座に代金3万円を振り込んでいた。母親から受け取った荷をほどいた彼女は、まとめて6錠を口にふくんだという。運び込まれた病院で治療にあたった医師は、すぐに荷物の送り状に書き込まれていた草壁のPHSに問い合わせ、カプセルの内容を尋ねた。「文藝春秋」(平成11年3月号)に掲載された、ジャーナリスト中川一徳の「ドクター・キリコ 戦慄の新証言」にある草壁の応対ぶりには、戸惑いの色が濃い。

「まさかあれ、飲んだんじゃないでしょうね。あれは非常に純度の高い青酸カリなんですよ」

 続けて宣言した。

「その人が死んだら、私も死にます」

 女性は、2日後の15日未明に息を引き取った。偶然にも、自宅で同じカプセルを飲んだ草壁の死亡も収容先の病院でほぼ同時刻に確認されている。

 自殺志願者に頼まれて劇毒を送りつけた草壁が、当然ありえた彼女の末路を前に、なぜに死を選ばねばならなかったのか。さらに腑に落ちないのは、草壁がメールで、カプセルの成分に関する詳細な説明と、絶対にこれを使用しないこと、とする「取扱説明書」を送っていたことだ。数々の重大な矛盾点を放置したまま、捜査と報道は絡み合うように駈けだしていた。

 そんな渦中であった。これら一方的な報道に対し、反論をはじめる女性があらわれたのだ。東京都練馬区の主婦は、草壁が送った青酸カリを保持する一人だった。彼女の「草壁さんは被害者だった」「一貫して、自殺には否定的な立場であった」との主張は、ネット危険論の上に積み上げられてきた事件の構造を、根底から覆すものだった。

 宅配便の品名欄に草壁は、「EC」と記していた。「Emergency capsule」の頭文字で、「緊急用カプセル」の意味である。彼があえてこの劇毒をそう呼ぶのには、特別なわけがあったのだった。


■ECとは何か


 東京にある私立大学の理工学部工業化学科に学んだ草壁は、卒業後に勤めた札幌に近い医薬品開発会社を、わずか1年3カ月ほどで退社していた。朝礼の場でボーナスヘの不満を口にし、自ら社を去ったという。以降は職を転々として、事件の3年ほど前から塾の非常勤講師におさまり、傍らインドやタイなどをひとりで旅して歩いた。

 幾人かの証言をつなぐと、彼は、最初の会社をやめてから旅をはじめる数年の間に、鬱症状に悩まされるようになり、一度は自殺をはかったことがある。そして精神医療現場の、患者の人格を顧みない診療に失望し、自分なりの生きるよすがを模索するようになった。

 親しかった数人に、彼は「EC」を携帯した旅のなかで、自分の自殺衝動が和らいでいったと語っている。つまり、いつでも死ねる選択肢を持つことで、開き直って生きる術を見つけたというのだ。

 草壁が薬に関する豊富な知識を書き込んでいた自殺系サイトの一部常連の間では、彼が青酸カリの保持者であること、他者にそれを分けていることは周知のことだったらしい。たびたび草壁は、「カリの売人ウゼエ」「お薬自慢ウゼエ」といった中傷にさらされている。

 ある日そこに、「美智子交合」という参加者が、草壁を擁護する書き込みを差し挟んだ。さきの練馬の主婦で、これをきっかけにふたりの交信がはじまり、かの「ドクター・キリコの診察室」が生まれていた。

 この掲示板は、練馬の主婦が事件がおこる年の夏ごろに立ち上げたホームページ「安楽死狂会」のいちコンテンツで、草壁は薬に関するアドバイザーとして参加を求められたのだった。ハンドルネーム「ドクター・キリコ」も彼女の発案で、手塚治虫の『ブラック・ジャック』に登場し、末期患者に安楽死を施す医師からとっていた。

 美智子交合の『わたしが死んでもいい理由』(太田出版)によれば、ロコミや相談を通じて青酸カリを求める相手に対し、草壁は次なる独自の物さしをあてていたという。

「私は無差別にそれをしている訳ではなく、私なりの基準を持っている、それは『鬱状態が酷く、長く通院・投薬治療をしてもなお、回復の兆しが見られない人』である」

 彼女が、青酸カリの販売を求めたときは、こう書き送ってきた。

「売るのは違法だからできません。ただ、シアン化カリウムはあくまでも私の物という事で、美智子さんに保管の委託をするだけならばオッケーです」

 自殺衝動にかられていた彼女は一度、カプセルを手にして冨士の樹海に向かっている。だが瀬戸際で思いとどまった。草壁に帰還の報告をすると、彼は、飛び上がらんばかりに声を弾ませたという。「生きてたんだ! 良かった、ああ、よかった(中略)アレはね、本当に不思議な『お守り』なんだ、これまで幾人かの人に渡していたけれど誰も飲んだりしていない、皆、お守りとして持っていてくれてるよ。(中略)お守りの品質は5年くらいしか保証できないけど、僕は、5年後に、美智子さんのお守りが無事に僕のところに戻ってくるのを待っているよ! そしたらまた、新しいお守りをあげるからさ、その時は委託料は受け取らない」(『わたしが死んでもいい理由』)

 ただ、顔の見えない相談者に劇毒を託す治療法は、互いの信頼関係のみに依存するリスクの高い賭でもあった。その心許ない糸が切れる日がくるのを、彼は予期しただろうか。

 臨床心理士の矢幡洋は、当事者の証言をもとに事件の全容を描いた『Dr.キリコの贈り物』(河出書房新社)で、草壁竜次が実践した「当事者相互の助け合い」の意義を認めつつ、あまりに純粋すぎる誠意の危うさを次のように指摘していた。

「彼にとっては、『ネット上での信頼性』という問題は存在せず『けっして使用しないでくれ』と伝えたからには、相手はその契約を守ってくれるものだ、とまるで疑っていなかったふしがある」

 結局、7人目のEC保持者によって、「お守り」の封印はいともたやすく解かれてしまった。

駒村吉重

週刊新潮WEB取材班

2019年4月25日 掲載

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