舞鶴女子高生殺人で無罪判決の「中勝美」、再び殺人未遂で逮捕、“獄死“の数奇な人生

 3年前の夏に病死したその男は、かつて凶悪事件で無罪が確定し、世間の注目の的となった人だった。しかし、彼が最期を迎えた場所は……。

 2016年7月11日、67歳で死亡した中勝美元受刑者は、2008年5月に京都府舞鶴市で発生した女子高生殺害事件(以下、舞鶴事件)で、殺人と強制わいせつ致死罪に問われていたが、2014年7月、最高裁で無罪が確定した。この事件について中勝美は、府立高校の1年生だった小杉美穂さん(15=当時)に対し乱暴目的で、頭や顔を鈍器で殴り殺害したとして起訴されていた。「何も関係ありません」。一審京都地裁の罪状認否ではこう訴えたものの、判決は無期懲役(求刑・死刑)。中勝美はこれを不服として控訴。大阪高裁で逆転無罪判決が下された。検察側が上告するも、2014年7月に棄却され、無罪が確定。晴れて舞鶴事件で「無罪の人」となったが、このわずか4ヶ月後、中勝美は大阪市北区にある雑居ビルにおいて、殺人未遂罪で現行犯逮捕された。女子高生殺害事件で無罪になった男は、なぜ事件を起こしたか。その裁判で、何を語ったのか――。

 ***

 2016年2月、地下鉄御堂筋線・淀屋橋駅が最寄りの大阪地方裁判所で開かれた中勝美の裁判員裁判。ここから梅田方向に歩くと、ラーメン店や古いマンション、ホテルなどが立ち並ぶ歓楽街の一角に、ビル名のネオン看板がでかでかと掲げられている建物がある。外から見ればごく普通の雑居ビルだが、その中には、スナック、人妻キャバクラ、ホテヘル店がひしめく。事件は2014年11月5日の早朝、このビルの2階のホテルで起きた。

 このホテルを経営する当時38歳の女性か?、突如現れた中勝美に、顔や首なと?11カ所を刃物て?刺され重傷を負ったのだ。向かいにあるホテヘルのスタッフが出勤し、開店準備のため植木を表に出していたところ、血まみれの中と女性が店に飛び込んで来たという。

「女の人は『警察、警察!』と叫びながら小走りで入ってこられた。上半身が裸で、頭から、顔、上半身、すべて血まみれでした。バケツ(で血を)被ったみたいな、そんな感じでした。ズボンは履かれていたと思います。うちの店の前の従業員の方だと思います。挨拶する程度です。そのあと同じく上半身が血だらけの男の人が、ナイフ持って追いかけてきました。果物ナイフぐらいの小さなナイフやった。刃は見ましたが柄は見てないです。女の人の背中に刃を向けるような感じ。男も顔から血まみれで、肌の色わからないくらいでした」(ホテヘルスタッフの公判証言)

 スタッフの通報により駆けつけた警察官らにも、中勝美は果物ナイフを向けたが、揉み合いの末に逮捕された。起訴状によれば、中勝美は経営者のAさんにわいせつ行為を働いて殺してしまおうと考え、事件当日の朝、玄関からホテルに侵入。果物ナイフをAさんの首に当て「服を脱げ、脱がないと殺すぞ」と脅したうえ、ナイフを首元に突き刺し、上半身をめくりあげ、両乳房を揉み、頸部、胸部など多数回ナイフで突き刺し全治1カ月の外傷性出血性ショック等を負わせた。

 だが罪状認否では、舞鶴事件と同様に否認した。官品と思しき黄緑色の作業着を着た坊主頭の中勝美は、舞鶴事件で逮捕される前にも見せていたようなニヤニヤとした表情とは対照的に、弱々しく消えそうな声でこう主張したのである。

「『来るな』とは言われていない。口論となり……Aさんがホテル内のナイフを持ち出した……私は取り上げて揉み合いになり……決してAさんを殺そうと思っていない」

 弁護人も、中勝美がホテルに出向いたのは、「かつてここで働いていた際、刑務所の在監証明を提出し、個人情報をメモに書き写されていたので、それらを返してもらうためだった。未払いの給与を受け取る目的もあった」と主張。ナイフを持ったのは、正当防衛であり無罪が成立すると述べた。

 Aさんと中勝美の出会いは、JR堺市駅。中勝美は舞鶴事件で検察が上告中だった2013年5月、大阪市西成区のコンビニ内で680円相当の本を服の中に隠すなどして窃盗罪で逮捕されており、同年8月に懲役1年2ヶ月の判決を言い渡され、大阪刑務所で服役していた。そして舞鶴事件で無罪が確定した2ヶ月後の2014年9月30日に出所。刑務所を出て、最寄り駅である堺市駅のホームにいた中勝美に、Aさんが声をかけてきたことが始まりだ。

