仮想通貨「マウントゴックス事件」で逮捕 カルプレス氏が語るゴーン容疑者との格差

 仮想通貨をめぐっては、これまで様々な騒動が取り沙汰されてきた。なかでも2014年の「マウントゴックス事件」は、日本におけるトラブルの先がけといえるかもしれない。当時、渦中の人として注目された「フランス人社長」はどうしているのか。ジャーナリストの瀬川牧子氏が迫った。

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 事件当時、世界最大級の仮想通貨取引所を運営していたのが、マウントゴックス社(以下マウント社)だった。2014年、取引所から約85万ビットコイン(時価465億円)と約28億円の現金が消失したことで、同社は経営破綻。「ハッカーによって盗まれた可能性が高い」と会見で釈明したのが、社長のマルク・カルプレス氏(33)だった。

 ところが、翌15年8月1日に、警視庁はカルプレス氏を逮捕する。自身の口座データを改竄し、口座残高を100万ドル水増ししたという私電磁的記録不正作出・同供用の容疑である。その後、顧客の資金を着服したとして、業務上横領の容疑で再逮捕、起訴された。東京・渋谷にあった本社前に世界中から顧客が集まり、抗議の声を上げている場面をご記憶の方も多いだろう。

 フランス・ブルゴーニュ地方生まれのカルプレス氏は、一説によれば“IQ190の天才プログラマー”。3歳にして簡単なプログラミング言語を操っていたという話もある。09年に来日し、トレーディングカードの交換所だったマウント社を創業者から引き継ぎ、発展させた経歴の持ち主だ。

 長髪でふくよかな独特の風貌とともに、当時、お茶の間に強い印象を残した。事件からおよそ4年が経ち、今のカルプレス氏に、その面影はない。

「7カ月の拘置所生活で、35キロ痩せました」

 とインタビューに応じた本人は笑う。


■拘置所で日本語を勉強


「おはようございます。どうぞよろしくお願いします――」

 取材が行われたのは、都内の住宅街に建つマンションの一室だ。現在、カルプレス氏はここを拠点に、新たな事業に取り組んでいるという。

 本棚には、日本の漫画も置かれている。和製の漫画やアニメへの愛が来日の決め手となったとも伝えられるが、逮捕を経てもなお、日本への愛情は冷めなかったようだ。

 ある意味、日本との距離は近づいたふしさえあって、

「拘置所に入っている間に日本語を勉強し、以前より上手に喋れるようになりました。国語辞典を入手して、漢字などを学んだのです。法廷で飛び交う弁護士の日本語を理解したかったからです」

 今回、カルプレス氏が取材に応じたであろう理由は2つある。ひとつは、この5月30日に初となる著書『仮想通貨3.0』(講談社)が上梓されるというタイミング。そしてなにより、3月に業務上横領罪など一部に無罪判決が下されたこともあるのだろう。質問に答える様子がどことなく嬉しそうなのも、そのためだろうか(ただしデータ改竄の点は認められ、懲役2年6カ月執行猶予4年が下されている)。

「判決が“無罪”になったので、これで仕事にももっと精力的に取り組むことができます。ただ、裁判の過程で、私が証言していた“ハッカーの関与”が明らかにならなかったのは残念。マウント社から盗まれたビットコインの一部が、このハッカーが運営していた取引所に流れていた疑惑があるのに、です。ハッカーの名は、アレクサンダー・ヴィニック 。ロシア人です。米国捜査局が、ギリシャ国家警察と協力し、一昨年に彼を逮捕しました。今も現地の刑務所で身柄を拘束されています」

 カルプレス氏によれば、このハッカーの引き渡しをめぐり、現在、米国とロシア、そしてフランスも加わり、三つ巴の展開となっているそう(日本は参加せず)。「刑務所内では毒を盛られて暗殺されそうになったと聞きます」ともカルプレス氏は言うが……。


■ゴーンとの扱いの差


 こうして日本の表舞台にふたたび現れたカルプレス氏だが、実は、母国フランスでは、ひと足先にメディアに登場し、話題を呼んでいた。昨年、カルプレス氏を主人公にしたドキュメンタリー映画『BITCOIN BIG BANG』が、仏有料テレビ局「CANAL+」で放送されたのだ。

