「即位の礼」列席者に見る日本の国際社会における位置と皇室が築き上げてきた成果

 10月22日の即位の礼には190以上の国の元首や首脳、国際機関の代表者が出席する。その顔触れを見ると、日本の国際社会における位置と、戦後、皇室が築き上げてきた成果というべきものが投影されているように思われる。

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■「即位の礼」に集結する「各国首脳」顔触れの読み方


 米国は予定されていたペンス副大統領に代わってチャオ運輸長官が列席する。トランプ米大統領をめぐり米内政が緊張するなかで、国を留守にできないということだろう。中国は王岐山国家副主席が出席する。習近平国家主席の信任厚い同副主席を派遣するのは、昨今の日中関係の改善が背景にあるのは当然だが、同時に皇室に対する中国の前向きの評価があると思われる。中国が天安門事件で国際社会から孤立していた1992年、明仁天皇・美智子皇后(当時。以下同)が訪中して、日中関係に前向きの役割をはたしたこと。また慰霊の旅に象徴される皇室の平和志向。こうしたものを総合的に判断しての派遣だろう。

 韓国は前回の即位の礼(90年11月)は姜英勲首相を参列させているが、今回は日韓関係の悪化で誰を送るか注目の的だった。結局のところ李洛淵首相と、前回と同格の無難なところに落ち着いた。

 皇室が韓国に親近感を抱いていることは、韓国の識者の間では知られている。明仁天皇は2001年の誕生日の記者会見で「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と述べ、韓国でも大きく取り上げられた。文在寅大統領も日本の人々の皇室に対する敬意の念を無視するような“格落ち”の使節を派遣した場合のマイナス面を考慮したのかも知れない。李明博大統領(08年〜13年)が政権末期に天皇の謝罪を要求して、日本世論の猛反発を受けたことも記憶にあっただろう。

 欧州の王室からの列席者の顔触れを見て感じるのは、前回の即位の礼の時には皇太子として列席した同じ王族が、今回は国王として出席していることだ。オランダのウィレム・アレキサンダー国王、スペインのフェリペ国王、モナコのアルベール2世公などがそうだ。世代交代が進んだと言えばそれまでだが、前回は皇太子の列席にとどめていたのを、今回は国王(元首)に格上げしたと見ることもできる。

 その好例がオランダだ。同国のベアトリックス女王は明仁天皇、美智子皇后と親しい交流をもっていたが、明仁天皇の即位の礼に自らは列席せず、息子のウィレム・アレキサンダー皇太子を差し向けた。これには反日世論への配慮があった。第2次大戦で日本軍は蘭領インドネシアを占領し、多数のオランダ人の民間人や兵士を強制収容所に入れた。栄養失調や暴行などで多くのオランダ人が亡くなり、これはインドネシアからの引き揚げ者やその遺族たちに日本への恨みとして残った。

 しかしこの30年、両国政府はさまざまな施策を通して、オランダの引き揚げ者やその遺族の心の棘を抜くことに努めてきた。拙著『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』でも触れたが、00年には明仁天皇、美智子皇后が国賓としてオランダを訪問し、戦没者記念慰霊塔の前で深々と頭を垂れ、長い黙とうを捧げた。当時、駐蘭大使だった池田維氏は「あの訪問によって日蘭の過去に一線が引かれ、関係は新しい段階へ進みました」と語っている。

 ベアトリックス女王は13年4月に退位し、ウィレム・アレキサンダー皇太子が国王に就くと、同国王は14年10月に日本を国賓として訪問し、明仁天皇、美智子皇后から手厚いもてなしを受けた。国王に即位して約1年半という早い時期での日本訪問に、オランダ王室がいかに皇室との交流を大事にしているかが窺える。その点で今回のウィレム・アレキサンダー国王の参列は当然と言えば当然だが、同時にこの30年の日蘭関係の大きな進展を物語っている。

