老母の財産を弁護士が管理、生活費を1円も渡さず… トラブル続出の「成年後見制度」

 認知症など判断能力が十分でない人の生活を支えるため、2000年に導入された成年後見制度。高齢化社会対策のひとつだったが、高齢者を守るどころか、その生活に不便さを招き、さらには老後の穏やかな生活まで奪っているという。いったい何が起きているのか。

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■トラブル続出!高齢者を不幸にする成年後見制度――長谷川学(1/2)


「成年後見制度は認知症のお年寄りや障害者を助けるための制度だと聞きました。ところが実際には、中程度の認知症である母にとって良いことは何一つありません。母は“後見人なんていらない。辞めてほしい”と憤慨しています」

 そう語るのは埼玉県在住の谷川千秋さん(52)=仮名=だ。千秋さんは元テレビ局のアナウンサー。現在は学校の教員をしながら、母親の弘子さん(81)=同=と千秋さん名義の家で暮らしている。

 千秋さんによると、後見人弁護士は、母・弘子さん名義の通帳、印鑑、キャッシュカードなど、弘子さんのすべての財産を管理。一時は、健康保険証も保管して弘子さんに渡さなかったという。

「保険証は高齢者にとって最も大事なものです。後見人が“家裁が渡すなと言うから渡さない”と言ったので家裁に確認すると、“そんなことは言っていない”。それを後見人に伝えると慌てて保険証を返却してきました。保険証が戻るまで母は全額負担で病院を受診。お金は私が立て替えました。母は“千秋に迷惑をかけるから病院に行かない”と何度も言いました」

 さらにこの後見人は、家族による横領を疑ったのか、弘子さんの預貯金を預かりながら、昨年から今年4月17日までの約8カ月間、弘子さんに生活費を1円も渡さなかったという。

「この間、母の生活費はすべて私が負担しました。しかも長年、母が愛用している化粧品代についても“あなたが使うかもしれない”と理由をつけて払いませんでした。いったい誰のための、何を目的とした後見制度なのでしょうか」


■後見トラブルは6万件?


 成年後見制度を巡るトラブルが全国で多発しているという。

「全国で少なくとも6万件程度の後見トラブルが起きているのではないか」

 後見トラブルの相談を受けている一般社団法人「後見の杜」の宮内康二代表はそう語る。

「後見制度の利用人数は現在22万人ですが、2017年はそのうち1万件で後見人が辞任、もしくは家裁に解任されています。後見の杜に来るトラブル相談で、後見人が辞任している割合は6件に1件なので、そこから推定すると、辞任件数の6倍のトラブルが発生している可能性があるとみています」

 具体的には、後見人に生活費を決められ、生活が立ちゆかなくなったり、家族との同居が阻まれたりするようなケースが数多く出てきているのだ。

 成年後見制度は、超高齢社会を迎えて急増する認知症高齢者対策として、介護保険制度と同じ2000年にスタートした。家庭裁判所が選任した後見人が、認知症などで判断能力が十分でない人の代わりに、医療・介護等の契約を結んだり、財産管理を行い、生活を手助けするのが目的だ。

 ところが介護保険制度が社会に定着(サービス利用者、約488万人=17年)したのに対し、成年後見制度の利用者はわずか22万人と低迷している。

 成年後見制度に詳しい堀田力弁護士(元法務省官房長)は、その背景をこう説明する。

「現在、後見人の3割弱が親族、残りの7割以上を弁護士、司法書士、社会福祉士などの士業が占めています。後見の仕事で重要なのは介護や医療のサービスを選び契約を結ぶなどの“身上保護”。ところが弁護士や司法書士は財産管理はお手の物だが、肝心の身上保護のスキルがない人がほとんど。手間暇のかかる身上保護をせず、財産管理だけで報酬を取っていく弁護士らへの不満が、利用者の伸びない大きな理由だと思います」

