元号は日本人の名前に大きく影響 大正元年は「正一」昭和2年は「昭二」が最多

記事まとめ

  • 645年の大化から始まった元号は、子供の名前に意外なほどに使われてきたという
  • 明治安田生命の調査によると大正元年生まれの男の子の名前で最も多いのは「正一」
  • 昭和2(1927)年は1位が「昭二」で、2位は「昭」がランクインした

「元号」は日本人の名前にどう影響を与えたか 大正元年生まれの男の子1位は“正一”

 新天皇陛下が5月1日に即位された。そして「平成」は終わり、「令和」へ。最初の「大化」から数えて248番目の元号だ。新元号を記念する菓子や衣類、雑貨などが次々と発売されているのは、新聞・テレビの報道でご存知のとおりだが、それとは別に注目すべきは、これから数年の子供の命名だ。過去、日本人の名前と元号には深い関係があった。(文/高堀冬彦 ライター・エディター)

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 元号を使用しているのは世界で日本だけ。それもあり、昭和のころから「元号不要論」の声が左派系文化人などの間から上がり続けている。

 だが、NHKが今年4月上旬に実施した世論調査の中で、「元号と西暦のどちらを多く使うか」と尋ねたところ、「元号」が38%で「西暦」が21%、「同じくらい」が36%。元号を使う人や併用する人のほうが西暦派の人より多数派だった。

 また、警察庁が平成30(2018)年、運転免許証の有効期限の表記を元号から西暦にあらためようと考え、パブリックコメント(意見公募)を実施したところ、「反対」や「元号と西暦の併記を望む」という声が続出。結局、併記することに。今年3月以降、コンビューターシステムの改修を終えた都道府県から順次、併記に移行している。

 645年の大化から始まった元号。長い歴史があり、文化とも言えるだけに、そう易々とは日本人と切り離せないのではないか。

 過去の子供の命名について考察しても、そう思える。我が子の名前には、親の願い、思いが込められるものだが、子供の名前には意外なほどに元号が使われてきたのだ。


■正一、正子、昭二…


 子供の命名の歴史を辿ろう。「明治安田生命 子供の名前調査」によると、明治45・大正元(1912)年生まれの男の子の名前で最も多いのは「正一」。説明するまでもないだろうが、大正1年を意味する。2位は「清」だったが、3位は「正雄」。以下、4位「正」、5位「茂」と続いた。多くの親が新しい元号を子供の名前に使った。

 出来すぎた話のようだが、大正2(1913)年のトップは「正二」。以下、2位「茂」、3位「正雄」、4位「正」、5位「清」と続いた。元号の命名への強い影響は改元の年だけでは終わらなかったのである。

 大正3(1914)年はというと、1位は「正三」。ここまでくると、当時の命名は元号と不可分の関係にあったとすら思える。2位は「清」だったものの、3位は「正雄」で4位は「三郎」、5位「正」だった。大正3年を思わせる名前が上位に集中した。

 一方、女の子の場合、明治45・大正元年はトップこそ「千代」だったが、4位に「正子」がランクイン。大正2年には「正子」がトップに立つ。

 昭和に移ろう。大正15・昭和元(1926)年の男の子の1位は「清」で、新元号を使った名前はベスト10入りすらしていない。もっとも、これは昭和元年が12月25日からの僅か1週間しかなかったために違いない。

 次の昭和2(1927)年は1位が「昭二」。昭和2年を表していた。2位は「昭」で、3位は「和夫」。以下、4位「清」、5位「昭一」。上位5位までのうち4つに、「昭和」のうちの一文字が使われたのである。続く昭和3(1928)年は「昭三」「茂」「昭」「清」「勇」の順だった。

 ちなみに、日中戦争が勃発した昭和12(1937)年のころからは戦争に関係する命名が目立つようになる。昭和を使った名前は同年の男子ベスト10から消え、代わりに「勇」が2位に入った。国家総動員法が公布された昭和13(1938)年の男子トップは「勝」だ。

 そして、昭和14(1939)年から同16(1941)年までは再び「勇」がトップに。昭和17(1942)年から終戦の昭和20(1945)年までは「勝」が4年連続でトップだった

 当時、戦争の勝利は多くの日本人の切実な願いだったのだろう。また、我が子が戦死を遂げないことを祈っての「勇」「勝」だったのかもしれない。

 一方で平和を願う思いもまた強かったのか、女子の場合は昭和18年から昭和20年まで3年連続で「和子」がトップだった。昭和のうち一文字が使われた名前でもあるため、そもそも戦前の女子によく付けられた名前で、大正15・昭和元年から昭和20年までの間に17回もトップになっている。命名には時代が表れる。


■元号命名が減った平成


 1989年1月7日からの平成は、価値観の多様化が進んだためか、元号と直結する命名は激減した。だが、それでも平成元年は「翔平」が男子の7位に。平成初期の男子の名前には「平」がよく使われた。一方、同年の女子は「成美」が4位。元号と名前の関係は続いたのだ。

 ちなみに平成の30年間で最も多く1位を獲得した男子の名前は「大翔」(8回)。空高く飛び立つという意味を持つ「翔」の字は、昭和63(1988)年に男子の名前に使われる字とし初めて首位を獲得した。

「翌年に『平成』に突入すると、『新たな時代のなかで、大きく飛翔して欲しい』という親の願いもあってか、より一層人気が上昇」(明治安田生命調べ)。「翔」は平成の男子の名前を代表する人気の字となった。

 平成の男子の名前で、2番目に1位が多かったのは「翔太」(6回)であり、3番目は「蓮」(5回)。「蓮」という字も平成の男子の名前によく使われた。泥の中から茎を伸ばし、美しい花を咲かせる蓮が、力強さと美しさを思わせることなどが理由らしい。平成は不況期が長く、自然災害も多かったことが背景にあると考えられる。

 女子に目を移すと、平成で最も多く1位になったのは「美咲」(8回)。2番目は「陽菜」(7回)で、3番目は「さくら」と「葵」(ともに4回)だった。

 日本人の価値観を大きく変えたとされる東日本大震災が起きた平成23(2011)年以降は、人と人とのつながりを連想させる「結」を使う名前の人気が、男女ともに高まっている。特に女子によく使われるようになった。戦時下とは違う形だが、やはり命名には時代が表れる。

 そして迎えたばかりの令和。新元号が公表された4月1日以降、たまたま新元号と名前が同じだった「令和」さんたちがワイドショーなどで紹介されたが、さて、これからの命名にはどう影響するのだろう?

 男子の平成30(2018)年の場合、上位100位までで、「令和」の文字が使われているのは4位の「大和」のみ。

「令」も「和」も人気の字とは呼べなかった。

 それが、にわかに人気高となるのか、それともストレートな「令一」が急浮上するのか、あるいは今の時代の命名に元号は影響しないのか……。ちなみに「令一」という名前を持つ著名人には、精神医学の権威である順天堂大学名誉教授・井上令一氏(87)らがいる。

 女子は、今では古めかしい名前と思われているためなのか、戦前は大人気だった「和子」が、平成30年には上位100位にすら入っていない。それが再浮上を遂げるのか、あるいは同50位の「和奏」、同58位「和花」がランクアップをはたすのか。それとも命名において改元を意識する親は少数派になっているのか。

 令和元年の命名の傾向を見れば、国民と元号の間の距離がおのずと浮き彫りになるはず。元号不要論者も肯定論者も着目すべきではないか。

週刊新潮WEB取材班

2019年5月6日 掲載

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