 英国は前回と同様チャールズ皇太子が列席する。ただ前回はエリザベス女王の夫君フィリップ殿下も出席した。同殿下は17年秋に公務からの引退を表明しており、今回はチャールズ皇太子単独での列席となる。

 ちなみにエリザベス女王がこうしたイベントに出席することはなく、毎回、自分の名代を差し向けるという体裁をとる。「英王室には『自分たちは格式と伝統で他の欧州の王室とは違う』という自負があり、軽々しく女王は動かず、代わりに名代を送るという姿勢になって表れている」とある駐英大使OBは指摘する。このOBは「日本も英国を手本にしているところがあって、王室の即位式や葬儀には皇太子を差し向けますが、今上天皇、皇后はもっと機動的に動いてほしい」と語る。

■サウジアラビアからは実力者のムハンマド皇太子が直々に参列


 サウジアラビアからは事実上、国を仕切っている実力者のムハンマド皇太子が参列する。前回は国王の弟のナッワーフ殿下が来日しているが、同殿下はサウジ王族の一人にすぎなかった。実力者のムハンマド皇太子が直々に参列するのは、同皇太子の日本重視と、今上天皇が徳仁皇太子のときから同国王室と築いてきた親密な関係が影響しているとみてよいだろう。

 徳仁皇太子は雅子妃と結婚(93年6月)後、最初に訪問したのが94年11月と95年1月の2回に分けた、サウジをはじめとするアラブ7カ国だった。その後、アラブ王室の王族がなくなると葬儀に参列するのは徳仁皇太子となり、サウジには計4回弔問で訪れている。

 こうした皇室とサウジ王室の関係に加え、ムハンマド皇太子が個人的に皇室にいい印象を持っていることも参列の理由に挙げてもいいだろう。まだ副皇太子だった2016年8、9月、皇太子は公式実務訪問賓客として日本を訪れ、皇居・御所で明仁天皇に謁見した。この時、2人が向かい合って話している写真が大きな話題となった。

 何の装飾もない、障子から陽が柔らかく差し込む部屋で、通訳1人を介して2人が向き合って話している写真だ。装飾といえるものは花瓶の花だけで、凛とした空気があたりを覆っている。この写真がコメントとともにSNSを通じて世界に拡散した。

「この写真を見ると嬉しく感じる。副皇太子がシルクやジュエリーなどの派手な装飾に頼らずとも、とても穏やかな気持ちで対談されていることが分かるからだ」

「金も装飾もなく、衝撃的な一枚だ。この謙虚さが美しいのだろう」

「最低限のものしか置かれていないにもかかわらず、部屋から美しさや気品があふれている」

 当時、副皇太子に同行した駐サウジの奥田紀宏大使は帰任して、サウジ国内で謁見の写真と感想がフェイスブックやツイッターで出回っているのに気づいた。これはムハンマド副皇太子の耳にも当然入っただろうし、自身のイメージにとっても大いなるプラスと感じたはずだ。

 参列する顔触れでもう一つ私の目を引くのはタイだ。今回はプラユット首相が参列すると発表されている。前回の即位の礼の時は、ワチラロンコン皇太子(現国王)がプミポン国王(当時)の名代で出席している。故プミポン国王は上皇、上皇后が皇太子、皇太子妃時代から親密な交流を続け、皇族と王族もさまざまなレベルで行き来し、皇室とタイ王室の太い関係を作ってきた。

 しかしワチラロンコン国王になって皇室と王室の交流は滞り気味になっている。プミポン国王の逝去(16年10月)以降、宮内庁の外国賓客一覧にタイ王族の名前が見当たらないこともそれを物語る。国王が外国の王室・皇室との交流にあまり熱意をもっていないのかも知れない。プラユット首相も格としてはおかしくない。ただ70年間のプミポン国王治世下での信頼と友情に満ちた皇室とタイ王室の太い交流を知るだけに、ある寂しさを感じざるを得ないのだ。

西川恵

2019年10月18日 掲載

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