「結婚して墓の近くに戻ってこい」親への罪悪感に悩まされ続けた33歳一人っ子男性の半生

「結婚して墓の近くに戻ってこい」親への罪悪感に悩まされ続けた33歳一人っ子男性の半生

鈴木さんは当初、地元の大学への進学を希望していた。親から「墓がある場所から離れないでほしい」と言われたのだという(写真はイメージです)

 私は一人っ子だ。両親曰く、当初の家族計画では子どもは2人の予定だったのが、今でいう妊活に苦労し、数回の流産を経て結婚10年目にしてようやく私が生まれた。だから、一戸建ての実家の子供部屋は、2人分を想定して少し広めだ。

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■一人っ子は「ワガママ」なのか?


 小さい頃、周りに一人っ子が少なかった。親戚の集まりなどで同い年くらいの子どもたちが集まると、きょうだいがおらず競争慣れしていない私はすぐにオモチャやお菓子を他の子に取られて泣いていた。「早い者勝ち」という概念がすっぽり抜け落ちていたのだ。

 小学校に上がると30人クラスに一人っ子は私一人だけだった。基本的に家で一人だとたいていの物事は自分の思うように進む。だけど、小学校で図書係やら生き物係やらの係を決める際、人気の係はじゃんけんとなり、じゃんけんに弱い私はいつもやりたい係を担当できず、不機嫌になっていたことが小2の頃の通知表に書かれていた。
 
「一人っ子だから甘えん坊なんでしょ?」「ワガママなんでしょ?」そう言われることが子どもの頃は多く、それが嫌で一人っ子の特徴を消そうとモノをねだることをしないよう心がけた。逆に、きょうだいの多い子ほど「買って買ってー!!!」と、スーパーなどの床で転げ回って感情を最大限に爆発させていた。そして、私はそれを見て子どもながらにドン引きしていた。でも、彼女たちはそうしないと欲しいものが手に入らないのだ。

 私の場合、ねだりはしなかったが、激しくねだる前にいつの間にか欲しいモノが手元にあることが多かったように思う。

 私は一人っ子であることに小学生の頃はコンプレックスを抱いていたし、中学生くらいになると、年の離れたお姉ちゃんがいる子は「お姉ちゃんがくれた」と、流行のアイテムを持っていて憧れた。私と同世代の一人っ子は、どんな心情で、どう過ごしてきて、今はどんな価値観を抱いて日々を送っているのだろうか。そんな疑問がわき、今回は一人っ子男性の鈴木航平さん(仮名・33歳)に話をうかがった。

 待ち合わせ場所に現れた鈴木さんはひょろっとしていて背が高く、清潔感のある男性だった。優しそうな雰囲気なので、一見するとモテそうだ。しかし、この後彼から発せられる数々のエピソードに、私は目を白黒させることになる。
 
 鈴木さんの地元は北関東。小さい頃から一人遊びをしており、きょうだいが欲しいと思ったことはないという。そもそも「きょうだい」という感覚がわからないと。それは私も同じである。親とも違うし友達でもない。また、親からはやや過保護気味に育てられたそうだ。これも私と同じだ。

「これが一人っ子と関係しているのか分かりませんが、例えば公民館での行事や地元での祭りって小学生くらいだと友達と複数で行くじゃないですか。でも、自分の場合、そういう場に行くのは母親と2人でした。さすがに中高生になったら友達と行くようになりましたけど。

 未だに人付き合いや集団行動が苦手なんです。一対一の対話なら大丈夫なのですが……。思春期にはちょっとした反抗期はあって、一度カッとなってコップを投げて割ったことがありました。その時は罪悪感がすごかったです。でもその一度だけで、親とケンカをしたことはほぼありません」

 親とケンカをしたことがない? 私は現在進行形でしょっちゅう母親とケンカしている……。しかし、子どもの頃は親のために良い子でいなくては、期待に応えなければ、親を喜ばせなければと常に思っていた。


■「墓がある場所から離れないでほしい」


「高校生の頃、部活から友達と帰っていたら、その友達は途中でラーメンを食べて帰るって言ったんです。僕も一緒に食べても良かったのですが、なぜかここでラーメンに付き合って帰りが遅くなったら親に悪い、という罪悪感が募って食べずに帰りました」

 私も明確な門限はなかったが「早く家に帰らなければ」という意識はあった。「夕飯は家族そろって食べるもの」という家庭だったので、学校帰りに友達とファミレスでご飯、なんて考えられなかった。また、食事中のテレビも禁止されていたため、夕飯時はその日あったことを事細かに親に報告していた。

 しかし、高校生の頃は親とのケンカが多く、家は私にとって帰りたくない場所だった。それでも他に行き場がないので自宅に帰り、夕飯と入浴が済んだら自室にずっとこもっていた。

 また、大学の頃、鈴木さんは年末に実家に帰省し、大晦日に友達の家に集まり、そのまま初日の出を見に行こうと予定していたが、親と一緒に過ごさねばと途中で帰り、年越しは家族で過ごしたという。

 実は私も盆暮れ正月は両親の元で過ごさねばと思いこんでいて、なかなか飛行機のチケットの取れない中帰省していた。満席でチケットが取れなかったときは鹿児島空港や大分空港で降り、そこから宮崎に移動していた。しかしおととしの年越しは生まれて初めて友達と過ごした。帰らなくても親は怒らなかった。なんだ、意外と大丈夫じゃないか。ずっとつっかえていた親へのモヤモヤした感情のストッパーが外れた気分で爽快だった。

 そして、今の自分は自由業で休める日を自分で作れるのだから、わざわざピーク時に帰省する必要はないと感じ始め、昨年は少し早めのお盆帰省をしたら、空港も飛行機も空いていて快適だった。鈴木さんもどこかでストッパーが外れれば少し楽になるのかもしれない。

