天皇皇后両陛下、お召し列車でお手振りなしに「上皇に比べてドライ過ぎる」との声も

天皇皇后両陛下、お召し列車でお手振りなくネットで騒動 上皇ご夫妻と比べる人も

記事まとめ

  • 天皇皇后両陛下のお召し列車でのご移動で、人々がカメラを構え列車の通過を待っていた
  • 一部カーテンが下げられ、思っていた写真が撮れなかった不満などが相次いで投稿された
  • 「上皇がしてきた対応と比べると、明らかにドライ過ぎて残念極まりない」などの声も

天皇皇后両陛下、お召し列車でお手振りなしに「上皇に比べてドライ過ぎる」との声も

天皇皇后両陛下、お召し列車でお手振りなしに「上皇に比べてドライ過ぎる」との声も

平成のお召し列車で、くまなく手を振られる上皇ご夫妻

 令和最大の行事である「即位礼正殿の儀」を今月22日に控える天皇皇后両陛下は、揃って日々のご公務に臨まれている。先日は御代替わり後、初めて特別仕様のお召し列車が走ったのだが、ここに思わぬ“異議”が。それも、上皇ご夫妻の「平成流」と比べられてしまい……。

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〈両陛下がなさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、あるいは共に悲しみながら、象徴としての務めを果たしてまいりたい〉

 今年2月、天皇陛下が皇太子として最後のお誕生日を迎えるにあたり、会見で述べられたお言葉である。

 令和へと御代替わりして5カ月。皇太子妃時代から長期療養が続く雅子皇后も、5月以降はお元気でご公務に臨まれている。さる皇室ジャーナリストが言う。

「上皇ご夫妻がこれまで積み重ねてこられた二人三脚でのご公務、すなわち『平成流』は、広く国民の共感を得て定着しました。陛下はそのスタイルを、ご体調が快復されつつあるかに窺える雅子さまとともに継承し、実践なさっているのだと拝察いたします」

 これまで、トランプ米大統領やマクロン仏大統領の接遇、あるいは上皇ご夫妻から引き継いだ三つの行事「植樹祭」「全国豊かな海づくり大会」「国体」に、皇太子時代から出席されてきた「国民文化祭」を合わせた「四大行幸啓」など、両陛下はいずれも、揃ってお姿を現してこられた。

「御代替わり後、初めての四大行幸啓は6月、愛知県での植樹祭でした。両陛下が名古屋駅から車列で移動される際、沿道には市民がびっしりと詰めかけ、陛下とともに雅子さまのお姿にも歓声が上がりました。これで雅子さまは、ご自身が確かに国民に受け入れられているとの実感を強く持たれたといいます」(同)

 その後も、ご公務への出席が続く雅子皇后。冒頭の陛下のお言葉に違わず「象徴としての務め」はしっかりバトンタッチされているかに映るのだが、実はつい先日、以下のような“騒動”が沸き起こっていた。

「9月28日から1泊2日の行程で、両陛下は国体開会式ご出席などのため、茨城県へ行幸啓なさいました。現地までは、令和初となる特別車両を連結した『お召し列車』でのご移動で、ご出発の東京駅は、お見送りの市民でごった返していました」(同)

 日章旗と菊の御紋が掲げられた列車は一路、目的地である常磐線勝田駅へ。ご乗車時間はおよそ90分であった。途中、鉄路から至近距離である沿線の各所では両陛下のお姿を一目見よう、あるいは写真を撮ろうと、多くの市民や鉄道ファンがカメラを構え、列車の通過を待っていた。ところが、

「両陛下の乗られている車両は一部カーテンも下げられ、お姿が窺えない形になっていたのです。これは先々でも同じで、沿線の市民は当てが外れた格好となってしまいました」(同)

 まもなく、こうした人々がSNSに書き込みをしたことから、ネット上では騒ぎに発展したというのだ。

「鉄道ファンを中心に、思っていた写真が撮れなかったことへの不満などが、相次いで投稿されました。その文言は『人生に一度と思ってお召列車を撮影に。(中略)カーテン閉まっていて残念』『今の上皇がしてきた対応と比べると、明らかにドライ過ぎて残念極まりないですよね……』などといった内容だったのです」(同)

 その中には、〈誠意が感じられない〉と、批判めいたものまであった。

 平成の時代、上皇ご夫妻はお召し列車内で、ほぼ全行程にわたってお手振りをなさっていたこともあり、それを“標準”と思い込んだ人たちもいただろう。この日、お目当てだった両陛下の撮影に失敗した嘆きの声は増えていき、またそうした書き込みには、

