千葉台風連続被災で「憧れのプチ田舎暮らし」の夢が壊滅…移住者の明暗を分ける「物件選びの新基準」

千葉台風連続被災で「憧れのプチ田舎暮らし」の夢が壊滅…移住者の明暗を分ける「物件選びの新基準」

台風15号の爪痕生々しい倒木の様子(写真:筆者提供)

 東京から最も気軽に移り住める「プチ田舎暮らし」の候補地として、人気の高い千葉県中部。小さな中古戸建を譲り受けて都心から移住をして10年あまりの今秋、台風15号と19号の被災を受けることとなってしまった。そして、本記事の草稿を書き上がった直後にも、21号の被災が……。今後、これまでにない気象災害が増えると言われているなか、今回の出来事と田舎暮らしの候補地・物件選定を絡めて、移住者としての考えをまとめてみようと思う。

 ***


■大規模災害時には人口密集地が優先される


 まず僕の居住エリアは房総中央の台地にあり、地域を南北に蛇行する2級河川沿いに水田が広がり、それを小高い雑木林や杉林が囲む、「谷戸」と呼ばれる地形を特徴としている。エリアのほとんどは森林。住民は農家が中心だが高齢化と過疎が進み、面積ばかり広い町内の世帯数は80を割り込んでいる、典型的な農家集落だ。

 15号被災の当日は、停電で明けた。家屋が揺れっぱなしという未経験の強風の中、午前5時ごろには2階の出窓が割れ、ただ事ではないとは感じていたが、明けてみれば被害は想像以上だった。

 家の前を走る道路の信号は停止し、大渋滞が始まっている。未明から起きている近隣住民によれば、町内を走る市道のあちこちが杉の倒木によって自動車どころか歩いても進めない状況となっており、県道も倒木で1車線が塞がれる個所が複数。大渋滞はそのためだった。停電は町内全体どころか広い市内全域にわたるらしい。ただひとつあるコンビニエンスストアも開けられない状況で、顔見知りの店長が駐車場で途方に暮れていた。

 自宅の被災状況を確認する間もなく、携帯電話に消防団の参集連絡が入った。地域の若手は消防団に入団するケースが多く、僕のような移住者や先住者女性の実家への婿入りで入って来た男性も、地域との交流の目的もあって多くが消防団に参加している。強い台風が来襲した後などはこうして参集がかかるが、今回も動ける者は消防車などの資機材がある機庫に集まれと言う。

 が、付近はそもそも徒歩かスクーターか自転車でなければ機庫までたどり着くことができないありさま。僕の家からも最寄りのルートは完全に倒木でふさがっており、大きく迂回して機庫を目指した。結局、なんとかたどり着くことのできたのは数名。まずは県道まで出るための市道をふさぐ倒木を伐採、道を切り開きつつ県道にたどり着くと、やはり各所で渋滞を発生させている倒木をチェーンソーで切断して車線の確保作業に入ることにした。

 都市居住者には想像しづらいかもしれないが、農家が多いこのエリアでは、住民のほとんどが自宅にエンジン式のチェーンソーや混合ガソリンを所有している。消防団に支給されているチェーンソーは1台のみだが、地域の住民が自前のチェーンソーを持ち寄ってくれて、一抱え以上ある太い杉を20本は伐採しただろうか。休む間もない。

 太い幹は両側を2人で持てる70センチぐらいの丸太に刻んでから路肩に投げるのだが、若手(といっても30〜40代)の消防団員よりも年季の入った高齢者のチェーンソーさばきが圧倒的に巧みで、余分な力をかけずに太い幹をすいすい切断していくことに、思わず感動した。

「東日本大震災クラスの大規模災害の時には人口密集地が優先され、このエリアに消防車や緊急車両は一台も来れないと考えてほしい」

 消防団に参加した初めの頃、年始に地域の団長訓示でそんなことを堂々と言われ、本当かよと思っていたが、まったくの本当だった。

 災害時には「自助・共助・公助」が求められるが、この地域に公助が来ることは期待せず、消防団員が地域の自助・共助の担い手となってほしいと言う。

 実際こんな被災を受けてみると、自分たちの通る道路は、自分たちで確保したほうが早いのだと理解できた。各エリアがそうせねば、そもそも公助がたどり着かないし、待っていたら、いつになるか分からないのだ。

