「子どもの頃、目にした高収入求人バニラのトラックを思い出して」働き始めた貧困女性の末路

「子どもの頃、目にした高収入求人バニラのトラックを思い出して」働き始めた貧困女性の末路

そもそも、性風俗産業で働くことは、本当に女性の自己責任なのだろうか?(写真はイメージです)

 10月27日未明、ツイッターを眺めているとこんな書き込みがあった。

〈高収入バニラちゃんのゆるキャラが子供にうまい棒配ってるの邪悪すぎて笑てまう(原文ママ)〉


■高収入バニラがうまい棒配布、一体何が問題だったのか?


 ツイートには画像が添付されていた。1枚は、ハロウィンイベント中の池袋サンシャイン通りで、女の子を模したキャラクターの着ぐるみが立っている。もう1枚には、その着ぐるみが配布していた2本セットの「うまい棒」が写っていた。パッケージには「オリジナル うまい棒」「VANILLA 高収入求人情報バニラ」と書かれており、下部にはサイトにアクセスできるとおぼしきQRコードが印刷されている。

 もう1本は男性向けらしく「男の高収入求人情報 VANILLA メンズバニラ」と書かれている。どちらも、仮装をしたうまい棒のキャラクターと着ぐるみキャラクターが描かれているハロウィン特別仕様だ。

 ツイッターを検索していくと、「子どもにも配っていた」「子連れにも渡していた」と明言しているツイートは見る限り5件ほどで、その様子を明確に捉えた画像があるわけでもなく、真偽は定かではなかった。

 しかし、この着ぐるみと一緒に写真を撮っているツイートなどはいくつも見つかり、家族連れや子どももいるイベント中のサンシャイン通りで、目を惹く着ぐるみキャラクターが菓子を配布していたのは、まぎれもない事実であるようだった。

 有志がうまい棒の製造販売元である株式会社やおきんに問い合わせたところ、名入りのオリジナルうまい棒が作れるサービスを利用した製品であること、入稿された内容がコンプライアンスの精査をすり抜けて製作されてしまったことが確認された。この連絡が入ったためか、10月31日に全国各地のハロウィンイベントで実施が告知されていたバニラのオリジナルうまい棒配布は中止となった。

「バーニラ! バニラ! バーニラ! 求人! バーニラバニラで高収入!」

 繁華街でその歌を聞いたことがあるというひとは多いだろう。高収入バニラのアドトラック(広告宣伝車)が流す曲だ。ド派手なピンクの車体には「お金超大好き」「もっと稼ぎたい」などと書かれており、爆音で流す滑稽かつキャッチ―な音楽はやたらと耳に残る。小さな子どもなど、つい目を奪われ、真似して歌いたくなってしまいそうである。

 そのインパクトあるビジュアルと音楽ばかりが気になって、そもそもあれがなんなのか知らない方もいるだろう。端的に説明すると、「高収入バニラ」というのは、女性向けの性風俗求人サイトだ。そう、真昼間の街中を、「あなたも風俗嬢として働きませんか?」と爆音で宣伝する車が走り回っているのだ。

 アドトラックがキャッチ―な音楽を流しながら往来を走り回り、路上に立つゆるキャラが家族連れも訪れるイベントで菓子を配布する。

「あなたも風俗嬢として働きませんか?」という、うたい文句で。

 異様だと断言するには十分だ。なぜこれが見逃されているのだろう?


■条例の抜け穴を走るアドトラック


 実のところ、騒音や派手な電飾や宣伝内容など、公共空間に馴染まない広告宣伝車の存在は、以前から問題視されている。

 東京都では2011年に屋外広告物条例を改正し、走行車両が掲示する広告についても対策を打ち出してきたが、これは東京都ナンバーの車両にしか効力がないものだった。そのため他県ナンバーのアドトラックが都内を走行することを防げず、問題は野放しとなっている。

 路上での物品の配布に関しては、警察による道路使用許可書があれば、露骨なわいせつ描写や反社会的な内容のもの以外は誰でも配布が可能だ。

 ハロウィンで配布されたうまい棒やアドトラックに掲載された文言について、東京都迷惑防止条例を参照してみても、そこに明確な条例違反を見出すことはできなかった。

 つまり条例に照らすなら、デザインや文言をうまく隠して宣伝する限り、街角で「あなたも風俗嬢として働きませんか?」と、うまい棒を配布することも、アドトラックを走らせることも、なんの問題もないわけである。