 鈴木さんは当初、地元の大学への進学を希望していた。親から「墓がある場所から離れないでほしい」と言われたのだという。突然出てきた墓という単語に少々面食らった。最近では墓の管理が大変だからと墓じまいをする家や散骨をする人も増えているというのに、なんだか逆浦島太郎になった気分だった。

 しかし、第一志望の地元の大学は残念ながら不合格。滑り止めで受けた東京の大学へ進学した。彼は東京に憧れていたのかと思ったら、どうやら違うらしい。

「やはり地元にいたかったです。上京の日は両親も一緒に来てくれて不動産屋で手続きをして、最後に駅の側の中華料理屋で食事をして別れる際、泣きそうになってしまったんです。臆病な性格なので、東京で一人でやっていけるのだろうかという不安がありました」

 大学進学で上京時、これから一人だ〜! 親と離れて自由を獲得したぞ〜! イエェェェーイ!!!と解放感に満ちあふれていた私とは真逆である。彼の話を聞けば聞くほど、なんだか私、親不孝者なのではないかと思えてきた……。

 幼い頃から一人で何かを作ることが好きだった鈴木さんは広告系の職を希望し、東京で就職した。地元で就職してほしいと親には言われたが、地元には鈴木さんが就職したいと思える会社はなかった。


■「血を絶やしてはいけない」という重圧


 どこまでもしんどそうな話の多い鈴木さん。ここまで自分にルールをかし、地元の親を気にしていると恋愛も何か問題がありそうだ。

「実は僕、初めて彼女ができたのが26歳のときなんです。さっきも言ったように人付き合いが苦手なので大学にもなじめず、一瞬だけ文化系サークルに入っただけで恋愛も経験していません。初めて付き合った彼女は、当時転勤で地方にいた際に、取引先の方からお見合いを勧められて交際に至りました。結婚も考えましたが、彼女はずっとその地で暮らしたい、でも僕は将来的には地元に帰らないといけない。それが原因で破局してしまいました」

 現在33歳の鈴木さんだが「一人っ子なので血を絶やしてはいけない」という思いから結婚願望はあるそうで、今、マッチングサイトで婚活中らしい。鈴木さん曰く、地元では「子は産んで当然」という意識がまだまだ根強いという。なんだか、10年以上前に「女は産む機械」といった内容の発言をして、多くの国民から批判を受けた元厚生労働大臣の柳澤伯夫氏を思い出してしまった。

 冒頭でも記したがぱっと見、鈴木さんはモテそうな外見をしている。マッチョ体型が好きな女性もいるが、私も含め、痩せ体型の男性を好む女性は多い。しかし、この体型のことでよく職場の男性たちから「もっと太れ」といじられるそうだ。幼少期からずっとこの痩せ体型でいじられやすかったため、自信のなさにつながったのかもしれないとも語っていた。

 痩せ体型克服のために筋トレやジムに通ったりする気はないのかと聞いてみるも、そのようなことをする気はないそうだ。個人的には筋トレをして筋肉を見せつけている男性が苦手である。ほとんどの男性はコンプレックス克服のため、また一部の男性は女性にモテたいために筋トレをしているようだが(以前ナンパ師を取材した際、ほとんどのナンパ師が筋トレを日課にしていた)、鈴木さんからはそういった「モテたい欲」「自分を良く見せたい欲」が感じられなかった。

 婚活男子の中には女性に求めるものが多すぎたり理想の女性像が高い男性もいる。鈴木さんはどんな女性を求めているのか尋ねてみるも、「ほとんど経験がないので、正直求めるものもわからなくて……年齢差がプラスマイナス5歳までというところでしょうか」と、はっきりしない様子だ。しかし、彼の過去の経験から考えると、彼の地元に嫁げる女性でなければならないはずだ。

「実は祖父が地元のちょっとした有力者で顔が広く、帰省するたび、近所の人から『鈴木さんところのお孫さんだね。しっかりお母さんを守らないとね』などと声をかけられます。父を数年前、病気で亡くしてしまったので、余計そう言われるのだと思います。印象的だったのは、父は僕が地元の市役所に就職してほしいあまり、コネを使って病室から市役所に電話をしようとしたんです。父は自分のやりたい仕事に就いていましたが、不安定な職でもありました。だから、自分の息子には安定した職に就いてもらいたかったようです」
 
 私の地元でも、公務員か地元の銀行員として就職するのが勝ち組とされていて、地元でそれらの職に就いた人は「親孝行だね」と言われる傾向にあるが、実際に亡くなる前の鈴木さんのお父様がそこまで市役所職員にこだわることに、田舎特有の体裁や見栄を感じた。

 さて、私は「一人っ子だからワガママなんでしょ?」と他人に言われるのが嫌だったが、鈴木さんは「一人っ子だからマイペースなんだね」「我が強いよね」と社会人になった今でも言われることが嫌だという。マイペース。確かにこの言葉は悪い意味を無理やり良いようにくるんで皮肉っぽく使われることもある。

 墓の近くにいないといけないこと、親への罪悪感、血を絶やさないための結婚……。閉鎖的な息苦しさの中を彼は生きているように思えるが、おそらくそれが彼や彼の地元の人たちにとっては普通なのだ。鈴木さんと私は地方の一人っ子、親の期待のために勝手に自分にルールを設けていることなどの共通点はあるものの、さすがに世界が違う点が多い。

 今回は男性の一人っ子のエピソードだったので、次回は自分と同じ女性に話を聞くつもりだ。

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姫野桂(ひめの けい)
宮崎県宮崎市出身。1987年生まれ。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをして編集業務を学ぶ。現在は週刊誌やWebで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)。ツイッター:@himeno_kei

2020年1月3日 掲載

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