 結局夕方に至るまで倒木処理に明け暮れたが、市の土木事務所の作業員も東京電力の作業車も来れない。車で10分ほど先(といっても距離は10kmほど先)に広がる住宅街の方を優先しているのだろう。自らの手で確保した県道に救急車が走るのを見て、達成感を感じながら自宅に戻った。


■約1週間停電、携帯電波も届かない


 夕日の中で改めて確認すると、我が家もそれなりの被災であった。窓ガラスが1枚割れているのは分かっていたが、屋根の棟に張られた板金が何カ所か飛び、衛星放送のアンテナや雨どいも一部破損している。ベランダのテラスは何かが当たったのか大きく変形し、ポリカの波板も何枚か飛んでいた。

 最も心配なのは敷地内に杉の倒木がかかっていて、東京電力の引き込み線を押し切ってしまっていること。これは復旧が遅れるかもしれない。

 一日中チェーンソーを振り回して汗と泥まみれだが、この地域ではほとんどの世帯がそうであるように我が家も上水道ではなく井戸ポンプを使用しているため、電気が来なければ風呂も浴びれず、トイレとて流せない。

 だが、神奈川に住む先輩が井戸ポンプを動かす容量の発電機を貸してくれると申し出てくれたので、自分たちの手で確保した県道を通って高速道路に出て、発電機を引き上げにいくことに。確保した発電機は非インバーター式の2300w。帰宅と同時に井戸ポンプが起動することを確認すると、すぐに同じ商品をAmazonで注文した。即日配達だという。

 非インバーター式の発電機は電圧が不安定なために精密機器に使えないし、燃料の温存もあるから、発電機はポンプを動かすときだけの使用とし、室内の電気や携帯の充電や扇風機などは自動車のバッテリーから正弦波電力の取れる「AC/DCインバーター」から延長ケーブルを室内に引き込んで確保。千wまで使えるこの「AC/DCインバーター」は東日本大震災の後の計画停電時に確保していたものだったが、優れものだ。プロパンガスなので、ガスコンロは使えるが、ただでさえ蒸し暑い夜に室内調理は暖房そのものなので、キャンプ用のバーナーを使って庭で夕食を作った。

 スマートフォンや、スマホのテザリングを使ってパソコンが使えたのはこの夜まで。携帯の基地局は停電時に非常用バッテリーで駆動するが、その容量が24時間程度ということで、翌日から電気に加えて通信も途絶することとなった。

 結局停電も携帯電波も1週間近く回復しなかったが、被災3日目には開通した道路を使ってAmazonで頼んだ発電機も拡充(不要不急だったと後悔はしているが)。その間何よりも面倒だったのは「無事かどうか」の確認をしてくる友人や、被災していることを理解してくれない仕事先に返事を返すために「通信の復旧している場所まで行き来すること」で、壊れたものの片付けや冷蔵庫の中の大掃除やらに奔走しているうちに被災生活は終わった。家屋の補修には80万円以上がかかるが、保険でカバーできそうだ。


■農村は意外にも災害に強い


 被災の間、地域を回って、たくさんの思うことがあった。第一には、携帯の通信が途絶して以降、消防団に上部組織からの指示が回らなくなってしまったこと。自主的に水を配ったり、敷地内の倒木処理などで動いた部員はいたようだが、こうした災害時に指示がなくてもやるべきことの通達を改めてしておくべきだったと思う。

 給水車が来るよりはるかに前に、発電機で井戸ポンプを動かせた世帯はいくつかあったし、独居高齢者の見回りなどもこの状況下では民生ではなく消防団の管轄だったように思うのだ。