■奇妙で面白いという「価値」


 広告プラットフォーム事業を展開するベライゾンメディア・ジャパン(元Oath Japan)は、米Oathが2018年に実施した「ブランド愛着度指数調査」の日本国内での結果を発表している。

 ブランド愛着度を形成する6要因のひとつに「トレンドの創出」と「カスタマーエクスペリエンスの向上」という項目がある。定義はそれぞれこうだ。〈製品やサービスに関するイノベーションのみならず、次にブランドが何をするか、何を新たに生み出すかにも注目させる〉〈生活者とのあらゆるコミュニケーションを、クリエイティブかつインパクトのあるものにする〉

 結果からいえば、18歳〜34歳までの若年層は、この2項が他の4つを大きく上回っていた。面白い何かをしでかしてくれそうな、相互コミュニケーションのとれるブランド、もしくはサービス、あるいは製品に対して、若年層は強い愛着を持つ。

 バニラのアドトラックの存在は強烈だ。ひとたびあの音楽が流れてきたら、そんなつもりはなくともついそちらに注目してしまう。都心の繁華街を走り回るそれを、「ヘンだけど面白いもの」として認識する者は確実にいる。

 現に、SNSで調べてみると、「バニラのトラック発見!」「バニ子(着ぐるみにもなっていたバニラの広告に描かれているキャラクター)と遭遇!」「バニ子可愛い」「バニ子と写真撮った〜」などの書き込みを見つけることができる。

「ヘンだけど面白い」ものを面白がる心性は誰にでもあり、それ自体は問題ではない。しかし面白いからという理由で、それが抱える問題を考えられなくなることは深刻な問題だ。

 多くの若者は、自分や友人知人が性風俗店で働くとは夢にも思わず、実際に働いている女性はそのことをまず周りには打ち明けない。「性風俗で働く=エロいことをしてラクに大金が稼げる仕事」という現実と乖離した印象だけが定着し、性風俗全般が一種の下ネタやジョークのネタとして扱われ、真面目に議論することができなくなっている。

 バニラのアドトラックや着ぐるみのゆるキャラを面白がって受け入れることは、それらが流す情報をも無批判に受け入れることになるのだ。


■「無視するという受容」が常識を作ってしまっている


 当然だが、すべての若年層が、性風俗求人の宣伝活動を面白がっているわけでは断じてない。多くは騒がしい音楽に辟易し、ドギツい色彩に苦笑いし、その広告の中身に眉をひそめる。

 しかし、性風俗求人を宣伝するアドトラックが野放しで走り回る現状は、厳然として存在している。倫理やモラルへの無関心さが蔓延している状況だ。

 道端に無数に落ちているタバコの吸い殻を無視して歩けるのは、吸い殻が落ちているという状況が当たり前だからだ。公道に吸い殻やゴミが落ちている事実は「普通のこと」として、わたしたちの日常に組み込まれている。

 同じことが起きているのだ。「お金に困った女性は風俗嬢になる道がありますよ。あなたが選べば、今日からでもそれは可能ですよ」というメッセージが昼夜問わず街に流れることは、現在の日本社会にとって、至極当たり前のことなのだ。

 それをおかしいと社会ぐるみで批判できないでいる間に、バニラはキャッチ―な音楽とともに、ゆるキャラの着ぐるみを駆使した広告戦略を拡大し、「将来の働き手候補」である若い女性を取り込みにかかっている。


■「風俗で働く女=汚い」「風俗で遊ぶ男=普通」


 性風俗店利用客を含む多くの男性はこう言う。

「男はみんな風俗の世話になってるから、風俗嬢を差別なんてしないよ」

「でも、どんな仕事を選ぶのも、本人の自己責任だよね」

 日本社会においては様々な自己責任論が跋扈しているが、取り立てて性風俗産業に従事する女性への風当りは厳しい。苛烈と言っても差し支えない。

 筆者も元セックスワーカー(風俗嬢)であることを公言しているが、記事に対するコメントやツイートなどを見ていると、〈元セックスワーカー笑〉〈風俗嬢上がりらしい文章ですね〉〈ヤリすぎて妄想でも見るようになったか?〉などといった侮辱はいくらでも出てくる。彼らは「偉そうなこと書いてるけど、お前体売ってたんじゃん」とでも言いたげだ。

