神奈川逃走事件「クスリをやりながらチワワを浴槽で溺死させた」凶暴犯の素顔

■覚せい剤常習犯を再保釈した「女性裁判官」のご存念(1/2)


 盗人に追い銭、凶暴犯に再保釈――。神奈川県で起きた実刑確定男の逃走事件。周辺の小中学校を休校に追い込み、地域社会を恐怖の奈落に突き落としたのは札付きのワルの小林誠容疑者(43)だ。こんな男を野放しにしたのは誰か――。

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 何から何まで杜撰で酷い事件だった――。

 まずは逃亡犯である小林誠容疑者をよく知る人物の話に耳を傾けてみることにする。

「誠はホントの不良でしたから、中学校にもほとんど来ていなかった。それで結局、中学を出た頃だったと思いますが少年院に行きました」

 と、思い返すのは小林容疑者の同級生だ。

「少年院に入る直前の16歳の頃、車で誠たちと4人でドライブしていた時のことです。皆同じ年頃だったから、運転していた奴も無免許だったような気がしますが、急に誠が『女とヤリてーな。俺、ヤリたくなったらすぐ襲っちゃうんだ。今から行こうぜ』と強姦を誘ってきたので、怖くなって車から降ろしてもらったことがありました。このまま誠とつるんでいると自分も捕まると思って、それ以降は会わなくなりました」

 別の同級生もこう証言する。

「中学3年の時にはパンチパーマだったような気がします」

 こうした少年期を経た小林容疑者は、

「『人生のちょうど半分、刑務所に入っている』と言っていた。気に入らないことがあると手がつけられなくなり、よく飲み屋で暴れていたね。逮捕される時、パトカーに突っ込んで抵抗したこともあるような凶暴な男だよ」(小林容疑者の知人)

 また、地元の事情通が明かすには、

「クスリをやりながら、ペットのチワワを浴槽で溺死させたと言っていたのを聞いたことがある」

 さらに、大手メディアの社会部記者に補足してもらうと、

「これまで小林は少なくとも3回『塀の中』に入っていて、罪状は強姦、傷害致死、強制猥褻……と、何でもありといった感じだったようです」

 つまり、彼は筋金入りのワルなのである。

 改めて「神奈川逃走事件」の概要をおさらいしておくと、傷害や窃盗、覚せい剤取締法違反などの罪に問われていた小林容疑者は昨年9月21日、横浜地裁小田原支部で懲役3年8カ月の実刑判決を受ける。その結果、一審途中で認められていた保釈が取り消されたが、判決を不服とした小林容疑者は即日控訴し、同時に再保釈を請求。すると、あろうことか同月25日にそれが許可されてしまう。こうして、再びワルが“娑婆”で跋扈(ばっこ)し始めたのである。

 年が明けて今年1月、東京高裁が控訴を棄却したことで2月に実刑が確定。その後、横浜地検が再三にわたって出頭要請したにも拘(かかわ)らず、小林容疑者は「腰が痛い」などと言い訳して出頭を拒否し続けた。ようやく6月19日になって、地検と県警が愛川町の小林容疑者宅を訪れたところ、彼は刃物を取り出して抵抗。自宅から約50キロ離れた横須賀市に潜んでいた小林容疑者が身柄を確保されたのは、逃走を開始してから実に4日後という何ともお粗末な展開を辿ったのだった。


■「ムショ仲間」が語る


 県警の捜査関係者が愚痴りながら振り返る。

「間が悪いことに、6月28、29日に行われるG20の警備に備えて、開催地の大阪に千人近くの応援部隊を派遣しなければならない最中に小林が逃げた。神奈川には米軍基地があり、その周辺の警備を怠るわけにもいかないので小林の捜索に充分な人手を割けず、時間が掛かってしまった」

 別の捜査関係者が続ける。

「小林は暴力団関係者とも親しく、彼らが逃走の手助けをしていたようだ。『頼る先』があったことで、小林は滞在先を転々と変えることができたと見ています」

 こうした「逃走手助け人」がいたこと自体が、小林容疑者が“ワルのネットワーク”に囲まれていたことを物語っている。事実、彼が横須賀市に身を隠していた際に一緒にいた幸地(こうち)大輔容疑者(38)が犯人蔵匿容疑で逮捕されていて、そのことが“ネットワーク”の存在を証明している。

 小林容疑者の「ムショ仲間」に話を聞くと、彼が“ネットワーク”の中で生きてきたとしても何ら不自然ではない経歴が改めて浮かび上がってくる。

「たしか誠が17歳の時だったと思いますが、私がいた小田原少年院(注・現在は閉鎖)に彼がやってきた。当時の小田原少年院は、関東でも一番悪い未成年が集められるところでした。その後、私が松本少年刑務所に入ると、後を追うように誠もやってきて、20代半ばまでそこにいたはずです。『車で人を轢(ひ)いた』、『強姦っぽいことをした』と言っていたと思います」

 再保釈中に過ごしていた小林容疑者の自宅からは、懲りずに覚せい剤を使用していたのか注射器も見つかっている。このように振り返ってみると、やはり彼は明らかに娑婆に出してはいけない危険人物だった。それなのに、裁判所は再保釈し、逃走を招くという決定的に誤った判断を下したのである。

 とどのつまり、小林容疑者を取り逃がした検察、逃走した彼をなかなか捕まえることができなかった警察、そしてそもそも小林容疑者を野に放った裁判所、これらが「三位一体」となり、凶暴犯を放置する事態を招いてしまったことになる。横浜地検のトップである中原亮一検事正は逃走情報の公表が遅れたことについて「非常に責任は重いと思っている」と頭を下げたわけだが、一方、「そもそも」の種を蒔(ま)いた地裁が口を噤(つぐ)んだままとはどういう了見なのだろうか。

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年7月4日号 掲載

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