小藪ポスター炎上で話題「人生会議」から透けて見える「医療費を削減したい」厚労省の思惑

小藪ポスター炎上で話題「人生会議」から透けて見える「医療費を削減したい」厚労省の思惑

スベってばかりの厚生労働省

 入院着の小藪千豊(こやぶかずとよ)が〈病院でおとんのすべった話聞くなら 家で嫁と子どもとゆっくりしときたかったわ〉なんて“心の声”を寄せるポスターが、大炎上……。「人生会議」を提唱する厚労省は早々にその撤収を決めた。患者団体からの意見書提出もなされたこの一件、そもそも「人生会議」とは何なのか。

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「人生会議」は厚労省が決めた、「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」の日本における愛称のこと。ACPは〈人生の最終段階における医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合う取り組み〉(厚労省HPより)を指している。

 医療現場でACPを実践している、日本医科大学武蔵小杉病院の勝俣範之・腫瘍内科部長によれば、

「従来の臨床では患者が判断能力を喪失した場合に備えて、事前に医療行為に関する意向を示すAD(アドバンス・ディレクティブ)が推奨されてきました。ただ、それだけでは必ずしも患者の望む治療やケアに繋がらないと分かってきた。そこで、患者の思いや考え方について、医療従事者と共に話し合うことを重視するACPが注目されるようになったのです」

 つまり、「ACP=人生会議」とは、患者と家族、そして医療従事者の3者が意見を交わす、自発的な取り組みなのだ。

 そうした事情を知れば、先ほどのポスターは人生会議よりも、単に「家族会議」を勧めているようにしか見えない。

「本来の意味での人生会議の重要性は、私もよく理解しています」

 スキルス胃がんの患者と家族を支援するNPO法人「希望の会」の理事長で、厚労省に意見書を提出した轟浩美氏はそう語る。轟氏には、長い闘病生活の末に夫をスキルス胃がんで亡くした過去がある。夫を救いたい一心で、彼女はありとあらゆる民間療法に手を出したという。消化の悪い玄米を食べさせたり、人参ジュースを飲ませるだけでなく、

「しいたけ由来のサプリに血液クレンジング、温熱療法など、数え上げればきりがありません。早稲田大学の理工学部出身の夫は、科学的に効果がないと知りながら、私を傷つけないように黙って従っていた。ただ、ある日、夫から“君は誰のために頑張っているんだ。お願いだから治療や科学を理解してくれ”と絞り出すような声で言われて私は目を覚ましました。患者や家族には冷静ではいられない部分がある。最善の方法を一緒に考えてくれる主治医を交えた“人生会議”は大事だと思います」

 勝俣医師も、人生会議において重要な最初のステップは医師と患者との信頼関係の構築にあると説く。

「病状の理解を促しながら、治療方針に関する患者の考えを尋ねていく。今後の人生で何を大事にしたいのか、患者の気持ちを汲み取ることが必要です。その先に終末期のケアについての話し合いがあります。自分の病気が治らないと認めるのは怖く、恐ろしいことです。だからこそ、途中で躓いても、やり取りがストップしても構わない。主治医には最後まで患者を突き放さない姿勢が求められます」

 適切な人生会議を行えば、患者の生活の質が向上するだけでなく、延命効果があることまで分かってきたという。がん治療と聞くと、新薬や最先端の治療法に目を奪われがちだが、人生会議にも大きな治療効果が期待できるのだ。

 では、勝俣医師は今回の騒動をどう見ているのか。

「少なくとも、私はあのポスターを病院に貼りたくありません。ACPでも終末期ケアに関する質問は最もセンシティブなものです。患者がショックを受ければ、その後の治療にも支障が出かねない。このポスターのように、死に直面する場面を突きつけて、患者に判断を迫るようなことはもってのほかと言えます」

 勝俣医師が典型的な人生会議の失敗例として挙げるのは、2016年に死去した大橋巨泉氏のケースだ。


■国家の過干渉


 10年に及ぶがん闘病の末に在宅医療を選んだ巨泉氏は、「週刊現代」に寄せたコラムの最終回で、初めて自宅を訪れた医師とのやり取りを明かしている。

〈いきなりボクに「大橋さん。どこで死にたいですか?」と訊いてきた。(中略)ボクは既に死ぬ覚悟はできていたのだが、「エッ? 俺もう死ぬの?」と呆然とした〉

 家族の有無や親子関係、病に対峙する気構え、経済状態など、患者を巡る環境は千差万別である。にもかかわらず、一律に捉え、

「まだガイドラインすらなく、医療関係者にも浸透していないACPについて、啓蒙活動を急ぐこと自体が本末転倒でしょう。ポスターの文言は在宅医療を勧めているようにも読める。在宅医療を増やして医療費を削減したい厚労省の思惑が透けて見えます。本当に広めたいのであれば、ACPを保険適用にするなどの方策も考えてほしい」(勝俣医師)

 皮肉なことに、騒動によって「人生会議」の知名度は全国区になった。だが、現段階であのようなポスターを打ち出すこと自体が、踏むべきステップを二段飛ばし、三段飛ばししているというワケである。

 他方、評論家の唐沢俊一氏の分析はこうだ。

「炎上劇を見て改めて感じたのは、日本人が“死”を意識することを苦手としているという事実です。もしかすると、死を“ケガレ”とみなす古来の神道的な考え方に由来しているのではないか。病院やホテルが4階や4号室をあえて飛ばすのも、“し”という言葉を避けたい、極めて日本的な思考が背景にある。今回はSNS上の不謹慎バッシングまで重なって大炎上してしまった。とはいえ、目先の快・不快を乗り越えて、将来的な利益を意識するのが大人の考え方だと思います」

 評論家の呉智英氏は、さらに手厳しい。

「人生会議というネーミング自体、野暮ったくて流行りそうにありません。そもそも、患者本人と身内が話し合って解決すべき問題でしょう。それを国家がポスターまで作って促進するなんて過干渉としか言いようがない。いかにも役人が頭のなかで考えたアイディアだし、芸人を使って無理に面白くしようとする姿勢もみっともないだけですよ」

 呉氏も3年前に91歳の母親を看取っている。

「長いこと糖尿病を患っていたせいで身体中にガタがきていました。足先は壊死して骨が見えそうなほど。痛みが激しいので母はモルヒネ系の痛み止めを欲しがった。ただ、医者は“他の臓器に影響が出る”と言って反対するんです。やはり医療ミスと言われるのを嫌がったのでしょう。厚労省が終末期ケアを推進するなら、まずは現場の足かせを取り払うような法整備をすべきです。安楽死や尊厳死の法整備も含めて選択肢を増やしてほしい。その方が“人生会議”なんて安っぽい看板を掲げるより、よっぽど効果的だと思います」

 常に死を思い、限りある人生を享受する。お上にお節介を焼かれるまでもなく、自ら考え、家族と話し合い、エンディングまで見通して生きることが、古代ローマ時代から変わらぬ成熟した大人の姿だろう。

「週刊新潮」2019年12月12日号 掲載

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