 広告コピーは“Genie du mal ou Victime innocent?…(悪の天才? それとも無罪の犠牲者?)”。母や友人、弁護士らへのインタビューから構成され、カルプレス氏の人物像に迫ると同時に、事件を多角的に検証していた。

「この放送後から、温かい励ましの言葉をフランス内外からもらうようになりました。なかでも忘れられないのは、マウント社の顧客のひとりだった男性からのメールです。破綻直後、彼は怒りにかられ、ネット掲示板に〈Karples!I will steal and cook your fucking cat!(カルプレス! お前のクソ猫を盗んで、料理で始末してやる!)〉と書き込んだそう。その後、ドキュメンタリーを見て考え直してくれたのでしょう。〈ごめんなさい。頭にきてあんなことを書いてしまいました。猫を食べるつもりはありません〉と私のもとへメールが。〈許します〉と返信したら〈ありがとう〉と。その後もやりとりは何回か続きました」

 年が明けた今年1月には、今度は国営放送の「France2」が、カルプレス氏への単独インタビューを敢行した。こちらは、日本の拘置所生活がいかにひどいものだったか、に焦点を置いた内容だ。“7平方メートル未満の独房”がいかに劣悪な環境であったか、他の囚人との接触が禁じられた環境はいかに孤独だったか――。番組の取材に応じたカルプレス氏の口からは、拘置所生活への不満が次々と飛び出す(動画がFrance2のサイトで公開中だ http://u0u1.net/8V2C)。

 もっとも「France2」の企画の背景には、カルプレス氏同様“日本で拘束されたフランス人”のニュースの影響が大きい。そう、日産のカルロス・ゴーン氏である。当時、ゴーン氏の長期勾留が、フランスから非難の対象となっていたのはご存知のとおりだ。

「ゴーンさんのときは、フランスのマクロン大統領は安倍首相に“勾留が長くないか?”と話題にしてくれた。でも、僕のことは話題にしてくれない。同じフランス人としては寂しい……ゴーンさんは国を背負う人だからだろうけど」

 と、ゴーン氏との“格差”にカルプレス氏も苦笑する。ただし、拘置所生活が辛いものであったことは確かなようで、

「今でも拘置所内の音が耳に残っていますね。よく流れていたラジオの広告放送を聴くと、嫌な思い出がよみがえる。とにかく寂しかった。ただ、これで日本を嫌いになったりはしません。もともと日本が好きで日本に来たのですから。日本人が“当たり前”と思ってやっている行いが好きなんです。たとえば、通勤ラッシュでも、日本人は順番を守って乗り降りする。フランスではありえません。日本に根を下ろすつもりでいます」


■今回は失敗したけれど


 社長時代は、目黒区内にある月150万円の家賃の超高級マンションのペントハウスで暮らしていた。それが一転、「今は本当に普通の場所で暮らしていますよ。飼い猫が部屋の窓から外を眺めることさえできれば、それでいい」。猫好き、日本好きのこのフランス人は、自身の今後についてこう語る。

「今、世界のIT技術は米国に支配されていますが、かつて日本の技術力は世界一でした。任天堂やナムコのゲームに代表されるように、ソフトウェアも強かった。しかし今は、技術力が弱っている……新しい技術が必要なのです。Google、Amazonに匹敵するような、日本初のサービスを提供したい」

 現在は、IT技術関係の日本企業「トリスタン・テクノロジーズ」で最高技術責任者として働いている。既に新たな技術を世に出しているそうで、今取り組むのは“インストールなしで好きなアプリが簡単に使えるOS”だとか。

「今回は大きな失敗をしたけれど、成功もあれば失敗もある。今回はハッキングを止めることができず、本当に申し訳ないことをしました。でも失敗を恐れ、何もしないのはダメ。日本が遅れを取っている理由も、ここにあるのかもしれません。米国の“You Can Do It!”の精神は大事だと思います。失敗しても諦めない。またチャレンジしていきたい」

 現在マウント社は民事再生手続き中。今年10月28日を期限として、再生計画書を提出するとしている。すでに前を向くカルプレス氏だが、“事件”はまだ終結してはないのだ――。

瀬川牧子/ジャーナリスト

週刊新潮WEB取材班

「週刊新潮」2019年5月30日 掲載

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