99%の大多数よりも(中川淳一郎)

99%の大多数よりも(中川淳一郎)

イラスト・まんきつ

 東京都小金井市では、大みそかの除夜の鐘がうるさいとクレームがついて中止となり、東北では運動会の開催を知らせる花火が中止となったそうですね。私自身は、世間の騒音に異議を唱え続けてきた中島義道氏の著書『うるさい日本の私』に共感するものの、さすがに除夜の鐘と運動会の花火に文句をつけるのは「世も末」としか思えない。

 中島氏は、公共の場でのアナウンスや廃品回収車の宣伝音などと戦ってきました。若い頃は私も全面的に同意していましたが、たとえば動く歩道の「こちらで終わります」的な機械音のアナウンスは、健常者にはうっとうしいけれど、視覚障害者には必要なものだろう、と今は思います。

 さて、除夜の鐘と花火です。ここまで来るともう、オレ様のクレームで潰してやったぜウハハハという万能感を得たいのでは、と思ってしまいます。あるいは他人に構ってもらえないため、「迷惑を受けている立場」を強調することで、相手にしてもらおうとしているのでは?

「うるさくて苦痛だ! 1年を振り返る大事な日なんだから静かに過ごさせてくれ! 我が家の元日は朝5時に起きて乾布摩擦をするのが先祖代々の重大行事なのに、除夜の鐘のせいで毎年4時間しか寝られない。これは重大な人権侵害だ!」なんて言ったら筋は通っているわけですよ。

 私は匿名掲示板5ちゃんねるに書かれた「99%の大多数よりも1%以下のクレーマーを優先するのそろそろやめよ」や「除夜の鐘聞こえないから鳴らせってクレーム入れてくるわ」という意見に全面的に賛同しますけど。

 とはいえ多様性(笑)の時代なだけに、こうなったら、こうした寂しい方々のために、文句をつけられそうなアイディアとロジックをいくつか出しましょう。「楽しみにしている人もいる」「年に何度もあることじゃないから……」といくら力説しても聞く耳を持たないエヌ氏の発想、とお考えください。ただし、救急車のサイレンは必要なことぐらいは理解している、という常識があるとします。

「神輿の掛け声」→おごそかに黙って担げ!

「通学路ではしゃぐ子供達の声」→静かに歩くよう注意書きの看板を設置せよ!

「夜騒ぐ酔っ払い」→20時を過ぎたら逮捕せよ! 私は朝が早いんだ!

「瓶缶の回収車の『ガラガラ』という音」→覆いのあるトラックを導入して閉め切って作業しろ!

「街路樹・商店街のライトアップ」→夜に明るいのは異常だ! エコの観点からも問題だ!

 このエヌ氏の「音嫌い」「普段と違う状態嫌い」はその後加速度を増していき、ついには「雨がザーザー降る音」「雷の音」まで耐えられなくなってしまいました。そこでエヌ氏は市役所に行き、「この音を放置した市の責任は重い。市全体を覆う高さ千メートルのガラスの屋根を作り、光は入るものの、雨の音や雷の音が聞こえないようにしなさい! 必要な水は貯水池に落ちる構造にしなさい」なんて言い出す。

 これを妄想と言ってはならない。「除夜の鐘」と「運動会の花火」まで中止に追い込むほどクレームに弱い社会になったのですから。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

「週刊新潮」2020年1月2・9日号 掲載

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