「AI名人」撃破し46歳で初獲得の木村一基新王位が語る「タイトルの重み」

「AI名人」撃破し46歳で初獲得の木村一基新王位が語る「タイトルの重み」

木村一基新王位

 片や29歳、指し盛りの現「名人」。こなた46歳の「タイトルに振られてきた男」。その勝負に勝ったのだから、木村一基王位のタイトル奪取に「将棋の神様が微笑んだ」との声が上がったのも当然である。新王位が語る「タイトルの重み」とは。

 タイトル獲得を決めた9月26日の王位戦・第7局。副立会人を務めた飯島栄治七段は言う。

「勝ちが見えた時、木村先生はしきりにタオルで両目を覆っていた。私には涙を堪えているように見えました」

 程なく、対戦者の豊島将之名人が投了。その後の記者からの質問に今度は辺りを憚らず涙を拭った。将棋の対局では稀な光景だが、無理もないことと言えよう。

 木村新王位は過去に年間勝率1位を2度、年間最多勝も1度記録している実力者。が、タイトル戦となると縁がなく、これまで6回挑戦し、すべて撥ね除けられてきた。46歳での初獲得はもちろん歴代最年長記録だ。

 棋力は誰もが認めるのに、なぜかくもタイトルにだけは手が届かなかったのか。

 姉弟子に当たる中井広恵元女流名人は言う。

「ひとつには、木村九段の少し上に当たる羽生先生の世代がタイトル戦に強すぎたというのがあるかもしれません。彼の挑戦のほとんどはこの世代に跳ね返されてきましたよね」

 実際、6回の挑戦のうち実に4回は羽生善治永世七冠が相手であった。

「2日制のタイトル戦だと、1日目が終わった後、その夜中に展開を読み過ぎてしまうため、ほとんど一睡も出来ないこともあったそうです」(同)

 研究パートナーでもある、前出の飯島七段も言う。

「木村先生は細やかな方で、盤上の光や対局室のエアコンの調子など、ちょっとしたことを気にされる。ハンカチを忘れるとそわそわされることもありました。ただ今回の相手は羽生先生ではなく年の離れた豊島さん。良い具合に気負いが抜けたのかもしれません。打ち上げの席でも“今回は眠れた”“普段通りにやれた”とおっしゃってました」

 ともあれ、これで堂々、タイトル経験者の仲間入り。名誉ある地位に加え、一般に棋界では、獲得賞金、対局数や招待されるイベントの増加などにより、タイトルひとつで生涯年収が1億円アップすると言われる。

 それに加え、対する豊島名人は普段、将棋ソフト相手にしか研究を行わないことで知られる。竜王位も窺うその第一人者に「ソフトはそれほど使わない」と言う木村王位が勝利したこと自体、大きな“重み”をもつタイトルとなったワケだ。


■ストレートで負けないように


「正直、タイトルを取った実感はまだないんです」

 と語るのは、木村王位ご本人。

「忙しくて、まだ家族にも報告できていないくらいで。ただ、お世話になった方からのお祝いメールや、取材の申し込みの多さを通じて、徐々に実感し始めているというところでしょうか」

 3年前、6回目の挑戦に敗れた時には“ここから這い上がるのはムリかな”と思った、と明かす。

「だからこの年で挑戦できたこと自体、驚きでしたし、今もっとも勢いのある豊島さんが相手。ストレートで負けないように頑張ろう、という心持ちでした。なぜ勝てたのか、ですか? よく聞かれるんですが、自分でもわからないんです。確かに不思議とよく眠れたのは事実ですが……。それがわかったらもっと早く取れていましたよ」

 と笑うのだ。ただ、と続けて、

「ここ2、3年は今までで一番、将棋のことを考えてきました。やはり年を重ねるに連れ、読みの力は衰える。今まで5回は考えられた場面でも、2〜3回でエイヤッと打ってしまうようになった。その結果、手痛いミスをして負けることが増えてきました。だから、その分、私は研究の量を増やすことにしたんです。質はともかく、量は格段に増やしました。盤面に向かっていなくても、起きている時は将棋のことだけ考えている、というくらい……。なぜ、と聞かれても、それくらいしか思い当たることがないんですよね」

 もし“将棋の神様”がいたとしたら、才能はおおいに可愛がりつつ、最後には努力も認めてくださる。そんな神様じゃないですかね。

 淡々とした口調でそう語る新王位。大番狂わせは偶然でなく、必然だった。

「週刊新潮」2019年10月10日号 掲載

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