“このままじゃ子どもを殺しちゃうから助けてください”自ら110番した双極性障害・双子の母を救った「援助希求性」

 現代社会を生きる女性が避けては通れない「婚活」「結婚」「妊活」「子育て」。これらのライフイベントに伴う様々な困難にぶつかりつつも、彼女たちは最終的には自分なりに編み出した「ライフハック」で壁を乗り越えていきます。読めば勇気が湧いてくるノンフィクション連載「女のライフハック」、待望の第3回です。

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第1回目 https://www.dailyshincho.jp/article/2019/07091100/
第2回目 https://www.dailyshincho.jp/article/2019/07231100/

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■既婚子持ち女性の「切り札」


 知り合いの既婚子持ちの女性が「『義実家カード』を切る」という言い方をしているのを聞いたことがある。自らの現状を、トランプゲームの「大富豪」に例えてのことらしいが、子どもを保育園に預けて共働きしているワーキングマザーの彼女が「義実家カード」を切るのは、急な保育園からのお迎え要請が来た時や、子どもの具合が悪くて保育園に預けることは出来ないけれども、夫婦ともどうしても仕事を休めない時で、ようするに、「義実家カード」は夫婦だけでは、生活が立ち行かない時に出す、切り札の中の1枚なのだ。

 けれども、核家族化が進む中、「義実家カード」はもちろんのこと、「実家カード」も持たずに子育てをしている夫婦も少なくはない。実親や義親が、必ずしも近場に住んでいるとは限らないし、介護や仕事で手を貸せる状況じゃないこともあれば、頼れるような健康状態にない場合もある。もちろん反りが合わない・人格的に問題があるという理由で、はなからそれらのカードを捨てている人もいる。

 そうなのだ。わたしたちがあらかじめ持たされたカードは、必ずしも助けになってくれるものばかりではない。仕事が激務ゆえに「夫カード」がまったく使えないこともあるし、頼りになると思っていた「姉妹カード」にあっさりと裏切られることもある。産後になって、手札の少なさにハッと気が付いて、親戚や友人や同僚やご近所との関係を、しっかり築いておけばよかったと思っても後の祭りで、周囲を見回しても、とても頼み事なんてできない薄い関係の相手しか思い当たらないことは、都市部に生きてきた女性にとっては珍しいことでもないと思う。

 むしろ万全に恵まれた環境で子育てに励める女性は稀だと思うけれど、それにしても今回登場いただく、金川マツコさん(仮名・42歳 家族構成:夫45歳、長女5歳、次女5歳、猫6歳)の状況は、なかなかに過酷だ。両実家ともに遠方かつ、実母とは折り合いが悪い。自身は双極性障害を抱えていて、おまけに子は双生児。いったいどうやって2人の子どもを育てつつ、日常を乗り越えてきたのだろうか。

「1人なら大丈夫かなって思ってた。でも、妊娠の兆候があって近所の産婦人科にいってエコーを見たら『2人います』って言われて」

 もともと、子どもを作る予定はあったのか。わたしが尋ねると、マツコさんはゆっくりと言葉を噛みしめるようにそう言った。マツコさん一家が住んでいるのは、3DKの賃貸マンション。部屋の隅には双子の娘さんたちの書いた絵が、無造作に積み重なっていて、テーブルの上に乗り上げた猫が、触ってくれとしきりとアピールしてくる。雑然としているものの、居心地は良い。

 うつを発症すると掃除が出来ない状態になるマツコさんの代わりに、週に3回、ヘルパーさんが来て、掃除をしてくれるらしい。ちなみに双極性障害とはうつ状態に加え、その対極の躁状態も現れ、これらをくりかえす病気で、かつては躁うつ病とも呼ばれていた。


■リスクだらけの妊婦生活


「その時に、お医者さんに自分の双極性障害のことも伝えたんだけど『まさかリーマスを飲んでるの? とんでもない!』って言われて。双極性障害で飲まなきゃいけない『リーマス』って薬があるんですよ。これが胎児の奇形を誘発する可能性があるというので、妊婦には禁忌の薬に指定されていて。だから基本的に子どもを作るときには断薬しなきゃいけないし、もちろん妊娠中は飲めないって決まってる。

 妊娠前にかかっていた精神科の担当医からは、『症状が治まるまで、減薬はまだ出来ない。子どもを作るんだったら、収まってから妊活しなさい』って言われてもいたんです。けど、35歳くらいの時に、高齢出産リスクが怖くなったんですよね。それで、リスクを背負うのは自分だしって思って、夫とも話し合って。それに調べたら、リーマスは日本では禁忌だけど、アメリカでは禁忌ではないっていうこともわかって、子作りを始めちゃいました」