 少し補足すれば、当初は親族が多かったが、横領事件が多発するに伴い、士業後見人が増えていった経緯がある。


■母子を分断させる後見人


 弘子さんは17年3月にアルツハイマー型認知症の診断を受け、同年10月に千秋さんの兄が後見人をつける申し立てを金沢家裁に行った。

 後見利用の申し立ては本人、4親等内の親族、市区町村長などが行える。

 申立書は兄の代理人の弁護士が作成。その目的には、母・弘子さんの「施設入所」と「財産管理」のためと書かれていた。だが、

「兄と母は折り合いが悪く、“一日たりとも母と一緒にいたくありません”というメールを私に送ってきたこともある」(千秋さん)

 この申し立ての2カ月前、兄は、アルコール依存症の治療を名目として、母・弘子さんを厄介払いとばかりに石川県内の精神病院の閉鎖病棟に入院させ、その翌月には別の施設に入所させたという。

「兄は母が入った施設名すら私に教えてくれませんでした。母は以前から“施設に入るのは嫌だ。千秋のところに行きたい”と私や病院の医師らに話し、私も母との暮らしを望んでいました。兄が突然、後見を申し立てたのは、第三者の後見人をつけて、私が施設入所に反対するのを封じ込めるためだったと思います」(千秋さん)

 申立書には、千秋さんが母親との同居を言い出したのは、弘子さんの“財産目当て”だと決めつけ、弘子さんが「二度と埼玉には行きたくない」と拒んでいるとか、母親の財産管理を巡り兄妹間に対立がある、などと記載されていた。

 認知症の程度については「会話は可能だが意味不明」「家族が(だれか)わからないときがある」「1桁の足し算、引き算程度はできる」として、「高度認知症のため、回復の見込みがない」と書かれていた。

 だが千秋さんによれば、その当時、弘子さんの認知症は要介護1。介護認定の際に「病状があまりに軽過ぎて要介護ではなく、要支援しか出ないかもしれない」と病院側から言われたほど軽いものだったという。

「数時間前の会話の内容を忘れるなど短期記憶に問題がありましたが、会話は普通にでき、計算も足し算引き算はむろん、掛け算割り算を含め完璧にできました。申立書には“家族がだれかわからないときがある”と書いてありましたが、あまりにひどすぎます」

 17年12月、金沢家裁は、金沢市内の弁護士を弘子さんの後見人に選任した。

「この後見人の対応は当初からおかしかった。たとえば母は、私の長男をとても可愛がっていて、長男の大学卒業式には絶対に出たいと以前から話していた。その旨を後見人に伝えたところ“あなたと会うとお母さんが不穏になる。それでなくても施設で徘徊したり、昼夜落ち着きがない”と言って認めませんでした。それどころか、私と母の面会や電話すらも禁じたのです」(千秋さん)

 さらに、後見人が弘子さんを精神病院に再入院させようとしたことに千秋さんは危機感を抱いた。

「昨年5月、私は施設を訪問しました。母は“施設はいやだ。ここにいても幸せではない。千秋の家で一緒に暮らしたい”と話しました。私は母の希望に従い、母を埼玉の自宅に連れて帰りました」

 後見人は、施設に戻るよう繰り返し要求したが、弘子さんは帰らなかった。

 成年男女には精神障害のあるなしにかかわらず、住まいを自分で決める権利(居所指定権)が法的に保証されている。後見人がそこに介入することは許されない。

 これを受け、金沢の後見人は辞任、所管も金沢家裁からさいたま家裁に移り、昨年9月、冒頭の埼玉の弁護士に加え、社会福祉士が後見人に選任された。


■後見人の弁護士に取材すると…


 私は今年4月、千秋さん宅を訪問し、弘子さんと話した。弘子さんは、私にお茶やお菓子を出して勧めるなど甲斐甲斐しく立ち振る舞った。健康状態を尋ねると、「健康ですよ。(頭の横で右手をクルクル回しながら)ここ以外はね」と言って朗らかに笑った。

