観光公害対策はハワイに学べ バブルで押し寄せた日本人、現地住民はどうしたか

観光公害対策はハワイに学べ バブルで押し寄せた日本人、現地住民はどうしたか

観光公害対策はハワイに学べ(※画像はイメージ)

■インバウンドで嬉しくない悲鳴! 名勝地はガマンの限界という「観光公害」(2/2)


 国の「観光推進」の看板の下、日本は2020年に訪日外国人観光客数4千万人を目標に掲げている。一方、押し寄せた旅行客による「観光公害」が、京都や忍野八海、北海道の美瑛といった地域で顕在化。にもかかわらず、マナー啓発といった「対策」に、国は動こうとはしない。(以下は「週刊新潮」2019年8月8日号掲載時点の情報です)

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 個人の力では、大量に押し寄せてくる外国人観光客相手になす術などないと思うかもしれないが、そんなことはない。実は、傍若無人な外国人観光客の振る舞いで環境や住民の生活がズタズタに破壊されながらも見事、「観光公害」を克服した世界的な有名観光地があるのだ。ハワイである。

 実はこの“南国の楽園”は1980年代後半に深刻な「観光公害」に襲われた。漁師たちは、大量の外国人観光客に対応するためのホテル建設で漁場が荒らされた。農民たちは、ゴルフコースの開発のため農地を奪われた。マウイ島では先祖の墓がある神聖な森に外国人観光客がズカズカと足を踏み入れ、美しい泉には1日50隻以上もの遊覧船が殺到し、観光客が捨てるゴミなどで水質汚染が始まった。

 ワイキキで「爆買い」に興じる外国人観光客は、やがてマカデミアナッツだけでは物足りなくなり、島の不動産まで買い漁った。当時のホノルル市の財務局長が、この勢いが続けば1年でオアフが買い占められてしまうと危機感を示したと報道されている。

 ここまで聞けば、ここに登場する「外国人観光客」が何者かお分かりだろう。そう、我々日本人である。バブル華やかなりし頃、世界中へ飛び出した日本人観光客は、高級レストランで居酒屋のように酔っ払い、バチカンで祈りを捧げる人々にフラッシュを浴びせ、そのあまりのやりたい放題ぶりからタイム誌が「世界の観光地を荒らすニュー・バーバリアンたち」なんて特集を組んだこともある。そんな日本人が引き起こした「観光公害」の中でも、最も深刻なダメージを負ったのがハワイだったのだ。

 では、ハワイの人々はこの問題をどうやって解決したのかというと、「住民ファースト」にしたのである。まず、地元住民、観光業者、自治体が定期的に集う協議体を作った。ここに、環境保護団体や業界団体なども参加して、それぞれの立場で観光政策の問題点を議論したのである。その場で、どうやって自治体に対策を取るよう働きかけるべきかを話し合い、また、過去の教訓から、どんなに観光客が好みそうな場所でも居住エリアの場合、商用許可を認めないなど、地域ごとに高さ制限や歴史的建造物の保護などの建築基準を厳しく制限する「ゾーニング」という規制を行った。


■新たな「おもてなし」とは


 これはわかりやすく言えば、外国人観光客と地元住民の摩擦がなるべく起きないように、外国人観光客の活動エリアを作ってそこへ誘導していくという考え方である。例えば、オアフ島では、外国人観光客をワイキキビーチやアラモアナ・ショッピングセンターなどへ誘導したことで、それ以外の住民の居住エリアへの「侵入」の拡大を防いでいる。

 この「ゾーニング」によって、「観光公害」を抑制したのはハワイだけではない。スペインのマヨルカ島だ。年間1400万人の観光客が訪れる、バレアレス諸島最大の島・マヨルカ島は、ヨーロッパ屈指の人気観光スポットであり、過去には外国人観光客数が急増しすぎて様々な「観光公害」が発生した。が、99年からゾーニングを導入したことで、居住エリアと観光スペースの分離に成功し、「マナーの悪い外国人観光客」と住民の衝突を回避しただけではなく、無秩序な観光開発の抑制にも成功したのである。

 このような過去の事例に学べば、京都をはじめとした「観光公害」に悩まされる自治体が取るべき道は自ずと決まってくる。

 まず、殺人的な混み具合となっている京都への外国人観光客の「一極集中」を緩和するために、周辺へ誘導していく。周辺とはどこかというと例えば、隣接する奈良県だ。京都の外国人訪問客数が年間800万人を超えているのに対して、奈良の訪問客数は約200万人。平城宮跡や東大寺など京都にも劣らぬ文化財があることを踏まえれば、まだまだ外国人観光客受け入れの余裕はある。このような周辺への分散に加えて、さらに居住エリアと観光スペースを明確に分離するというゾーニングも必要だ。

 そのような棲み分けが進めば、究極的には外国人観光客が殺到する人気スポットやホテルと、日本人観光客が目指すスポットやホテルを分けていくこともできる。そんなのはまるで差別をしているようだと思う方には、カプセルホテルをイメージしていただきたい。女性客専用エリアと、男性客のエリアは明確に分かれている。ゾーニングで宿泊客同士の過度な接触を回避し、余計なトラブルを未然に防いでいるのだ。

 冷静に考えれば、観光客が遠い異国の地だからこそ堪能したい「非日常」と、住民がいつもどおり静かに過ごしたい「日常」を同じ場所に詰め込んでうまくいくわけがない。ウマの合わぬ者同士、最初から顔を合わせない方が互いに優しくなれるに決まっている。

 深刻化する「観光公害」に、日本人の我慢もそろそろ限界。「反観光デモ」でも起きぬ前に、ゾーニングという新しい「おもてなし」の形を検討すべきだ。

鈴木大和/ジャーナリスト

「週刊新潮」2019年8月8日号 掲載

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