安倍首相の旧皇族復帰プランで浮上、ベールに包まれた「東久邇宮家」に6人の男子

■皇位継承議論「女性天皇vs.東久邇宮」という暗闘(2/2)


“安定した皇位継承”を成すべく、安倍首相が提唱する旧皇族の復帰プラン。男系男子を皇族の“養子”として迎え、その次の世代から皇位継承権を発生させるという案(安倍首相が「文藝春秋」2012年2月号に寄せた論文より)だが、これには疑問の声も上がる。1947年に皇籍を離脱した人々を、70年の時を経て復帰させることに対する、国民感情である。

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 旧皇族をめぐっては、かつては“事件”も起きていた。12年前に84歳で亡くなった旧梨本宮家の梨本徳彦氏のケースである。

「徳彦氏はもともと久邇宮の血筋で、1943年に臣籍降下した伯爵家の当主でした。66年には梨本家に養子に入り、旧宮家を継ぐことになったのですが、他人を疑わずすぐに信用してしまう性格が災いし、トラブルを招くことになりました」

 とは、さる皇室ジャーナリストである。

「自身が名誉総裁に就任していた団体が、元皇族という肩書を利用して寄付集めをし、詐欺の疑いをかけられたのです。徳彦氏も警察の事情聴取を受けるはめになりました。その後、出羽三山の一つ・羽黒山の山伏だった男性が、皇室とは無関係にもかかわらず家に入り込んだ。徳彦氏は彼と養子縁組し、梨本家を継がせてしまったのです」

 結果、旧梨本宮家は断絶。が、こうした宮家ばかりでないのは言うまでもない。

「現在、旧宮家の男系の血を引く子孫には、少なくとも10人の独身男子がいるとされます。内訳は、久邇家と竹田家に1人ずつ、賀陽家に2人、そして東久邇家の系統に6人というものです」(同)

 なかでも東久邇家の存在が、にわかに脚光を浴びているという。それは何故か。


■現在の皇室と近い家


 久邇宮家から分かれ、1906年に創設された東久邇宮家の初代当主は、終戦直後の“宮さま宰相”として知られた稔彦(なるひこ)王。夫人は明治天皇の9女にあたり、その長男・盛厚(もりひろ)氏も、昭和天皇の長女・成子(しげこ)さんとの間に3人の男子をもうけた。

「長男は昭和天皇の初孫で、上皇さまの甥にあたる信彦さん。慶大を出て三井銀行に勤務し、日本タイ協会常務理事などを務めた人で、今年3月20日に74歳で亡くなりました。その10日ほど前、家族から連絡を受け、上皇さまは美智子さまとご一緒に都内の信彦さん宅をお見舞いに訪ねられています。上皇さまがご成婚された頃、信彦さんはまだ中学生でしたが、当時から親しいお付き合いを続けていて、お見舞いを大変喜んでいました」(旧宮家関係者)

 血筋のみならず、現在の皇室と極めて近しい間柄である事実が窺えるエピソードだが、命日となった3月20日、国会でも同家の話題が取り上げられていた。

「参院の財政金融委員会で、国民民主党の大塚耕平議員が“東久邇宮さまの系譜に男子が随分いらっしゃるがご存じか”“血統的には天皇家に近いのか”などと出席した宮内庁幹部に質問したのです。答弁に立った安倍総理は、あらためて“男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みを踏まえ、(法的な工夫を)慎重に検討していきたい”と述べていました」(全国紙のデスク)

