関西電力幹部が森山栄治高浜町元助役からの金品を拒めなかった本当の理由

関西電力幹部が森山栄治高浜町元助役からの金品を拒めなかった本当の理由

高浜町役場の森山栄治元助役(高浜町役場提供)

■「関電」が震え上がった「高浜原発のドン」呪縛の核心(1/2)


 日本の原子力発電所の約4分の1が集まり、“原発銀座”と呼ばれる福井県の若狭湾沿岸部。その最西端にある人口1万人あまりの小さな町では、町役場OBたちがこんな話をしている。

「森山さんは常にパリッとした背広を着ていて、仕事に厳しかった。でも、ほかの市の市長さんや霞が関の人が帰るときは、お辞儀をして車が見えなくなるまできちんと見送っていたね」

 細身で身長は160センチくらいとさほど高くはなかったけれど、眼光は鋭かった。そう振り返る声もありつつ、

「あれは昭和50年代だったかな。助役は将棋が好きで、昼休みに食堂で職員と一緒に食事したあと、宿直室で将棋をしてたわ。役場での立場なんて関係なく、冗談を言い合いながら指してた。助役の腕前は相当なもので、みんな勝てなかったなあ」

 小さな町、とは高浜原発が立地する高浜町。森山さんというのは今年3月に90歳で死去した元助役の森山栄治氏のことだ。いま、この元助役が主役となった問題が世の注目を集めている。

 関西電力の会長や社長を含む幹部20人が、2011年から18年までの7年間に、総額3億2千万円相当もの金品を森山氏から受け取っていた。それを幹部たちは、いわれのない金品と、受け取りを拒むこともせず、思考停止状態となって保管していた。これが批難を浴びているのである。9月末の問題発覚後に関電が開いた会見で、岩根茂樹社長は、

「地元の有力者で、助言や協力をいただいた。関係が悪化すると(原発)事業に悪影響が出るかと思い、(金品を)返せなかった」

 こう話し、新聞は、

〈原発マネー、不透明な渦 工事発注先→元助役→関電会長らへ3・2億円〉(9月28日付朝日新聞)

〈関電3・2億円受領 不信呼ぶ還流の闇〉(9月28日付毎日新聞)

 といった検証記事をデカデカと載せた。


■問題発覚の経緯


 元助役は、原発関連工事の受注手数料として業者に出させた約3億円を、関電関係者への金品に充てていた。結果的に、原発工事をめぐる金が元助役を介して地元業者から発注元の関電に“還流”した形ではないか。そう指摘している。なぜ元助役があいだに入ったかという点は、

〈元助役は“裏の町長”建設会社「仲介なく受注難しい」と認識〉(9月28日付NHKニュース)

〈元助役、福井・高浜町の「天皇」原発誘致に役割〉(9月28日付毎日新聞)

 と書き連ねている。それらがいわんとするのは、昔から高浜原発に深く関与してきた森山氏なしには原発事業も行政も立ち行かなくなる。だから森山氏は増長したのだ、ということ。9月29日付の朝日新聞は、

〈「常識を超えるような金品だった」と話し、「受け取りを断ると、激高された」〉

 と、金品を受け取っていた関電の八木誠会長の談話を大きく扱っている。

 問題発覚までの経緯を社会部記者に解説してもらうと、

「森山さんに資金提供していた土木関連会社『吉田開発』に、昨年、金沢国税局が税務調査に入ったのが端緒です。この調査から森山さんへの資金の流れを把握した国税は、森山さんを調べた。彼がつけていた手帳を押収したところ、関電への金の流れを記したメモが見つかったのです」

 自らのメモをもとに国税から追及された元助役は、バンザイするしかなかった。

「関電幹部への金品提供を認めてしばらくして、森山さんは体調を崩してしまった。今年3月に亡くなるまでのあいだに病床を見舞った関電幹部もいたといいますから、最期まで関電への影響力があったのはまちがいないでしょう」

 言ってみれば、関電はいまわの際まで寄り添ったわけだ。しかしそれは、原発マネーの還流において、“共犯関係の呪縛”があったからと見ることもできよう。

 この問題に関する報道では、森山氏は地元の有力者と紹介されるだけ。原発に詳しくて地元に顔が利く、という範疇から出ない。関電幹部ともあろう有力財界人が金品を返せなかったのは、決して機嫌を損ねたり激高されるのが嫌だったからではあるまい。

 メディアがそこに触れないから、なぜ小柄な老人が関係者をこれほど畏怖させるだけの強大な影響力を有していたかが、まったく分からないのである。

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年10月10日号 掲載

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