即位の礼パレード延期は美智子さまの強いご意向…令和流が霞む「二重権威」の懸念

 重さ8トンの「高御座」で、天皇陛下は堂々と宣明を果たされた。今月22日に皇居・宮殿で行われた「即位礼正殿の儀」。続く「祝賀御列の儀」は来月10日に延期されたのだが、そこで浮上したのは、上皇ご夫妻が紡がれた“平成流”との「二重権威」という懸念だった。

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 宮殿の「正殿松の間」で万歳が唱和され、北の丸公園では21発の礼砲が曇天に響き渡る。かくして、内外からおよそ2千人の参列者を招いた「即位礼正殿の儀」は、つつがなく執り行われた。宮内庁担当記者が振り返る。

「天皇だけがお召しになることができる黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という束帯をまとわれた陛下は高御座(たかみくら)に、髪を大垂髪(おすべらかし)に結われて十二単(ひとえ)を召された雅子さまは御帳台(みちょうだい)へとそれぞれ登壇され、侍従と女官によって帳(とばり)が開かれました」

 鼓(こ)の合図で参列者が敬礼し、安倍首相が進み出ると、

「陛下が『即位を内外に宣明いたします』と述べられました。そして、29年前に上皇さまが仰ったお言葉と同じく『日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います』と続けられたのです」(同)

 首相が寿詞(よごと)を述べ、万歳三唱ののち帳が閉じられ、両陛下は松の間の向かって左隣に位置する「竹の間」の前を通って退出された。その間、およそ30分。令和初めての大イベントは、ここに幕を閉じたのだった。

 この日、19時過ぎから催された「饗宴の儀」に先立ち、本来であれば15時半から「祝賀御列(おんれつ)の儀」、いわゆる祝賀パレードが催されるはずだったのだが、さきの台風19号がもたらした被害を考慮して延期となったのはご存じの通りである。

「延期は18日午前、正式に閣議決定されました。政府はあくまでも『国民感情に配慮して内閣が決めた』との立場ですが、ここにはパレードの当事者であられる両陛下、さらには20日に85歳のお誕生日を迎えられた上皇后美智子さまのご意向が強く反映されていたのです」

 とは、さる宮内庁関係者。その経緯をたどってみると、

「3連休明けで役所が本格的に稼働した15日、菅官房長官は午後の会見で、パレードについては『淡々と(準備を)進めてまいりたい』とし、これを受けて各社は『延期なし』と報じていました」

 全国紙デスクはそう話すのだが、翻って、

「宮内庁内は大いにざわついていました。15日の会見で西村(泰彦)次長は、天皇皇后両陛下について『依然として多くの方の安否が不明であること、数多くの方々が被災されていることに大変心を痛めておられます』と述べています。また、20日にお誕生日を迎える美智子さまが、ご自身に関する祝賀行事などすべてを中止するとも発表したのです」

 会見では、あわせて上皇ご夫妻のご様子も詳(つまび)らかにされており、それは次のようなものであった。

〈今回の台風については、その発生以来、上皇上皇后両陛下とも災害の様子を伝える早朝6時のニュースを始めお昼、夜のニュース等を注視されてきました〉

〈これまで全国各地の様々な災害被災地をお見舞いになってこられた両陛下にとっても、被災地域の広さ、堤防決壊数の多さにおいて他に比較できる災害のご記憶がなく、大変にお心を痛めておられます〉

 かように踏み込んで、沈痛な胸の内が明かされたのだ。先の宮内庁関係者は、

「天皇皇后両陛下が、当初から被害状況を案じておられたのは言うまでもありません。15日午後には松の間にお出ましになり、数時間かけて即位礼正殿の儀のリハーサルにあたっておられましたが、被害のご心配をひたすらなさっていました。その前後で陛下から『どのような形で(パレードが)進められるか検討してみてください』といったご意向が侍従に伝えられ、宮内庁と官邸との協議へと続いていったとみられますが、ここで大きな力となったのが、上皇后さまの強い“お気持ち”でした」


■国事行為といえど…


 実際に“早朝6時のニュース”“比較できる災害のご記憶がなく”といったフレーズからは、並々ならぬご心痛が窺えるのだが、前出記者によれば、

「皇室ではこれまでも、災害などで慶事を延期することはしばしばありました。2004年11月に予定されていた紀宮さま(当時)と黒田慶樹さんとの婚約内定発表は、新潟県中越地震と高松宮家の喜久子妃の薨去で2度延期されています。また一昨年も、秋篠宮家の眞子さまと小室圭さんの会見が、九州北部豪雨のため2カ月後に延期されています」

 そうした前例に倣えば、内外から多くの招待客を迎えるとはいえ、今回も繰り延べすべき事態だったというわけだ。

「かつて上皇さまとお二人であらゆる被災地を訪れ、被災者に寄り添ってこられた上皇后さまからすれば、祝いごとの中止は当然で、かりにご自身の代であれば直ちに被災地へ駆けつけられていても不思議ではありません。一方で、そんな“平成流”を知る職員からは、パレードをこのまま行えば、今上陛下が上皇さまと比較されてしまわれないか……そう危惧する声も上がっていたのです」(前出関係者)