 亡くなった当主の信彦氏には、大手生命保険会社に勤務する長男・征彦(まさひこ)氏(46)がおり、その家庭には男の子が2人いるという。

 また信彦氏の弟の秀彦氏(70)は、親戚筋にあたる旧伯爵の壬生(みぶ)家に養子入りし、壬生基博と改名した。慶大を卒業後、日本航空に勤務。第一ホテル副社長などを経て、現在は皇室とも縁が深く、サーヤこと黒田清子さんが勤務していたことでも知られる山階鳥類研究所の理事長の任にある。“世俗まみれ”との論難を超越するやんごとなき職位にあるわけで、この基博氏の長男と次男の家庭にも、それぞれ10歳前後の男児がいる。さらに信彦氏の下の弟である眞彦(なおひこ)氏(66)は玉川大農学部を卒業後、伊藤ハムに入社。長男は住宅建材商社に勤め、やはり高校生の男の子が。さらにもう1人、眞彦氏の孫には男児がいるという。


■決意を固める若者も…


 国士舘大学の百地章・特任教授が言う。

「旧宮家の復帰に否定的な『女性・女系天皇』容認派はこれまで、天皇の直系、または血縁が近いことを重視する傾向がありました。この点、東久邇家は男系の継承者であるのはもちろん、女系においても今上天皇と血縁関係が濃いわけですから、おそらく抵抗感も薄まるのではと思います」

 さらには、こう指摘する。

「かつて皇室には『世襲親王家』が4家あり、天皇家に男系の血筋が途絶えた際、その家から天皇を出してきました。まさしく“血のリレー”で、戦後はGHQの意向によって失われてしまったこの仕組みを、再び作るべきです。新たに復帰させる皇族を秋篠宮殿下の次の世代、悠仁親王をお支えする20代以下の男子に絞れば、国民の理解も得やすいのではないでしょうか」

 その手順として、前述の安倍首相の論文にもある“養子”を挙げるのだが、

「現代に強制結婚などあり得ませんから、内親王や女王と一緒になるという意味では決してありません。まずは宮家に養子入りし、独立する時にはその宮家を継ぐ、あるいは新たな宮号を戴くなどの方法があるでしょう。皇室典範で養子が禁じられているのは、一つは皇族が増えすぎて皇族費が枯渇する恐れがあったから。今は減少が危ぶまれているのだから、禁止は不要だと思います。実際に、旧宮家の若い男性の中には『いざとなれば……』と、決意を固めている人もいます」

 つまり安倍政権は、20代以下の男系男子のいる四つの旧宮家に思いを定め、中でも東久邇家をクローズアップさせ、意見集約していく狙いがあるというわけだ。

 とはいえ、間もなく始まる議論では、80%を占める「女性天皇」容認の“世論”と対峙する格好になる。

 皇室制度に詳しい所功・京都産業大学名誉教授は、

「皇室典範の規制を緩和するため、今や与野党の大多数が合意できる改革案を探る段階にあると思います。政府の考え方は『男系男子』を前提としているようですが、それよりは『男系男子を優先して男系女子も一代限りで容認する』という案が現実的だと思います」

 とした上で、旧宮家の復帰については、

「古来皇室を離れた子孫の皇族復帰は、旧皇室典範の増補でも禁止されていました。したがって、本質的には好ましくありませんが、皇族減少の危機を克服するため、旧宮家の復帰も必要ならば、一般国民たる当家と当人の意向や資質などを具体的に確かめてほしいと思います」

 急浮上した当の東久邇家。前出の眞彦氏に聞くと、困惑気味に、

「特にお話しすることはございません」

 と言うのみ。また壬生氏の長男も、10代の息子を持ちながら、

「取材は結構です」

 と、足早に立ち去っていった。代わって、3月に旅立った当主・信彦氏の長年の友人が明かすには、

「皇族復帰について彼は『自分たちには関係ないことだからノータッチだ』と話していました。“戻りたい”と希望するのも言語道断だと考えていて、そもそも復帰すること自体が違うのではないか、今の皇室の流れの中で継承していくのが一番ではないか……そんな思いを抱いていました」

 が、自ら売り込みはできずとも、制度さえ整えばその“覚悟”を示すであろう男子がいることは、先の百地教授の言の通り。はたして、その名門宮家が“政権秋の陣”の切り札となるだろうか。

「週刊新潮」2019年10月3日号 掲載

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