〈陛下が手振ってないだけで文句言ってる鉄(注・鉄道ファン)にはまったく賛同できない〉

〈お手振りが当然みたいな風潮ってある意味凄いな〉

 との“反論”も寄せられ、拡大化していったのだった。


■“お手振りなし”の真相


 もっとも、

「実は、当日の行程は……」

 そう明かすのは、同行した宮内庁担当記者である。

「東京駅を10時過ぎに出発し、勝田駅到着までのおよそ90分の間、両陛下は車内でご昼食をとられる予定になっていました。といっても、我々が出張で駅弁をかき込むのとはわけが違う。周りの職員との打ち合わせも兼ね、時間をかけて召し上がるため、その間は、もちろん立ち上がってお手振りなどはできません」

 続けて、

「その日の夜、現地でなされた侍従職の説明では、両陛下はお食事を召し上がった後、沿道の人々に応えるべく、車内でお立ちになったり座ったりされていたとのことでした。別の車両にいた我々にも、水戸駅の付近から沿道の人々が一段と増えたのが見てとれました」

 実際に、各地点で待っていた多くの市民や鉄道マニアらが両陛下を視認できなかった一方、水戸から到着地の勝田までの区間で、両陛下がお立ちになって窓の外に手を振られるシーンを撮影した写真が、これもネットに投稿されていたのだ。

 鉄道マニアの事情に詳しい関係者が言う。

「今回、撮影が叶わなかった連中は口々に『せっかく令和初の特別車両なのに』『ずっと手を振られていた上皇さまの時代では考えられない』などと、好き勝手に愚痴っていました。回数こそ少ないものの、結果として一度もお手振りされなかったかのような指摘は“誤報”だった。にもかかわらず、こうした確認もなされないまま“論争”が繰り広げられていったのです」


■比べるのは早すぎる


 両陛下にとって“令和の試練”ともいえるのが、事あるごとに上皇ご夫妻と比較されてしまうという状況であろう。何しろ、宮内庁関係者によれば、

「平成の時代、新幹線での行幸啓では上皇さまも駅弁を召し上がったことがありました。そもそも速度が速く、お手振りが無理だったこともありますが、在来線の車中で食事を召し上がったのは記憶にありません」

 とのことで、

「上皇ご夫妻は、つねに国民とともにありたいという強いご意思のもと、お手振りを自らの使命と捉え、車内でお立ちになったまま続けてこられました。その場で側近たちが『お体に障りますので』などと、うかつに進言できない雰囲気があったのです」(同)

 その上で、こう指摘するのだ。

「異例ともいえる車内でのご昼食は、皇后陛下のご体調に配慮したシフトといえます。かつて上皇ご夫妻は三大行幸啓などの際、基本的には2泊3日のご日程で臨まれていました。一方で御代替わり以降、両陛下の宿泊を伴うご公務は、すべて1泊2日です。22日に『即位礼正殿の儀』を控える御身にご無理は禁物で、極力、皇后陛下にご負担のかからないスケジュールを組んでいるのです。ただしその分、1日ごとの行程はタイトになる。到着後の昼食の時間も削らざるを得ず、今回はやむなくこのような形になったといえます」

 即位の礼を終えると、11月14日から翌日にかけて大嘗祭が執り行われ、雅子皇后の参列も検討されている。その前、9日には皇居外苑などで「御即位をお祝いする国民祭典」が催され、嵐の歌などが披露される。

「2009年11月の即位20年の祭典では、上皇ご夫妻は二重橋に立たれ、提灯を手にEXILEの踊りを観覧なさいました。何しろ寒い季節でもあり、宮内庁は雅子さまのご体調を見極めつつ、お出ましを慎重に検討しています。そうした中、今回の思いもよらぬお手振りへの“異議申し立て”がお耳に入り、今後のご体調に障らなければいいのですが……」(前出記者)

 皇室ジャーナリストの神田秀一氏は、

「そもそもお召し列車は“見世物”ではありません」

 そう前置きしながら、

「両陛下はご即位からまだ半年も経っておらず、高御座(たかみくら)にも御帳台(みちょうだい)にも上がられていません。その両陛下を、30年にわたりご公務をつとめ上げられた上皇ご夫妻と比べるのは筋違いだと思います。皇嗣家が抱える問題も、両陛下にとってはご心労の種に違いありません。いまは温かく見守り、上皇ご夫妻と比べるのであれば両陛下が『令和流』を築いてからにすべきでしょう」

 冒頭の2月の会見で、陛下はこうも述べられていた。

〈その時代時代で新しい風が吹くように、皇室の在り方もその時代時代によって変わってくるものと思います。(中略)それぞれの時代に応じて求められる皇室の在り方を追い求めていきたいと思います〉

 令和の「風」は、いかがなるであろうか。

「週刊新潮」2019年10月10日号 掲載

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