 だが、それはそれとして、何より驚いたのは、「農村は意外にも災害に強い」ということだった。

 まず自動車がなければ生活できない、文字通り一家の1人に1台体制で自動車を所有しているため、自動車そのものが備蓄燃料になっているということ。我が家も車と2輪車と諸々計算したら、80リットル以上のガソリンを自宅に備蓄していることになる。農機具をあつかうため、ガソリン携行缶もあるし、その扱いも誰もが知っている。

 井戸ポンプがあるということは、条件を満たす発電機があれば、電気や上水道の回復を待たなくても水の確保ができる強みでもあるし、実際従業員を使うような規模の農園では高い確率でそうした発電機を所持している。前述したようにチェーンソーを保有する世帯も多いし、床下浸水などがあっても田畑に引水するためのエンジンポンプがあって、自力で排水できる世帯も多い。

 初秋ということもあって、食物も豊富だ。米作農家は栽培した米を自宅に1年分冷蔵しているし、毎日とれる作物もある。地域の独居高齢者に水を配りに回ったら、10kgぐらいの栗とか大量のトマトとか羽倉瓜などで食べきれないお返しをもらったぐらいだった。

 農村の高齢者の機動力はすごい。70代の男性が自前のブルーシートを手にハシゴで屋根に上って簡易補修をしてしまうし、80代の女性が古いトラクターに台車をつないで倒木を引きずる姿に、都会育ちは恥ずかしくなるほどだ。


■電気復旧工事は国道沿い→県道→市道→家屋引き込み線


 一方、田舎暮らしという観点で言うと、移住先は農村ばかりではないし、農村にもいろいろなタイプがある。今後我々と同じように都市部からの移住を希望する者には、新たな物件やエリアの選択条件が出てきたように思う。

 まず物件についてだが、今回の台風災害はいわゆる「憧れの古民家」のリスクが大きく 露呈したと言ってもいいと思う。地域の中でも、我が家のような味気ないスレート屋根の家屋は棟板金の被災で済んだケースが多かったのに対し、昔ながらの瓦屋根は入母屋が丸々飛ばされた家屋まであった。特に田舎暮らしファンにとっては憧れの対象である「平屋大屋根」の古民家では広大な屋根を覆う銅板金が野地板ごと飛んでしまうケースもあり、補修費用もけた違い。1カ月以上経つ今もブルーシートのままという家屋が点々としている。

 また、建物の立地について、水災害や道路の法面崩壊などについては、ハザードマップや過去の浸水履歴、土砂災害の履歴である程度被害予測はできる。と、草稿には書いていたが、21号では戦後に水災害の履歴がない2級河川や用水路が越水を起こし、我が集落でも2級河川を中心に谷戸沿いが湖状態になった。水災害については「今回の21号で被災したかしないか」が検証の基準となったと思う。

 それより立地問題について注視すべきは、集落や自宅にアプローチする市道の選択肢が複数あるかどうかだ。我が家から少し離れたエリアの集落では、国道や住宅街からも非常に近い立地にもかかわらず、集落に至る道が1本しかなく、そのほぼ全域が倒木でふさがれたためにかなりの期間孤立した話を聞いた。

 同様の条件のエリアは2014年の豪雪時にも数日孤立があったと知られているし、今回の21号でも道路の大規模冠水で自宅が床上浸水しているのに車で外に出ることもできないという深刻な孤立が発生してしまった。一層のことこうした道路条件は不動産業者の説明事項に加えた方が良心的に思うほどだし、移住希望者も今後の物件選定ではやはり今回の21号の道路冠水による孤立の履歴を検証すべきだろう。

 また、電気インフラの点でも、細かい地域条件で明らかに復旧スピードが違うことに驚いた。最良はやはり国道沿いだろうか。基本的に復旧工事は国道沿い、県道、市道、家屋引き込み線の順で進んでいくが、入り組んだ市道のあちこちで電線の寸断があった我が家周辺は中でも最も復旧が後回しになっていた。むしろ集落そのものがほとんどなくて、県道沿いに数件家がポツポツというエリアのほうが復旧が早いのは、意外だ。