 彼らのコメントは、社会全体にうっすらと、そして強固に蔓延している性風俗従事女性への差別と蔑視が収斂したものだ。〈体を売っていた女の分際で、高い金を稼いでおいて、いやらしいことが平気でできるくせに、汚い女のくせに〉そう認識し、それを表明することになんの疑問も持たないのが、現在の日本社会のスタンダードだ。

 翻って、性風俗店を利用する男性客はどうだろう? 何か少しでも非難の対象になるだろうか? 金で女を買っておいて、と、責められたりするのだろうか? 他人の体を金で買った男の分際で、と、会社で降格人事などにかけられたりするだろうか? 不特定多数の女といやらしいことをした汚い男であることが周りにバレて、差別的な呼び名で呼ばれたりすることが、あるのだろうか?
 
 当然、性風俗遊びををする男性への非難は存在する。しかし、それは性風俗産業に従事する女性へのバッシングとは比べ物にならないほど小さい。実際に働いていた者として証言しよう。

 性風俗利用客のほとんどは、普通の男性だ。性風俗店の利用料数千円から数万円を支払えるだけの仕事をしており、一般的に問題のない社会生活を送る、普通の男性たちである。

 彼らは会社の同僚との付き合いで性風俗店を利用する。知り合いから薦められたので来店したという客もいる。妻の里帰り出産中に自宅に女性を派遣させる男性など、ひとりやふたりではない。

 そしてそういった「風俗遊び」をすることに罪の意識を感じたり、その遊びによって彼らが社会的に不利益を被ることは、まずない。

 女性が自分を売ることは罪であり、侮辱されても、男性が女性を買うことは免罪される。これが差別でなくて、一体なんだというのだろう?


■「風俗で働いているのは、女性の自己責任」?


 では性風俗産業で働くことは、本当に女性の自己責任なのだろうか?

 日本では学力よりも性別で年収が決まるという調査結果がある。高学力な女性よりも、低学力の男性のほうが収入が高くなる傾向は、日本国内で暮らす限り決して珍しいことではない。女性の賃金は入社の時点から男性の86%程度に抑えられている。

 さらに非正規雇用の男女差はいまだ著しく、総務省統計局の調べによると、非正規で働く労働力の68%以上は女性である。正社員として給与の増加も望めず、非正規雇用で複数の仕事を掛け持ちするにも限度がある。

 生活に窮した女性が〈誰でも即日勤務可能で高収入!〉といった宣伝文句に救いを見出すことは自己責任だろうか?

 性風俗業界が貧困女性のセーフティーネットと呼ばれて久しいが、HIVなど性感染症の感染、望まぬ妊娠、密室での暴力行為や盗撮などに晒されるといった極めて高いリスクを負ってようやく機能する行為をセーフティーネットと呼ぶこと自体が、そもそも間違っている。

 それにもかかわらずシングルマザーや、心身に困難を抱えた女性や、奨学金の返済に苦しむ女性が、時給千円程度の仕事と、効率的に稼げる性風俗店の仕事を目の前に並べられた時、後者を選んでしまうことに、社会構造の影響がまったくないと言えるだろうか?

 さらに、日本社会において、女性は幼いうちから「イイ女になりましょう」と教育されていく。それは男性に対しての「イイ女」だ。女らしく優しい言葉を使い、目上の者の言うことをよく聞き(社会において女性の目上に立つ者は、たいていの場合男性である)、可愛く装い振る舞え、と要請される。女性らしくするほうが得であると教え込まれるのだ。「イイ女」であることがもっとも強く給与に影響する職業のひとつが、性風俗だ。

“普通の仕事”ではそもそものはじめから男性の劣位に置かれ、女らしさから逸脱するなという洗脳によってそれに逆らうことさえ封じられる。それならばイイ女として生きてきた経験を活かせる仕事をしようと考えてしまうことに、それほどの不自然さはないだろう。

 男性と同じだけ稼いで自立できるのが当たり前であれば、女性は「将来が不安だから早く結婚したい」とは決して言わないだろう。しかし現実は違っている。男性が稼いで女性が家事育児をする家庭が理想のライフプランとされる日本では、女性が機会と金銭に窮するよう、社会が整備されている。貧困に陥らないためには結婚するか、自ら起業などして上位数%の富裕層になるか、実家に帰って肩身の狭い思いをするしかない。

