令和を考案「中西名誉教授」の非凡な生き様 結婚3度で30歳年下妻

令和を考案「中西名誉教授」の非凡な生き様 結婚3度で30歳年下妻

「令和」を考案した人物とは

「令和」を考案した人物は誰か。大方この人だとの報道が絶えないのは、国際日本文化研究センター名誉教授の中西進氏(89)。さすが新元号を創るという大仕事を成し遂げた俊才だけに、その生き様もまた凡人とはスケールを異にしていた。

 新元号の由来となった『万葉集』研究の大家である中西氏は、4月14日に館長を務める高志(こし)の国文学館(富山)で、「令和」の考案者についてこう述べた。

「皆さん、たぶんこれを今知りたいのだろうと思いますけども……。私ではないのですよ。まあ誰かがもし考えたとしても、それは粘土細工の粘土を出しただけで、それを加工して作るのは、恐らく神とか天とか言われるような人でしょう」

 穏やかな語り口で否定はするが、半ば認めたようにも受け取れる。聞く者に独特の余韻を残す“中西節”こそ、彼の真骨頂だそう。

 かつて中西氏と文学研究を共にした、武蔵大名誉教授の古橋信孝氏によれば、

「私は中西さんの研究を尊敬しておりまして、エッセイでも独特の文章を書くセンスを持ち、話をしても素晴らしい比喩表現を使う方なんです。万葉を学びたい人たちはそういう感性に魅かれますから、学生からも慕われていました」

 中西門下で学んでいたさるOBは、こう振り返る。

「中西先生に憧れてゼミに入る女子学生もいて、先生はモテましたよ。北海道へ女子学生と一緒に旅行へ行ったなんて噂が、学内で囁かれたこともありましたね」

 研究室に籠るような学者とは違い、街場のカルチャーセンターなどにも顔を出す気さくな人柄が人気で、今の奥さんとは都内で開かれた『万葉集』の勉強会で知り合ったそうだ。


■「娘さんかと思った」


 中西氏と親交のある「薔薇族」初代編集長の伊藤文學氏が言う。

「2014年に中西さんの文化勲章受章を祝う会が開かれたんですが、彼の隣に着物姿の品のよい女性が座っていて、娘さんかと思ったら奥さんだと聞いてびっくり。まだ50代の女性で、先生との年は30歳ほど離れていましたから」

 中西夫妻を知る勉強会の参加者に訊くと、

「奥様は万葉仮名をスラスラと書けるような才媛です。2年前に先生の米寿を祝う宴の席では、彼女が出版した写真集も披露されました」

 頁を捲(めく)れば、野鳥の写真に夫人の文章が添えられて、こんな具合だ。

〈ウメノキニ スズメマイニチ キテトマル (ナカニシススム・三歳) 庭に小鳥が来る幸せの句を 今日もまた口ずさむ〉

 なんともユニークな夫婦の“競作”で、仲睦まじい様子が伝わってくるが、実は中西氏にとっては3度目の結婚というから驚く。

「1度目の奥様との間に複数のお子さんがいたのですが離婚して、2度目はご主人と子供を持つ女性と所帯を持たれたものの、その奥さんは病を患われ、8年前に死別してしまいます。先生は2年ほど喪に服した後、今の奥様と結婚したんです」(同)

 これらの話を当のご本人に尋ねてみたところ、

「どうせ面白おかしく書くんでしょう」

 と仏頂面で仰るばかり。

『万葉集』には、恋人同士が交わした相聞歌も収められているのだが、稀代の天才は、いったい女性たちにどんな歌を贈ったのだろう。

「週刊新潮」2019年5月2・9日号 掲載

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