 宮内庁の動きは素早く、15日に美智子さまの“ご心痛”を詳細に発表するにあたり、実は前日から延期への準備が始まっていた。警備を担う警視庁には、すでに15日夕刻の時点で「11月10日に延期」との方針が伝えられていたという。先のデスクが言う。

「17日の正午前、NHKが『延期の方向で調整』との速報を流し、まもなく各社が『11月10日に延期』と報じ始めます。菅官房長官はこの日午後の会見で『宮内庁と相談し、あくまで内閣として判断した』と述べていましたが、実際は宮内庁に押し切られた格好。現に官邸では『一連の行事と一体のもので、誰もが楽しみにしている行事だから』と、予定通りの開催に前向きな幹部もいたのです」

 平成の時代、安倍官邸と宮内庁との間には、しばしば“すきま風”が吹いていた。それは16年7月、上皇さまの「生前退位」を巡る報道で頂点に達する。宮内庁によって脇に追いやられた官邸は、意趣返しに当時の宮内庁長官を更迭するという挙に出たのだった。

「祝賀パレードもまた、即位礼正殿の儀や饗宴の儀とともに、国事行為である『即位の礼』の一部です。行為の主体は陛下ですが、憲法には『内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ』とある。それでも今回は両陛下、ひいては美智子さまの強いご意思であり、その通りに進めるほかありませんでした」(同)


■両陛下が霞む懸念


 が、ここには別の“懸念”が生じかねないと指摘するのは、さる皇室ジャーナリストである。

「今回は天皇皇后両陛下のご心配よりも、お誕生日の祝賀中止とあわせて美智子さまの強いご心痛がクローズアップされてしまいました。宮内庁にそうした意図がなかったにせよ、結果的に今なお、上皇ご夫妻、とりわけ美智子さまのご意思が強い“影響力”を持っていることが露わになってしまったわけです」

 先ごろ両陛下がお召し列車に乗られた際、立ち続けて沿線の人々にお手を振られていた上皇ご夫妻の“平成流”と比べ、お手振りが少ないと嘆く声が上がったことは週刊新潮でも報じたが、これに限らず、平成流はいわば両陛下への「ハードル」となっている側面も否めまい。

「パレードが延期されるのはやむを得ませんが、その根拠として平成の災害を持ち出して比べるようなことになれば、御代替わりを迎えた意義が薄れてしまうのではないか。そんな懸念が湧き起こるのも至極もっともだと言えます」(同)

 22日、儀式のあった正殿松の間に上皇ご夫妻のお姿はなかった。それは、

「いわゆる『二重権威』が生じかねないという不安が宮内庁にはあり、この点はもちろん上皇ご夫妻も御心に留めておられます。5月1日に行なわれた『即位後朝見の儀』にも参列なさらず、来月の『大嘗祭』もまた、象徴としての新陛下がなさる儀式であることから、お出ましにはなりません」(前出関係者)

 が、その一方で、10月23日に赤坂御所で催された茶会には、古いお知り合いが多く集まるため上皇ご夫妻も参加された。主役である両陛下が霞んでしまいかねないというわけで、

「こうした状態が続けば、長期にわたり療養中でありながら、お元気な姿でご公務に臨まれている皇后さまのご体調に影響が出ないとも限りません。何しろ平成の時代は、お世継ぎやご公務のあり方をめぐって上皇ご夫妻との“すれ違い”が生じたこともあり、ご体調は一進一退を繰り返してきました。一時期は宮内庁にも不信感を抱かれていた皇后さまにとって、皇太子殿下(当時)とご実家だけが、お心を通わせられるお相手だったのです」(同)

 療養中には、実父の小和田恆・元外務事務次官からも、

〈今を耐えれば、ゆくゆくは皇后になる時代、あなたの時代が来るのですから〉

 といった趣旨の励ましを受けられていたというのだが、万が一にも“二重権威”が鎌首をもたげるような事態になれば、雅子皇后がご心情を千々に乱されてしまうのは想像に難くない。


■“嵐”のようなスケジュールに


 あらためて先の宮内庁関係者が言う。

「パレードが延期されたことで、庁内は目下てんてこ舞いになっています。というのも、11月14日から営まれる大嘗祭まで、わずか4日しかありません。急な日程変更で、準備に追われる職員からは『きつすぎる』と弱音が漏れています」

 そのパレードの前日、9日には皇居前広場で「御即位をお祝いする国民祭典」が催され、「嵐」のメンバーらによるパフォーマンスが繰り広げられる予定である。

「嵐のせいで、図らずも行事が続き、嵐のようなスケジュールになってしまったと洒落まじりに嘆く職員もいます。この祭典への両陛下のお出ましも前向きに検討されていますが、なにしろ夜は急な冷え込みが予想されるため、皇后陛下のご体調が案じられるところです」(同)

 御代替わりから、まもなく半年。懸案を抱えながらも両陛下は、令和の時代を切り開いていかれることになる。

「週刊新潮」2019年10月31日号 掲載

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