川崎20人殺傷事件、立川志らくの「一人で死んでくれ」は正論か暴論か

■「一人で死んでくれ」炎上で置き去りにされる重大議論(1/2)


 罪のない子どもたちに容赦なく刃を突き立て、自ら命を絶った「ひきこもり」の殺人鬼。そんな男に投げかけられた「一人で死んでくれ」という声は正論か、はたまた暴論か。

 ***

 何ひとつ落ち度のないわが子が、なぜ凶刃に倒れなければならなかったのか。しかも、憎むべき凶悪犯は自ら死を選び、怒りの矛先を向けることすらできない。

 あまりに理不尽かつ凄惨な事件を前に、とりわけ幼い子どもを持つ親たちが次のような思いに駆られたとしても当然だろう。

「事件」直後の情報番組で、その偽らざる心情を代弁したのは落語家の立川志らくだった。曰く、

〈一人の頭のおかしい人が出てきて、死にたいなら一人で死んでくれよって、そういう人は。なんで弱い子どものところに飛び込んでんだって〉

「そういう人」とは、言うまでもなく、無差別殺傷事件の容疑者・岩崎隆一(51)を指す。

 5月28日、川崎市多摩区のスクールバス停留所付近に現れた岩崎容疑者は、両手に掴んだ柳刃包丁で次々に小学生らに切りつけた。2人が死亡し、18人が重軽傷、犯行現場は文字通り血の海と化した。

 岩崎容疑者が暮らした一軒家は現場から8キロほど離れた住宅街にある。幼い頃に両親が離婚し、この伯父夫婦の家に預けられたが、事件発生までの生活の実態は、30年以上に亘る「ひきこもり」に他ならなかった。

 スマホもパソコンも持たず、社会から隔絶された五十路の男が、刃渡り30センチの凶器を手に縁もゆかりもない子どもたちに猛然と襲いかかり、挙句に自刃して果てたわけである。

 志らくならずとも、多くの人々の胸に〈一人で死んでくれよ〉という言葉が浮かんだはずだ。

 だが、まもなくこの発言に賛否の声が沸き上がり、炎上騒動へと発展したのはご承知の通り。

 志らく発言を「至極真っ当な意見」と評すのは文筆家の古谷経衡氏である。

「確かに、“死んでくれ”という強い言葉は普段であれば批判の対象になるでしょう。しかし、今回の事件にはそうした平時の良識を上回る特殊性があります。20名もの人々が事件に巻き込まれ、2名の尊い命が失われた近年稀にみる凶悪犯罪で、殺傷の対象となったのは弱い立場にある小学生だった。その上、犯人は自死している。すでに死亡した犯人を法で裁くことができない一方で、被害者はもちろん、多くの方々が心に大きな傷を負いました。彼らの痛みに寄り添えば、“一人で死んでくれ”と考えるのは当然の感覚で全く批判には当たりません」


■「自殺や犯罪のトリガーになりかねない」という反論


 一方、生活困窮者を支援するNPO法人「ほっとプラス」の藤田孝典代表理事はこう反論する。

「この事件には僕も怒りを感じますし、遺族がそういった発言をしても全く問題ないと思うんです。ただ、第三者がテレビやネットで怒りの感情を発信することは世の中に憎悪をぶちまけるのと同じで、第二、第三の凶行を呼ぶ危険性がある。社会から孤立し、恨みを抱いている人たちに“一人で死んでくれ”と言い放つことは自殺や犯罪のトリガーになりかねません」

 藤田氏の言葉の裏には苦い経験があった。生活保護バッシングの嵐が吹き荒れた2012年頃の話だ。

「当時、30代の男性受給者の相談を受けていたのですが、ネット上の“生活保護なんて怠けてるだけ”“生きてる資格がない”といった過激な書き込みに悩んだ末、彼は自殺してしまったんです。今回、事件の一報を耳にして“僕らの相談者と同じ境遇にある人物の犯行だな”と確信しました。社会から孤立する人の数を考えれば、いつどこで起きてもおかしくなかった事件です。だからこそ、僕は“一人で死んでくれ”に対する反論をSNSで発信した。僕の意見に賛同する声のなかには“自分も岩崎になるところだった”という切実な反応もありました」

 事件自体の衝撃も相まって、一過性の「炎上」騒動とは一線を画す議論百出の様相を呈しているのだ。


■被害者意識


 ノンフィクションライターの窪田順生氏は、藤田氏の見解に異を唱える。

「犯罪に走る人間は社会から疎外され、周囲に必要とされてこなかった。だから、あなたは大切な人だと伝えることで犯罪を抑止できる。これが藤田さんたちの考える理想論です。ただ、この事件では伯父夫婦が犯人を心配して、何度も役所に相談を持ち掛けている。彼には家があって、犯行時も懐に10万円を入れていた。彼以上に孤独で困窮している人は幾らでもいます」

 数多くの殺人犯への取材経験を持つ窪田氏に言わせると、犯行に及ぶ人間の背中を押すのは愛情の不足などではなく、「被害者意識」なのだという。

「8人を殺傷した1999年の池袋通り魔事件の犯人は日々、被害者意識を募らせ、最後は一本のいたずら電話をきっかけにプチンと切れてしまった。深川通り魔殺人の川俣軍司が凶行に走ったのも、寿司屋の面接に落ちた直後です。どちらも自分を社会から孤立した被害者だと考え、復讐のために無関係の人々を襲っている。岩崎に対して過度に配慮すると、同じ境遇の人たちの被害者意識を増幅し、事件を誘発してしまう。たとえ厳しい物言いであってもダメなものはダメと訴えるべきなのです」

〈一人で死んでくれよ〉という言葉だけを取り出せば過激に映るかもしれない。が、これほどの事件が起きてしまった以上、そうした思いを抱く向きは決して少なくなかろう。

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年6月13日号 掲載

関連記事(外部サイト)