雅子皇后「ご体調にお疲れ」でお誕生日ご感想リリースが大幅遅延の異変

雅子さまお誕生日の『ご感想』が大幅遅れ 蓄積された疲労を懸念する声

記事まとめ

  • 雅子さまが56歳のお誕生日を迎えられ、ご自身の『ご感想』が零時をもって解禁された
  • 雅子さまの『ご感想』の配布は遅れ、当初の予定から丸2日間延期となる格好になった
  • 今回のように大幅に遅れるのは例がないといい、雅子さまのお疲れを心配する声がある

雅子皇后「ご体調にお疲れ」でお誕生日ご感想リリースが大幅遅延の異変

雅子皇后「ご体調にお疲れ」でお誕生日ご感想リリースが大幅遅延の異変

国民に「心から感謝」と

■「雅子皇后」お誕生日「ご感想」に隠された異変(1/2)


 天皇陛下のご即位に伴う一連の儀式を終え、今月9日には雅子皇后が56歳のお誕生日を迎えられた。令和の御代替わり以降、順調に公務をこなされ、同日に発表された「ご感想」からもご快復ぶりが窺えるのだが、実はその裏で、気になる“異変”が生じていたという。

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 皇后となられて初めてのお誕生日。ご自身の「ご感想」は、その日の零時をもって“報道解禁”となった。

「文面は、感謝の言葉で溢れていました」

 とは、宮内庁担当記者である。

「3ページにわたる長文で、まず上皇ご夫妻について『お代替わりが円滑に進むようにとのお心遣いとお導きを賜りました』などと、3度にわたって感謝の念を伝えられていました。もちろん天皇陛下に対しても『いつも私の体調をお気遣い下さいますことに心より感謝』と記されていましたが、中でも際立っていたのは、国民への感謝のお気持ちを吐露された箇所でした」

 実際に昨年の「ご感想」の中では、

〈地方訪問などの折に、訪問先や沿道で本当に多くの方から笑顔で迎えていただきました〉

〈そうした国民の皆様のお気持ちは、私にとりまして大きな支えになっております〉

 と綴られていたのだが、これが今年は、

〈(陛下のご即位以来)思いがけないほど本当に温かいお祝いを頂きましたことに、心から感謝〉

〈国内各地で出会った沢山の笑顔は、私にとりましてかけがえのない思い出として心に残り〉

 等々、修辞に“厚み”が増していた。一方で、

「この内容が9日に一斉に報じられ、年の瀬に花を添えるようなニュースとなりましたが、今回のご感想が記者会にリリースされるまでには、不測の事態が起きていたのです」(同)

 それというのも、

「宮内庁は当初、雅子さまのご感想とともに、長期療養に入られた後の2004年から発表している『医師団見解』を、6日の夕刻に記者会にリリースするとしていました。ところが当日の16時過ぎから行われた侍従職の説明では『皇后さまはご体調にお疲れがみられるので、ご感想の配布は遅れる』とのことで、この日は医師団見解だけが配られたのです」(同)

 その見解には、

〈依然としてご快復の途上〉

〈ご体調には波がおあり〉

〈過剰な期待を持たれることは、(中略)かえって逆効果となり得る〉

 などと、前年までと同じ文言が並んでいたのだが、

「文面でひときわ目についたのは『本年は、天皇陛下の御即位に伴う諸行事を中心に、特に強い責任感を持ってお務めに取り組んでこられました』という部分。雅子さまは平成の終盤からお出ましが徐々に増え、メディアも“ご体調上向き”“次代へのご自覚”などと報じてきましたが、今年の目覚ましいお姿は、決して全快されたわけではなく、持ち前の責任感から、時には無理をされながら振る舞われていたのだと、言外にほのめかしたわけです」(同)

 これには、さる宮内庁関係者も、

「実際に皇后さまは、テレビで報じられる溌溂としたお姿の一方、お近くで拝見するとお疲れがたまっていらっしゃるのが窺えます」

 と明かすのだ。

「御代替わり後は、自らを奮い立たせるようにしてお務めにあたられていますが、ご即位1年目のハードスケジュールがたたって一気にご体調が崩れはしまいかと、案じられるところです」(同)

 ともあれ、記者会へのご感想の配布は、2日後にあたる8日の午前中を目処とすることで落ち着いたという。ところが、

「その時間になっても、侍従職はリリースを行う気配が一向にない。集まった記者たちはいったん解散し、最終的に配られたのは夕刻でした」(前出記者)


■新年行事への懸念


 当初の予定から丸2日間延期となった格好で、さる全国紙デスクが言うには、

「これまでも、皇太子妃時代の雅子さまのご感想が、リリース予定時刻から遅れることはままありました。というのもすべてご自身で執筆され、細かく推敲を重ねられているからですが、今回のように大幅に遅れたのは記憶にありません」

 翌9日が新聞休刊日だったこともあり、この“遅延”は大事には至らなかったものの、

「8日の夕刻、ようやく完成したご感想が配布された際、侍従職は遅れた経緯について『(皇后さまが)書き終えられたのは前日の午後。いつから書き始められたのかはわからないが、12月4日までご即位の儀式に専念されていたので、本格的に始められたのは4日以降』と説明していました。ただでさえ過密な日程の中、まとまった時間が取れなかった事情もあるでしょうが、やはり最初のレクで明かされた“お疲れがみられる”との点が案じられます」(同)

 先月下旬、奈良で神武天皇陵を参拝された際には、ヒールを履かれた雅子皇后がふらつかれる場面があったとも報じられた。蓄積された疲労が、いつどのような形で現れないとも限らない。

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年12月19日号 掲載

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