安倍晋三首相、皇位継承議論で「旧皇族の復帰プラン」提唱か

記事まとめ

  • 秋には「即位礼正殿の儀」や陛下が即位後に初めて臨まれる新嘗祭「大嘗祭」が控える
  • 有識者会議で、政府は現行の皇位継承順位を変えない方針を決めて臨むと報じられた
  • 安倍晋三首相は、秘策として「旧皇族の復帰プラン」を提唱するのではと言われている

安倍首相「70年越しに『旧宮家』を皇族復帰」という切り札

■皇位継承議論「女性天皇vs.東久邇宮」という暗闘(1/2)


 令和元年の秋、皇室は重大行事が目白押しである。間もなく「即位礼正殿の儀」、そして11月中旬には、陛下が即位後に初めて臨まれる新嘗祭「大嘗祭」が控えている。一方で“安定した皇位継承”のための議論を、安倍政権は開始する。

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 遊び呆けてほったらかしていた宿題に、大慌てで向かい始める子たち。かつては晩夏の風物詩だったが、昨今は「代行業」まで現れる始末。翻って、政権に求められた“課題”ともなれば、代行はもちろん遅延もまた、あってはなるまい。

 一昨年6月に成立した、天皇陛下(当時)のご退位に関する特例法には、

〈安定的な皇位継承を確保するための諸課題〉

女性宮家の創設〉

 などにつき、速やかに検討するよう政府に求める付帯決議が盛り込まれていた。

 全国紙のデスクが言う。

「平成の終盤から今に至るまで、各メディアの世論調査では、軒並み80%近くの人が『女性天皇に賛成』と答えています。一方、安倍総理は従来、皇室の伝統である男系男子を維持すべきだとの立場を鮮明にしてきました。さらに女性宮家の創設についても、女性・女系天皇容認への“入口”となりかねないと、警戒を露わにしてきたのです」

 が、「皇室の先細り」という懸念は、御代替わりを経て、ますます現実味を帯びてきている。そんな中、10月4日にいよいよ臨時国会が開幕し、付帯決議にある議論の進展が待たれるわけだが、

「3月に菅官房長官が『(議論開始は)そんなに時間を待たないで』と話していたものの、男系維持のまま何もせずにやり過ごしたいのが政権の本音で、ともかく腰が重かった。御代替わり直後に議論が始まるのではという見方もありましたが、結局は先延ばしとなり、秋も深まる頃に有識者会議が立ち上がる見通しです」(同)

 むろん政権は、ゼロから始めるつもりもなく、さっそく“先手”を打ってきた。7月27日の「読売新聞」朝刊では、秋以降の有識者会議において政府が、現行の皇位継承順位、すなわち秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さまというお三方の順位を変えない方針を決めて臨むと報じられたのだ。

「現在の皇室典範に定められている『皇統に属する男系男子が皇位を継承する』との部分には手をつけないということです。表向き“愛子さまか悠仁さまかという風に、お世継ぎ候補で世論が二分されてはいけないから”としていますが、事実上、80%が賛成している『愛子天皇』の可能性を封じ込めた格好。その後、各社が読売を後追いしたこともあり、政権は議論の前に、メディアを通じて地ならしに成功したわけです」(同)

 とはいえ、皇位の安定的継承は喫緊の課題。あわせてご公務の担い手も減少していくばかりだ。野党第1党の立憲民主党は、女性・女系天皇容認に向けて国会論戦の展開を明言しており、政府与党もこの問題を放置するわけにはいかない。で、その打開のための“秘策”として安倍首相が提唱するのが、旧皇族の復帰プランである。


■狙いは「オーソライズ」


 1947年、GHQの意向もあって11宮家51人が皇籍を離脱した。すなわち伏見、閑院、久邇、山階、北白川、梨本、賀陽、東伏見、朝香、竹田、東久邇の各宮家である。すでに断絶の憂き目に遭った家もあるが、2700年にわたり連綿と受け継がれてきた皇統の「Y染色体」を有する未婚男子は、複数の家庭に存在する。首相自身、かつて野党時代にはこんな論文を寄せていた。以下「文藝春秋」2012年2月号より抜粋する。

〈敗戦という非常事態で皇籍を離脱せざるを得なかった旧宮家の中から、希望する方々の皇籍復帰を検討してみてはどうだろうか〉

〈三笠宮家や高円宮家に、旧宮家から男系男子の養子を受け入れ、宮家を継承していく方法もある。現行の皇室典範では、皇族は養子をとることができないことになっているが、その条文だけを特別措置によって停止させればよい〉

 さらには、

〈敗戦後長きにわたって民間人として過ごされた方々が急に皇族となり、男系男子として皇位継承者となることに違和感を持つ方もおられよう。そうした声が強ければ、皇籍に復帰された初代に関しては皇位継承権を持たず、その次のお子さまの代から継承権が発生するという方法も考えられよう〉

 実際に、安倍首相のブレーンである八木秀次・麗澤大教授は、こう明かすのだ。

「実は、有識者会議の結論はすでに見えています。それは『女性宮家創設』『旧宮家の皇籍復帰』の2案を両論併記するというものです。今回の会議は、一つの方向性を打ち出すのではなく、政府として初めて旧宮家の復帰をオーソライズすることに重きを置くわけです。国民の理解が進んでいないことを踏まえつつ、総理は最終的にはソフトランディングさせたい。その第1段階として秋の会議を捉えているのだと思います。現に総理は、野党時代の終盤に旧宮家の方々と知り合い、今もお付き合いが続いていると聞いています」

 が、そこは疑問の声も上がるわけで、さる宮内庁関係者によれば、

「離脱された方々と現在の皇室との繋がりとなると、実に600年ほど遡らねばなりません。そもそも、臣籍降下した後は一般社会に身を置き、皆さん世俗にまみれて暮らしているわけです。その後の暮らしをみると、たとえば昭和の時点ですでに、消費者金融や風俗店経営に携わっているような末裔もいました。国民感情としては、70年の時を経ていきなり“血が繋がっているので復帰します”と言われても受け入れがたいのではないでしょうか」

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年10月3日号 掲載

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