 リーマスを服用したままで妊活を開始し、ちょうど1年ほどで妊娠が発覚。喜んだのも束の間、まさかの多胎児であることが判明。双子、障害リスク、自身の双極性障害を周囲に心配されながら、精神科と産婦人科との連携が必要だということで、双方の科のある総合病院に転院し、マツコさんの妊婦生活はスタートした。

「双子ってことは遺伝子が同じ確率もあるわけだから、確率的に障害を持った子が2人生まれるかもしれない。それを、自分にも障害があって育てられる?って医者には聞かれて。うわっ、すごいことになったぞって思いましたね。でも、出来ちゃったものはもう仕方ないし」

 しかし幸運にも、妊娠中の症状は比較的、落ち着いていたという。

「これはわたしも妊娠前から知識として知っていたし、担当医も言ってたんだけど、妊娠してる間は双極性障害の症状が収まるっていう現象が多いそうなんです。責任感とか生きがいが出来たことで、自分はダメって思いこむことが減ったりして、そういうふうにプラスに思えれば安定してくるっていうのがあるみたいで。それで、薬は比較的、副作用が少ないものを、寝る前に飲むくらいでした」

 一方で妊娠特有の体調不良は容赦なく襲い掛かってきた。つわりに加え、双胎妊娠の場合、妊娠中毒症になりやすく、また、その重さゆえに母体に負担がかかり、早産のリスクが高い。マツコさんも妊娠糖尿病を発症し、入院することになり、さらには切迫早産で安静(=ベッドの上での生活。移動の時は車椅子を使用する)、24時間点滴を言い渡されてしまう。

 妊娠34週の出産を目指して頑張ったものの、もうちょっとというところで、看護師の点滴針の打ち方があまりに下手なことで大爆発。点滴を抜いて暴れて、帝王切開で緊急出産することになった。やや小さめながらも、心配していた障害もない、女の子の双子だった。ほっとしたのも束の間、産後、マツコさんはまた精神のバランスを崩してしまう。

「娘たちは1カ月くらいNICU(新生児集中治療室)に入ることになったんだけど、そこまで気が張り詰めっぱなしだったのと、双極性障害の薬を絶っていたことで、私が産後うつになっちゃったんです。『育てられないよ。無理だよ』って、完全にネガティブモードに入っちゃった。それなのに、事情を知らない看護師さんに『NICUにぜんぜん顔見せないけど、子どもを育てる気があるんですか?』って言われて。そこで号泣」

 入院生活を送ることに嫌気がさしたマツコさんは、その事件がきっかけで、精神科の医師が止めるのも聞かずに退院。自宅で療養生活へと入ることになった。

「夫とふたりの時は、うつ状態の時はじっとして、夫が帰ってくるまで待てば済むだけだし、テンションが上がり過ぎちゃったら、睡眠薬をガッて飲んで、余計なことをしないように寝ていればよかったんだけど、でも子どもができたら、そういうわけにいかない。恒常性っていうのかな。常に適度なパフォーマンスを出さないといけないからそこが大変だった」


■保健師に「自殺したいです」と電話


 そもそも、マツコさんが双極性障害を発症したのは、いまから13年ほど前、まだ結婚前のこと。とあるNPOで知り合った男性にセクハラを受けたのがキッカケだった。一時は、一日中、布団に臥せって過ごすほどのうつ状態と、SNSに頻繁に書き込みを続ける躁状態とを繰り返していたともいう。その頃に比べれば緩解したとはいえ、双極性障害を抱えながらの子育てはさぞかし大変なのではないかと想像がつく。

「退院してすぐの頃は、1週間に1回、病院の精神科で診てもらっていたんだけど、その時もちょっと自殺しかけて、地域の保健師さんを呼んだりしました。保健師さんしか電話の繋がる人がいなかったから。それで『自殺したいです』って伝えたら自転車で来てくれて、優しいなって思いましたね」

 地域の保健師は、看護師資格も持ち、行政の元、母親学級や子育て相談、出産後の家庭訪問といった妊娠出産に関してのサポートを担ってくれる存在だ。

「総合病院に移った時に、まず、障害者手帳を取ろうってことになって、そこで保健師さんがついてくれて、その人が産前から産後も切れ間なくサポートしてくれて。さらに、入院中も、精神科の先生と婦人科の先生、小児科の先生、病院のソーシャルワーカー、地域の子ども家庭支援センターの人と、保健師さんが来て、みんなで『どうしたらこの人を救えるんだろう』っていう会議をしてくれたんだよね。その時は私、点滴を打って、頭がぼーっとしてる状態だから、みんなが何を言っているのか、よくわからなかったんだけど(笑)。

