皇室はいかにして危機を乗り越えてきたのか? 『日本書紀』に見る悲喜こもごもの代替わり

■今年は『日本書紀』編纂1300年の記念イヤー


 新天皇が即位されてまもなく1年。今年令和2年(2020)は、もうひとつ、日本の歴史にとって記念すべき年でもある。我が国最初の正史『日本書紀』(720年)が完成してちょうど1300年を迎えるのだ。

 これを機に、現在、東京国立博物館では「特別展 出雲と大和」が開催中(3月8日まで)。また、「芸術新潮」2月号では「ラノベ日本書紀」と題した特集が組まれ、もっとも硬派なこの古典を、もっとも軟派な文体でわかりやすくノベライズしている。

 この『日本書紀』、日本人なら名前を知らない人はいないはずだが、実際に読んだことがあるのはおそらく一握りの歴史マニアだけだろう。けれども読んでみると仰天&笑えるエピソードも多く、本記事ではその中でも平成→令和の御代交替にちなんで、古代の天皇たちの生々しい代替わりのエピソードをいくつか紹介したい。

 ちなみにちょっとおさらいすると、『日本書紀』は全30巻から成る、いわば「古代天皇の履歴書」である。最初の2巻は天皇の祖先を語る神代の出来事、3巻目以降は初代神武天皇から持統天皇まで、皇后1人を含む計40人の事績が記されている。

■神の怒りに触れて天皇崩御! 身重の皇后が大活躍


 まずは14代の仲哀天皇。古代の英雄のヤマトタケルの息子なのだが、九州の熊襲制圧に夢中で、「熊襲なんて雑魚はどうでもよい。海の向こうの豊かな新羅を征服せよ」と神が教えてくれたのに無視したために突然死してしまった。

 跡を継いだのはまさかの身重の皇后だった。臨月のお腹を抱えて海を渡り、新羅王に朝貢を約束させたというのが『日本書紀』のお話だが、歴史学的には創作とするのが通説だ。

 この神功皇后、跡を継いだといっても即位はしていない。それなのに『日本書紀』が天皇と同列の扱いでその事績を記しているのは、三韓征伐と言われるこのエピソードが、古代の日本人にとって、朝鮮半島との関係の礎をなす重要な出来事と認識されていたからだろう。

■地方からやってきた天皇たち


『日本書紀』には、地方からやってきた天皇が3人いる。23代顕宗天皇、24代仁賢天皇の兄弟と、26代継体天皇である。

 仁賢・顕宗兄弟は、父親を雄略天皇に殺され、播磨(兵庫県)で牛馬の飼育係に身をやつしていたところを発見されて宮中に迎えられ、子のない清寧天皇の皇子となった。

 継体は越前でのんびり暮らしていたところを、時の武烈天皇が突然亡くなり、「すわ皇統断絶か!?」と王権内がざわつく中、大臣たちによって見つけ出された。ちなみに大臣たちが最初に声をかけたのは丹波(京都府)の倭彦王(やまとひこのおおきみ)なる人物で、この人には逃げられている。継体は『日本書紀』によれば応神天皇の5代後の子孫とされ、その出自や即位の経緯について、戦後さまざま議論されている。

■『古事記』のほうが面白い?

 じつは上記のエピソードは、ほぼ同様のものが『古事記』にもある。そしてこの『古事記』はというと、『日本書紀』と同時代を扱う歴史書ながら、市中には硬軟の現代語訳や、マンガ、研究書など関連本があふれて、古典の中でも高い人気を誇る。『日本書紀』とは対照的なのだが、一体全体なぜ『日本書紀』はそんなに敬遠されているのだろうか。

 まず言えるのは、文章が漢文で難解。現代の我々が読めないのは当然だが、奈良時代の官僚だって、ろくに読めはしなかったのだとか。完成の翌年には、宮廷内で読み方を教える講義がさっそく開催されていた。しかし我々は現代語訳を読めばすむのだから、まあこれはよい。問題なのは以下の2点だ。

 第一に、長い。『古事記』はたったの3巻なのに、『日本書紀』はその10倍の30巻もあ
る。

 第二に、脈絡がない。記事が編年体で並べられているため、関係ない話がずらずら並ぶ。読んでいても悲しいかな、まったく頭に入ってこない。そもそも“正史”は何かあったときに参照するためのもので、読みものとして通読することは前提とされていないのかもしれない。

 結論として、読まれないのもしょうがないよね……という感じではあるのだが、網羅的なだけあって、『日本書紀』にはとくに後半、『古事記』にはない独自の記事も見られる。

■天皇暗殺!からの女帝誕生

 歴史上、暗殺された天皇は2人。いずれも古代の天皇で、20代安康天皇と、32代崇峻天皇である。安康は皇族内のもめ事で仇討ちという形で暗殺され、これは『古事記』にも記述がある。

 一方、蘇我馬子による崇峻暗殺については『古事記』は完全スルー。『日本書紀』には、「いつかムカつくあの男を斬ってやりたい」という崇峻の言葉を伝え聞いた馬子が、自分のことを言っているのだと思い崇峻を殺させた、とはっきり記されている。

 ふつうならその後大混乱に陥りそうなものだが、『日本書紀』の崇峻紀は淡々と幕を閉じ、つづく巻でも30代敏達天皇の皇后だった皇女が、群臣たちに3度乞われて即位したと記すのみだ。史上はじめて女帝(推古天皇)が誕生したわけだが、それについても特段騒ぎ立てたり特別視することはなく、『日本書紀』を読んでいると、跡を継ぐ男子がいないなら女性が天皇になったってべつにいいのでは?という気持ちに素直になる。

■はじめて生前譲位した天皇は?


 昨年の上皇陛下の退位に際して、「生前退位(譲位)は歴史的にも珍しくない」という話はよく耳にしたが、『日本書紀』に登場する古代の天皇たちはというと、基本は死ぬまで皇位にあった。

『日本書紀』では、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を滅ぼしたかの「乙巳の変」を受けて、史上2人目の女帝・皇極天皇が弟に皇位を譲ったのが最初にして唯一の例である。ちなみに皇極は弟の没後に再度即位しており(重祚)、こちらも史上初。さすがにこれは現代ではあり得ないだろうけれど。

 以上、代替わりにしぼって紹介したが、『日本書紀』は神代から7世紀までというとんでもなく長い時代におよぶため、奇想天外なエピソードもちょこちょこ拾えてけっこう楽しい。先の「芸術新潮」の「ラノベ日本書紀」は、「日本初の男性保育士任命」や「レアステーキ殺人事件」、クーデター現場での「謎のランチタイム」など、古代の出来事が現代的な感性で翻案されているので歴史音痴にもとっつきやすい。

 せっかくの記念イヤー、今年は『日本書紀』に注目してみてはどうだろう。

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【展覧会情報】
日本書紀成立1300年特別展「出雲と大和」 3月8日(日)まで東京国立博物館・平成館にて開催

豊富な古代遺産をもつ島根県と奈良県がタッグを組んで、いにしえの祭祀と政治を象徴する神宝・遺物の数々を大展観!

   

デイリー新潮編集部

「芸術新潮」2020年2月7日 掲載

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