 そのどれもを選べない女性につけ込むように、性風俗求人情報が驚くほどカジュアルに存在している。街を歩く際には注意して見渡してみてほしい。建物にかかった看板や、ビル横のフリーペーパースタンド、路上で配布されるポケットティッシュ、強制的に表示されるウェブサイトの広告、そして爆音で走り回るアドトラックだ。

 女性が貧困に陥ることが前提となっている社会を是正する議論がないまま、女性が性風俗業界に参入することを肯定しようとするのは一体誰の都合によるものだろう? もっと稼ぎたいと考える女性が、男性への性接待という選択肢を採用することを社会が黙認して、得をしているのは一体誰だ?

 警視庁の調べによると、国内の性風俗関連特殊営業店は3万2千近く存在する。1店舗に20人の女性が在籍しているとすれば、単純計算で64万人。総務省が公開する人口推計表に照らし合わせ、就業可能年齢を20歳から44歳に限定してみても、27人に1人が性風俗店で働いている計算になる。

 果たして、それだけの数の女性がそれぞれ個別の事由で自己責任的に性風俗店で働いているとすることは、本当に正しいのだろうか? くり返すが、日本社会は女性が女性だというだけで、機会と金銭に困窮するように設計されている。貧困女性が性風俗店で働くことによって貧困から脱却することができるとして、男性に対して性接待を行う仕事に就いてようやく貧困から脱出できる社会というのは、その構造に欠陥がないと言えるだろうか?

 性風俗産業を、「それを選ぶことは女性の自己責任」だとしながら、「貧困女性に対するセーフティーネット」とみなし、「元セックスワーカー笑」と、その経歴を差別し、スティグマ化することが同時に存在している。これは社会の大いなる欺瞞だ。

 


■法や条例が許可したものなら無条件で受け入れるべきか?


 SNSでは広告や表現の自由に関して様々な意見が上がり、「バニラのゆるキャラからうまい棒を受け取ったり、アドトラックを目にしたら、子どもが風俗嬢になるなんていうのは暴論だ」といった書き込みも散見された。

 たしかに、すべての子どもが将来風俗嬢になると言ったのであれば暴論だ。だが、影響を受ける子どもや若者がいないと、一体どうして言い切れるだろう?

 日常的に目にする広告や映像や風景、耳にする音楽、肌に感じる雰囲気、それら一切に影響されない人生など可能だろうか? 見た者に一切の影響を与えない広告や創作物も、またこの世に存在するだろうか?

「どんな企業だって好きに宣伝する権利がある」という意見もあった。人権搾取に繋がる産業が堂々と宣伝活動を行う権利と、女性の人権侵害を防ぐことや社会の公益を保つことは、果たしてどちらが重要視されるべきだろう?

 法や条例というのは、すべての例外的状況に即時対応できるものではない。条例文の揚げ足を取って走る他県ナンバーのアドトラックは、そのいい証拠だ。だから物事を現行の法や条例だけで判断することなどできないと言えるだろう。

 我々は「法的にどうか」だけではなく、「倫理的にどうなのか」を同時に考えなければならない。倫理によって抜け穴を認識し、どう埋め合わせるか、その都度現実と擦り合わせて考える必要がある。「法的に正しいんだから問題ない」と、考えるのをやめてはいけない。

 生活に困窮した女性が性風俗で働き始めるきっかけが、「子どもの頃に目にしたバニラトラックを思い出したから」だったとしたら、それは救済ではなく、洗脳による搾取構造への取り込みの成功例だと言えるだろう。

 たかが、ハロウィンイベントでゆるキャラが配っていたうまい棒、ではない。

 それをジョークとして受け入れることも含め、すべてが日本社会が今日まで見逃し続けてきた女性への差別と搾取の、グロテスクな結実なのだ。

柊 佐和(ひいらぎ さわ)
フリーライター。フェミニスト。元セックスワーカー。1983年生まれ。高卒で入社したブラック体質の就職先を1年で退職しアルバイターになる。27歳から断続的にライターとして活動。セックスワークを経てフェミニズムと出会う。SNSを通して日本の女性差別とセックスワークの構造に対する批判を展開する。
twitter @00_carbuncle_00

2019年11月20日 掲載

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