 まず子ども家庭支援センターの人が、早急に保育園に入れるように手続きを担当してくれて、保健師さんは、『子どもが生まれたら、こまめに自宅訪問します』と言ってくれて。で、担当医は診断書を書いてくれて、それがあれば、区のヘルパーさんが週に3回、1時間半か2時間の家事の援助をしてくれると言ってくれて。たった1時間300円っていう」

 わたしも妊娠して初めて知ったことだけれど、意外と行政のバックアップは手厚い。そう思うのは、子どもが出来る前には、行政に頼る機会がほぼなかったせいかもしれない。けれど、いざ誰を頼っていいのかわからない状況に陥ると、こうしたセーフティネットがいかに大切か身に染みて感じることになる。ちなみにわたしも、相場よりもかなり安い値段で子育ての援助をしてくれる、ファミリーサポートと呼ばれる地域のサービスを積極的に利用している。


■困ったときに助けを求める力


 こうして、地域のサポートを受けながら、育児を始めたマツコさんだったが、それでも双子育児は決して楽ではない。まだ幼い双子を連れて外出しようと思った場合に、ベビーカーは必須となるが、嫌がって泣いたりわめいたりすると、その騒がしさは通常の2倍。業を煮やして地上に降ろすと、今度は右と左に逃げ出してしまう。なので、基本的には配偶者と一緒でないと、外出は叶わなかったという。

「子どもって基本、友達といるとテンションがずっと上がり続けるじゃないですか。それがエブリナイトなんですよ。夫の夜勤の日は、ワンオペになるんだけど、怒鳴ろうが、無視しようが、ひたすらふたりに体当たりされるのが続くと、神経がやられちゃって。それで1回、警察を呼んだこともあります。110番に電話して『このままじゃ子どもを殺しちゃうから助けてください』って。そしたら、自転車でお巡りさんがふたり来てくれて、話を聞いてくれました。それで、夜勤に出てる旦那をパトカーで連れ帰ってきてくれたんです」

 自ら保健師に電話したことで、自殺を回避し、警察を呼んで虐待を未遂で終わらせる……ここまで話を聞いて気が付いたのは、マツコさんの人に助けを求める能力の高さだ。度々報道される幼児の虐待死。追い詰められた母親が起こした、悲しい事件が報じられるたびに「なぜ、誰かに助けを求めなかったのか」という声があがる。けれども、自己責任社会の中で、人に助けを求めることは、意外と難しい。なにかコツやマインドセットの仕方があるのかと尋ねてみた。

「援助希求って言葉があって、困ったときに助けを求める力ってことなんだけど、それが足りてない人は物事を深刻にしやすい。うつ病で自殺しちゃう人に足りないのはこの援助希求性だし、男性に自殺者が多いのは、援助希求性が男性の文化の中に欠如しているからっていう話を、なんかの本で読んで。誰かに相談するとか、誰かに助けを求めるとか、逆にいうと、いつも人を助けようと思ってるとか、相談に乗るっていう習慣がないと、いざっていう時にどうにもならなくなってしまう。

 自殺とか虐待死とかって『言ってくれたらよかったのに』っていうのがつきものじゃないですか。じゃあ言おうぜって。自分が他人だったらどう思うかな?っていつも考えていて、極論でいうと、子どもを殺してから電話されても困るよなって。じゃあ電話しようって、いつもそんなふうに考えてます」

「頼み事なんてできない薄い関係だから」などと躊躇せずに誰かに助けを求められること。それは援助希求ができるということで、このしんどい世の中を生き抜くために大切な能力だ。なのになぜか、多くの子育て中の母親は、人に頼ることができずに、苦しんでいる。そのことをマツコさんに伝えると、こんな答えが返ってきた。

「頑張ればできるとか、普通のことだからできるって考えている人が、きっと多いんだろうなって。私は最初から無理ゲーが重なってたから、人に頼る覚悟も出来ていたんだと思う。みんなが『こいつ、やばいぞ』って感じで助けてくれたけど、これを恥ずかしいと思わないことだよね。一番、最悪のことを起こさないために、どうしたらいいかっていつも考えてる……ごめん、なんかちょっと泣けてきちゃった」

大泉りか(おおいずみ・りか)
1977年東京生まれ。2004年『FUCK ME TENDER』(講談社刊)を上梓してデビュー。官能小説家、ラノベ作家、漫画原作者として活躍する一方で、スポーツ新聞やウェブサイトなどで、女性向けに性愛と生き方、子育て、男性向けに女心をレクチャーするコラムも多く手掛ける。『もっとモテたいあなたに 女はこんな男に惚れる』(イースト・プレス 文庫ぎんが堂)他著書多数。2017年に第1子を出産。以後育児エッセイも手掛け、2019年には育児に悩む親をテーマとしたトークイベント『親であること、毒になること』を主催。

2019年8月13日 掲載

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