 近所に住む弘子さんの姉や千秋さんによると、施設にいた頃、弘子さんに表れていたとされる徘徊や不眠などの症状は転居後に消失したという。

「恐らく他人と施設で暮らすことが母にとって大きなストレスだったのでしょう。施設で飲まされ続けていた睡眠薬もまったく飲んでいません。いまは不穏な症状は消え、買い物に行って自分で精算できるし、部屋の掃除、洗濯も自分でこなします。食事の献立も自分で考えている。今年のゴールデンウィークに私の息子らとドライブに行きましたが、母は“こんなに楽しいのに、ボケてられないわね”と笑っていました」

 ただ短期記憶には難点がある。弘子さんは、後見人が自分の通帳を持っていることが納得できず、「返してほしい、私と縁を切って下さい」と後見人に毎日のように電話していた時期もあったという。

「通帳の現物が手元にあるだけで母は安心するので繰り返し返却をお願いし、家裁も“後見人の判断次第”と言っているのですが、後見人は頑として返さない。母と後見人との信頼関係は皆無です。私が母のお金を横領することを警戒しているのかもしれませんが、母に通帳を返しても、カードと印鑑は後見人が持っているのでお金を下ろせません」

 私が千秋さん宅を訪問したとき、千秋さん宅から後見人の事務所への電話は着信拒否になっていた。弘子さんからの電話が迷惑なのだろう。

 私は前の後見人の石川宏一朗、現在の桶川聡の両弁護士に質問書を送り、取材した。

 石川氏は、電話で「埼玉で不穏症状が消失したというが、埼玉でのことはわからない。その他は守秘義務があるので答えられない」と話し、木で鼻を括ったような対応だった。

 一方、桶川氏は文書で回答。それによると、弘子さんの認知症の程度については、今年4月、生活費がいくら必要かと弘子さんに聞いたところ、弘子さんが答えなかったことから「判断する能力が失われていると判断」したという。

 私は、桶川氏が指摘した4月の当日のやりとりの録音(弁護士に不信感を募らせた千秋さんが録音)を聞いたが、桶川氏の主張を裏付けるやりとりは確認できなかった。

 また桶川氏は「生活費足りないなどの発言は、ただの千秋氏の意思」と主張しているが、千秋さんは「そもそも今年4月まで1円も生活費が払われていない。支給された生活費がゼロなのに“足りない”と言うはずがない」とそんなやりとり自体を否定している。

 さらに桶川氏は、健康保険証の返却遅れについて、「(千秋さんが)勝手に本人を埼玉に連れてきた案件ですので、警戒は当然」と開き直り、質問書を送った私に対しても「成年被後見人に通帳を渡せないこと自体も知らないというのは信じられません」と批判した。

 前出の「後見の杜」の宮内代表が呆れ顔で語る。宮内氏は、東大の特任助教として、後見の教育や調査研究を担当していたこともある後見の専門家だ。

「被後見人に通帳を渡してはいけないというルールはありません。実際、本人に通帳を渡している後見人もいます。本人に通帳を渡した状態で、後見人がコントロールできればよいのです」

 後見人は認知症の人にとって“もう一人の自分”ともいうべき大事な存在だ。

「ところが弁護士、司法書士の後見人の中には“認知症の人には意思も判断力もない。話しても仕方がない”と言って本人と一度も会わず、話もしない人が珍しくない。端的に言うとバカにしているか、本音を引き出す能力がない。本人と会って話もしないで、後見人が務まるはずがないのです」(宮内氏)

長谷川学(はせがわ・まなぶ)
1956年兵庫県生まれ。早稲田大学教育学部卒。「週刊現代」記者を経てフリー。著書に『成年後見制度の闇』(宮内康二との共著)、『政治家の病気と死』など。

「週刊新潮」2019年6月20日号 掲載

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