「絶海の孤島」青ヶ島が外国人観光客に大人気 日本語が話せないと宿の予約も困難

記事まとめ

  • 絶海の孤島と呼ばれ、日本一小さな村「青ヶ島」が外国人観光客に大人気となっている
  • 出航停止になるなどアクセスが悪いロケーションにも関わらず、外国人の姿があるという
  • 宿では外国語での応対はできず、日本語が話せないと予約することすら難しいとか

日本一小さな村「青ヶ島」が外国人観光客に大人気 人口170人の島は大混乱…

 夏休み、ちょっと変わった休暇を過ごしたければ、ぜひ「青ヶ島」へ――。なんて、気軽にはおススメしにくい事態になっているという。絶海の孤島と呼ばれ、日本一小さな村でもある青ヶ島(東京都)がいま、外国人観光客らの聖地として沸いている。欧米各局のメディアも注目するこの島に、何が起きているのか。ジャーナリストの瀬川牧子氏がレポートする。

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 私が青ヶ島を訪れたのは6月末。東京から飛行機で八丈島へ向かい、そこから週4回出航予定の船便に乗り継いでの上陸である。八丈島からはヘリコプターという手段もあるが、1日1便、9席のみ。1カ月前の予約開始すぐ予約は埋まってしまう状況で、梅雨の時期などは霧などでフライトが中止になることはままある。

 もっとも、私が利用した船便も、高波で出航停止になることしばしば……。こんなアクセスが悪いロケーションにも関わらず、島での4日間の滞在中、革の旅行鞄を手に持った老紳士風の米国人男性や、地図を片手に散策するフランス人の若いカップル、オランダ人のバックパッカーら、外国人観光客らの姿を見た。わずか6平方キロメートルの島に、である。

 正式な統計こそないが、ここ数年、外国人観光客が増加しているのは確かなようだ。

「月に数回は、外国人の方がいらっしゃいますね。ここ半年では、米国、フランス、ロシア、中国、台湾の方がいらっしゃいました。最近はアジア圏からの方が多いかもしれません。さらに“島へ行きたい”と片言の日本語で電話をいただいた国でいえば、オランダ、ペルー、ボリビア、ブラジル……」(青ヶ島村役場総務課事業係主事の小林みどりさん)

 東京から南へ360キロのこの弧島の何が、彼らを惹きつけるのだろう? ひとつには世界的に珍しい「地形」が答えになるかもしれない。活火山を取り囲むようにして形成されたこの島は、およそ3000年前の大規模なマグマ水蒸気爆発を契機として、現在の姿になったと言われる。幾度もの噴火によって凹地(カルデラ)が二重に形成され、世界にも珍しい「二重カルデラ」の地形となっている。その様子は「大凸部(オオトンブ)」と呼ばれる丘から、一望できる。

 あるいは「星空」も青ヶ島の売りかもしれない。街明かりのない島の最北端から見上げる夜空は、その時々にあわせてきらめく星々を鑑賞できる。7月に見上げる天の川の美しさは、周囲の大自然も手伝って、圧巻の光景だそうだ。

「キャンプ場を利用して、長期滞在できるのもポイントでしょうね。手慣れた外国人キャンパーからも人気です」(東京・新宿にある青ヶ島料理の店「青ヶ島屋」オーナーの菊池栄春さん)

 だが、外国人観光客をもっとも惹きつける要素――それは冒頭で紹介したような“選ばれし者だけが到着できる”特別感なのかもしれない。

■日本語ができない混乱


 青ヶ島の島民(あるいは青ヶ島村の村民ともいえる)にとっては、観光特需に沸いた形だ。が、それを手放しで喜んでいる訳ではなさそうだ。人口はおよそ170人、島内の小中学校の生徒数は10人ほどという、高齢化と過疎化が進む地方自治体。信号機は1機あるが「子どもたちが“東京”に出た時に備え、見方を覚えるため」(前村長の佐々木宏さん)に。そんな島だから、日々の生活で精いっぱいなのである。

 その苦労は、たとえば言葉の壁に現れている。

「青ヶ島は東京や京都と並んで有名だ、と宿泊予約などの準備をせずに島を訪ねる外国人の方がいます。島内での彼らの唯一の交通手段はレンタカーですが、保険のことなど、細かい日本語の説明が伝わらない。日本人の通訳が同行している人か、よほど日本語堪能な人でないと、正直、利用は厳しいですね」

 というのは、村の青年リーダー的存在の荒井智史さん(38)だ。進学のために1度島を出た後に“島が忘れられなくて”戻ってきたという、若手では珍しい経歴の持ち主である。村唯一のガソリンスタンド、レンタカー屋、食品店を経営するほか、週末には島の子どもたちに島の伝統芸能「還住太鼓」を教えている。

 荒井さんが注意を促すのは、それが命の危険につながるからに他ならない。

「島の天気は変わりやすく、天気が晴れていたかと思いきや、突然、暴風が吹いたり、大雨が降ったりする。風が強すぎて窓ガラスが割れる、自動車が“浮く”ということは、普通にここでは起きます。生きることが戦いです」

