金品だけじゃない元助役“原発マネー接待” パトカーに寒ブリ、就職あっせんも

■「高浜原発のドン」黒革の手帖に「原発マネー」リスト(2/2)


「高浜原発のドン」として辣腕をふるっていた森山栄治氏。氏がバラまいていた原発マネーは、関西電力幹部へ贈られた3億2千万円の金品のほか「政界にはおもに献金、官界へは贈答品」(社会部記者)の形で分配された。

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 いまから半世紀ほど前。高浜町役場にある一室で、鋭い怒声が響いていた。

「なんでいまドン!って置いたんだ。俺が部落の人間だからか! 差別だ!」

 男の横で立ち尽くす女性職員。机には彼女が運んできたお茶が置かれている。声の主は、若き日の森山氏だ。部落解放同盟福井県連合会高浜支部の中心人物として、高浜町役場に赴いたときの一幕である。

 このとき彼は、京都の綾部市役所に職員として勤務するかたわら、解放同盟の運動にも熱心であった。怒声と、のちに、高浜町役場に奉職することになる奇縁との因果関係は不明だが、

「こうした威圧的な振る舞いやその背景こそが、森山さんの、ひいては、関電の問題の本質です」

 と、高浜町の関係者。

「彼は69年に高浜町役場に入りました。高浜原発1号機の建設が決まってまもない時期で、賛成派と反対派の衝突を抑える力があったために、当時の町長に請われて京都の綾部市役所から移ってきたのです。トントン拍子に出世し、77年に助役となりました」

 この助役時代の手帖を開くと、そこには法の執行者である警察関係者や福井県職員の名前が数多く綴られているという。高浜町を所管する小浜署の元幹部が、当時を振り返る。

「森山さんは、小浜署を離れる係長、課長以上の幹部が異動するときは5千円か1万円の餞別を出していましたね。関電幹部にはスーツでしたが、どんなに高くとも、ワイシャツの仕立券のレベルです。当時は官官接待も許されていたころだから一概に悪いとは言い切れませんけど」

 驚くような出来事を一つ、よく憶えているという。

「森山さんが“これ、本部長に渡してくれ”と言って、警察車両に寒ブリをボンと載せたんです。あのころはネットなんかないから、派出所は何日かに1回、報告書を県警本部に届けていました。お歳暮の時期だったから、寒ブリには違和感はなかったけど……」

 その連絡のタイミングを、助役がなぜ知っているのか。そんな細かなことまで手帖に書きとめていたのか――。


■“就職はどうですか”


 別の小浜署元幹部は、こんなやりとりをしたという。

「署に着任したとき、森山さんが就任祝いに来られました。初対面だったのに、どこで聞いたのか、大学を卒業したばかりの私の息子について“就職はどうですか”と言ってきた。関西電力とは言いませんでしたが、“息子さんを電力会社に紹介できる”。要するに、自分にはコネがあるから就職が斡旋できる、と。息子は就職が決まっていたので、はっきりと断りましたが」

 県庁の出先機関である嶺南振興局の幹部だった男性が後を受けて話す。

「森山さんは、警察だけでなく県の関係先や税務署にもしょっちゅう顔を出していました。とにかく腰が軽く馬力がある人との印象です。年1回、県の施設で人権大会と呼ばれる大会が開かれるときは、健康福祉部や県民生活部(当時)などの部長が勢揃いして森山さんの前にズラーッと並ぶんです。そんなとき、“森山さんの目の前で煙草を吸うな”とか、“複数でいるときに出すお茶に茶托をつけるのは森山先生だけ”とか、“森山ルール”を確認し合ったりしたものです」

 問題になっている県職員への贈答品も、少額ながら、原発マネーには違いない。

「我々は関電幹部と違い、高価なモノを返せないのを知っているので、いただくのは5千円から1万円ほどの昆布や素麺が多かった。常識的なお歳暮やお中元の範囲内ですが、先にこちらが貰った場合、きちんと返すかどうかをチェックしてる。これが怖かった」

 人をつぶさに観察してきめ細かな付け届けをし、それを書きとめた材料で相手に“一蓮托生”との畏怖の念を与え、恫喝も繰り返す。

『黒革の手帖』は魑魅魍魎の世界を生き抜く銀座のクラブママの野望を描いたが、“原発銀座”を舞台にする「高浜原発のドン」の手帖にはあらゆる関係者を地獄に道連れにする、底知れない不気味さがある。

「週刊新潮」2019年10月17日号 掲載

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