「刑務所を出てきた人をスカウトすればいいじゃない。仕事が見つからないだろうから、清掃の仕事でも、ずっと続けてくれるんじゃないの。年寄りのほうが真面目に働いてくれるよ」

 ホテルで働いてくれる従業員がなかなか見つからないため、知人に相談したところ、こんなアドバイスを受けたAさんは、堺市駅周辺で出所者と思しき高齢者に狙いを定め「スカウト」を始めたのだ。中勝美と出会う前も、何度か「スカウト」に訪れていた。そしてようやくホテルで働く意思を見せてくれたのが、中勝美だった。月6万円に食事付きという条件でその日から働き始めた。ところがすぐに、Aさんは中を解雇する。証人出廷したAさんが、その理由を語っている。彼女の発言がぎこちないのは、Aさんの母国語が中国語であるということに加え、事件で中勝美が刺したナイフが頬を貫通し、舌に大怪我を負ったためだ。

「仕事……全くできなかった。うちは部屋番号がA、B、C、Dのアルファベット、被告人はそれ、読めなくて受付にもできない。ウチ、ホテルなのに、お客さんの案内できないです。あと被告人はホテルいる間、お客さんと何度も言い合いして、揉めていた」

 先にも述べたように、中勝美はAさんに提出した在監証明を取り返すためにホテルを訪れたという。しかし、Aさんは彼を解雇する際、返却していたと主張した。その後も何度か中勝美が小遣いをせびりに来たこともあったが、金銭的な請求をしないという念書を書かせて追い返していたという。ようやく関係が終わった、と思っていた矢先に事件は起きた。


■「お答えしづらい」


 スタッフだけに教えていた方法で玄関ドアの鍵を開けた中勝美は、Aさんが寝ている部屋に侵入。マスクに帽子、手にはナイフを持ち、軍手をはめていた。

「金庫を開けろ。俺の名前と住所を書いたのを出せ」

 Aさんが「鍵を取りに行く」と言い、その場を離れようとするも、中勝美は突然、Aさんの頬を思いっきり叩き、その首にナイフの刃先を突きつけ、こう言った。

「殺すぞ」

 ズボンのポケットからタオルを取り出し、Aさんの口を塞ごうとする。

「お前はうるさいから口塞いでしまう」

 抵抗したAさんに中勝美はいきなり抱きつき、両方の乳房を揉んでキスをしてきた。

「お前が好きや。服を脱げ。全部脱げ、脱がないと殺すぞ」

 そしていきなり、Aさんをナイフで刺したのだった。

 だが中勝美は被告人質問で、犯行に至ったのはAさんのせいだという発言を繰り返した。

「給料の話とメモ用紙を返してもらいに、Aさんに会うためホテルに行った。同じことを繰り返し話しているうちに、Aさんがナイフを棚に取りに行き刺してきた。抵抗して刺した」

 と、最初に手を出したのはAさんだったと主張。さらに、胸を揉んだという行為についても、「自分から(服を)脱いだ。胸も揉んでません」と否認した。すると、裁判官はこう切り出した。

裁判官「服役して反省したことはないんですか?」

中勝美「入るとつらい。二度としないように考えます」

裁判官「被害者に申し訳ないという気持ちはないですか?」

中勝美「あります」

裁判官「どの事件?」

 わずかな間のあと、中勝美は答えた。

「……万引きです」

 再び裁判官が問う。

裁判官「万引き以外はないんですか?」

中勝美「あります」

裁判官「どの事件ですか?」

 再び間が空き、中勝美はこう言った。

「……お答えしづらい」

 結局、中勝美には、懲役16年(求刑・懲役25年)の判決が言い渡された。

 裁判官が「どの事件ですか」と訊いたのは、何度か服役の経験があるからだ。舞鶴事件から遡ること35年、中勝美は交際していた女性に復縁を迫ったが相手にされなかったことから恨みを抱き、滋賀県草津市の女性宅に押しかけ、女性とその兄を殺害。さらに近くの民家に侵入し、無関係の姉妹を人質にして立てこもるという事件を起こし、逮捕されている。

「彼女以外は殺すつもりはなかったが、やってしまったからには仕方ないやないか」

 当時、逮捕後の記者らの一問一答に、こう答えた中勝美は、のちに懲役16年の判決を受け服役していた。さらに、1991年には、舞鶴市内で自転車に乗っていた女性を押し倒し、彼女の顔をカッターナイフで切りつけるなどして、再び実刑判決を受け服役している。そして、舞鶴事件は起きた。

「(中勝美には)刑務所の中で死んでもらいたい。出てくるとまた被害が起こる」

 Aさんは法廷でこう語っていたが、奇しくも中勝美は、16年7月、医療刑務所で亡くなった。なお、舞鶴事件は未解決のままだ。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)など。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月16日 掲載

関連記事(外部サイト)