 15号被災の際、地域には東北電力からの応援隊や自衛隊のバイクも走り回っていたが、市道規模の道沿いで電線の寸断がある場合、そこにたどり着くため道の確保から始まり、場所の特定のために一本一本の市道を奥まで確認していく膨大な作業に、遠い目をしていた。


■共助機能が動いているか


 本来、田舎暮らしを求める者は、グーグルマップの上空写真で「緑のエリア」から選定するケースが多いと聞いた。だが、緑とはすなわち倒木リスクで、電気インフラの弱さというのは想定外だったように思う。

 さらに21号被災による道路冠水と孤立は、川沿いだけでなく「勾配条件・排水条件の良い台地の上」でも多発したことを考えると、もはや上空写真や標高図を参考にするのも無駄に思えてきた。

 物件の設備や敷地の条件においては、やはり敷地内や隣接する森に、倒れた際に家屋に直撃するものがないかは重要な課題だろう。ちなみに電線や道路を寸断した樹木のほとんどは杉の木で、その他の雑木林の木々は大木が根元から折れるケースはほとんどないようだったので、樹木の種類にも確認が必要だ。

 敷地がある程度広い場合は敷地内に電力会社の電柱を立てて引き込み線をひくケースが多いが、やはり復旧が遅れるリスクを孕んでいる。さらに21号被災では市道から自宅までの「私道」が冠水した場合に、やはり排水のための公助が最後の最後に回されるケースが多かったことも付け加えたい。

 こうして書いていると、あたかも緑に包まれたエリアが最も危険と言っているようだが、実はそうばかりでもない。というのも、被災後に地域をめぐって最も「可哀そう」に感じたのが、同じプチ田舎暮らしの中でも、「小規模造成地」に住む人々だったように思うからだ。

 千葉県内はバブル期に、林間部の思いもよらぬスペースを切り拓いて5世帯とか10世帯といった小さな造成地が作られていた。住人が歯抜けになっていることも多いが、周囲にそれなりに緑は充実しているし、中古住宅としての値ごなれ感はかなりのもので、敷地150平米にファシリティもそこそこ新しい5LDKが1千万以内といった、思わず食指が動く売り物が多い。

 だがこうした小規模造成地は、農村部と比較して地域のつながりも薄く、各世帯にチェーンソーといったような田舎で暮らすための備えがあるわけでもなく、前述したように地域に続く道一本が寸断されれば即座に孤立して「公助待ち」となってしまったようなのだ。

 信号が少ない田舎では、徒歩1時間が車で10分。倒木や冠水で自動車が通れなくなるだけで、10分でたどり着けた「目と鼻の先」のスーパーやコンビニが、往復2時間の歩きになる。それでも、近隣住民と不安を語り合うのみで公助を待つしかないのは、もはや地域の脆弱だろう。真夏や真冬では命のリスクでもある。

 同様に農村以外の千葉移住の候補地では、「東京まで通勤特急で1時間」を売りに、特急停車駅付近に大規模造成された住宅地もあるが、こちらは世帯数が多いために「大渋滞と燃料・食糧確保困難」という問題に直面した一方で自治会単位の共助はそれなりに機能し、小規模造成地のような孤立はなかったようである。

「共助機能が動いているか」。これもまた、これまでの田舎暮らしのエリア選定でほぼ重視されてこなかった点だろうと思う。この被災を通じて、「意外尽くし」だったというのが、率直な感想だ。

 改めて、この台風15号19号21号で被災状態の続いている地域が、いち早い復旧をとげるよう祈ると同時に、今後地方移住を希望とする方々の参考になればと思う。田舎暮らしはやはり良い。けれど、一見して似たようなエリアでも、気象災害時のリスクは大幅に変わってくることを、今後念頭に置いていきたい。

杉山とおる(すぎやま・とおる)
元不動産仲介業・現自由業。千葉県I市移住10年目。

2019年10月30日 掲載

関連記事(外部サイト)