 私の滞在中も「大雨ですから、港に近づかないでください」との村内放送がひんぱんに流れていた。荒井さんの言う事はよくわかる。生活に必要な医療品や石油は、毎週金曜日に東京・竹芝から船便で運ばれてくるが、これも波の状況によっては中止になるから、必ずではない。文字通りの“生命線”、ヘリポートと港の様子はリアルタイムで中継され、各家庭のテレビから視聴できる。このほか、毎年10月には、島民総出で「火山噴火」「大地震」を想定した避難訓練を1日かけて行うそうだ。いかに自然災害と隣り合わせで暮らしているかが伺えるというものだろう。

 言葉が分からない危険性については、村役場の小林さんもこう語る。

「日本語が分からない外国人の方が、村内放送を理解しないと危険です。たとえば、台風が来て大波に巻き込まれたら……。嵐の夜に、届け出なくキャンプされてしまうと、こちらとしても止めようがありません」

 幸いなことに、まだ外国人観光客の事故は起きていないというが……。

 彼らと直に接する、島内の宿も大変だ。島内には5件の宿があるが、いずれも英語を含め、外国語での応対はできない。日本語が話せないと、予約することすら難しい。先に紹介した元村長の佐々木さんは、民宿「マツミ荘」のオーナーでもある。

「通訳がいないと、何を言っているのかさっぱり分からないよ……。昨年だったかな。フランス人観光客が泊まりに来て苦労しました。つい最近は、ドイツのテレビ局が“絶景”を撮影しにやって来ましたよ。この時は日本語を話せる美人のドイツ人レポーターがいてくれたから、助かった。森の奥地にある“神木”の大杉を案内しましたよ」(佐々木さん)

 これはプロの演歌歌手としての顔も持つ、サービス精神旺盛な佐々木さんだからこそできる対応かもしれない。基本的に、各宿を営んでいるのはご夫婦か単身者で、かつ農業や酪農を“兼業”している。村人の大半が畑を所有していて、半分「自給自足」の暮らしをしている。

 たとえば民宿「中里」を経営している菊池正さんの場合、民宿に農業、酪農、そして島の植物「オオタニワタリ」と地元のさつま芋からつくる「青ヶ島焼酎」製造の4つの仕事に携わる。

 朝5時に起きて、宿泊者用の朝食を準備しつつ、すこし畑の手入れ。8時には鶏の世話、卵の収穫とあわせ宿の業務。午後からはふたたび畑に出て、かぼちゃやスイカ、青酎の原料となる芋のお世話だ。夕方には牛に餌をやって……を繰り返す日々を送り、さらに11月頃には、青酎の仕込みの仕事もこなさなければならない。多岐にわたる仕事を分刻みでこなしていく菊池さん、これだけの働き者ながら、御年73というから驚きだ。

 そこへ、これまでは少なかった外国人の観光客が宿を利用するとなれば、苦労は察するにあまりある。


■辺境マニア御用達からメジャーへ


 青ヶ島を訪れる外国人観光客が、必ずといっていいほど目にしている一枚の写真がある。5年前、米国の環境保護NGO「One Green Planet」が「死ぬまでに見るべき絶景13」として青ヶ島を取り上げた際の島の写真だ。メキシコのクリスタルの洞窟やオーストラリアのグレートバリアリーフ、ボリビアのウユニ湖と並んで、日本で唯一、紹介された場所が青ヶ島だった。現在の熱狂は、この写真がネット上に拡散してから始まったといえる。

「以前は辺境マニアぐらいしか来なかったのですが、外国人と若者の訪問者がドッと増えました」

 こう振り返るのは、株式会社青ヶ島製塩事業所の社長、山田アリサさんだ。青酎と並ぶ島の名産品が、山田さんの製塩所でつくられる「ひんぎゃの塩」。ネットで拡散された例の島の写真は、塩のラベルにも使われている。

 観光客のお土産の定番でもあるこの塩は、日本の海流の中で最も澄んでいると称される黒潮の海水から作られた絶品。遠くドバイから、ビジネスマンと思しき男性が工場を視察に来たこともあるという。週に1度は4時に起床し、女社長自らトローリーを運転して海へ。「さらわれたら一瞬で死んでしまうほどの高さの波」(山田さん)と戦いながら、海水をくみ上げてくる。地熱蒸気を利用し、数名の作業員と黙々と塩を炊き上げる姿は「男前」だ。

 その働きぶりを取材したいとドイツ、フランスから取材の申し込みがあったものの、悪天候のため上陸できず、ロケは中止となったという。やはり青ヶ島は甘くないのだ。

 最後に荒井さんから、外国人観光客へのメッセージを紹介しよう。

「外国人の中でも“力”のある者だけがこの島に辿り着けるのです。日本語は多少はできてほしい。それと最近は、ベジタリアンの方もいらっしゃいますが、田舎の宿なので対応するのは難しい。食事は何でも食べられる人でないと無理です。この辺を守っていただけて、島の文化、状況を理解してくれる人は、ぜひウエルカムです!人種、国籍を問わず交流したい。僕の『還住太鼓』を聞きに来てくれたら最高ですね」

 日本の方々へ補足すると――人手不足に悩む島は、移住者も歓迎している。役場のウエブサイトにも求人広告が掲載されている。観光旅行の場としては、アクティブ派に最適な楽園と言えるのではないだろうか。ただ村民は日々の生活に本気で忙しい。邪魔しないためにも、できることは自分でやろう。

瀬川牧子/ジャーナリスト

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月15日 掲載

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