【新型コロナ】デマと分かっていてもトイレットペーパーを買い占める人の心理状態とは?

【新型コロナウイルス】『買い占めはカッコ悪い』というイメージを広めることで抑制も

記事まとめ

  • ティッシュペーパーなどの日用品が、デマを原因として買い占められる状況が続いている
  • シンガポールや香港でも買い占めが発生し、日本でも状況が一変する事態となった
  • 買占めに説教は効果が見込めないらしく『買占めはカッコ悪い』というイメージで抑制も

【新型コロナ】デマと分かっていてもトイレットペーパーを買い占める人の心理状態とは?

【新型コロナ】デマと分かっていてもトイレットペーパーを買い占める人の心理状態とは?

店頭から消えたトイレットペーパー

■米や缶詰も買い占め


 ここまで人は、デマに踊らされるのか――。ドラッグストアの前で長い行列が作られているのを目にし、そんな思いを持つ人もいるだろう。

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 新型コロナウイルスによるデマを原因として、ティッシュペーパーを中心に多くの日用品の買い占めが続いている。「明らかな嘘八百なのに、それでも買い占めを続けるのはなぜだろう」と首を傾げる向きも少なくないはずだ。

 まずは経緯を振り返っておこう。新聞や雑誌記事のデータベース「ジーサーチ」で検索を行うと、日本で最初に新型コロナを原因とする買い占めが報道されたのは、シンガポールのケースだったようだ。

 時事通信アジアビジネスの報道によると、ウイルスに対する警戒レベルが引き上げられたことを契機として、2月7日ごろから米やトイレットペーパー、即席麺の買い占めが始まったという。

 だが、同紙は10日に「スーパー買いだめ、日曜日には沈静化か=シンガポール」と報じた。記事に登場する女性のコメントを紹介しよう。

《女性は、買いだめをする人々がいると言われていたが見ていないと述べ、「買い込み過ぎて家に置き場所がなくなったか、買いだめをSNSで非難されたのでやめたのだろう。また、リー首相をはじめとした閣僚による説得があったせいかもしれない」と述べた》(註:引用に際してデイリー新潮の表記法に合わせるなどした。以下同)

 次に報道されたのは香港。NHKは2月17日、「感染拡大・香港 繁華街の商店からトイレ紙強奪 本土との出入り制限で生活用品不足」と報じた。

 記事が伝えたのは、香港中心地の商店に3人組の男が押し入り、トイレットペーパー600個を盗んだという事件だ。後に犯人は逮捕されたのだが、香港の買い占め状況を報じた部分をご紹介しよう。

《市民の間では、中国本土から商品が届かなくなるといううわさが広がり、不安が高まりました。このため、各地のスーパーや雑貨店では、連日、トイレットペーパーやティッシュペーパーなどが買い占められ、売り切れる事態が相次いでおり、日常生活への影響が広がっています》(註:改行を省略した)

 はっきり言って、日本人にとっては、この時点まで対岸の火事だったのだ。ところが熊本県の地元紙・熊本日日新聞の報道により、日本の状況は一変する。

 2月28日の朝刊に「トイレットペーパー買い占め騒ぎ 県内 SNSで『品薄』情報拡散 業者『事実無根。落ち着いて』」との記事が掲載されたのだ。

 それからの動きは極めて速かった。時事通信は同日、「ティッシュなど品薄に=『原材料マスクに』デマ拡散−ネットで高額転売も」と報じ、「全国的にトイレットペーパーやティッシュが品薄になっている」と伝えた。

 2月29日には安倍晋三首相(65)も記者会見で「事実でないうわさが飛び回っている。充分な供給量と在庫が確保されている」と国民に呼びかけた。

 しかしながら、首相の言葉であっても、大した効果はなかった。他に女性の生理用ナプキンや、介護用のおむつも品不足という報道もある。それどころか、今や紙製品以外の買い占めも発生している。エスカレートが止まらないのだ。


■避難しない人でも、買い占めは参加


 3月2日、毎日新聞は「新型肺炎:新型肺炎 トイレ紙、米、缶詰、納豆まで… 広がるデマ 広がる買い占め」と報じた。記事の一部をご紹介しよう。

《買い占めは米やパスタ、缶詰などの備蓄品や納豆にも及んでいる》

《大阪市内にある大手スーパーの担当者は「お客さん全体も通常より多く、食料品も売れている」と話した。米やパスタ、カップ麺、冷凍食品、缶詰などの備蓄品を買い増す人たちが多いという》

《東京都江東区のスーパーでも売り切れる食品が目立ち、店長は「肉も含めて売り場には何も残っていない。手の施しようがない」とこぼした》

 一体、どんな心理状態が、人々を買い占めに走らせるのか。新潟青陵大学大学院の碓井真史教授(社会心理学)に取材した。

「ここ数年、日本では大規模水害が発生してもパニックが発生せず、住民が避難所に向かわないことが問題視されてきました。ところが今回、日本で久しぶりにパニックが発生したわけです。私のところにも東京のメディアだけでなく、地元新潟のメディアからも取材の依頼をいただきました。いかに全国的な現象か分かります」

 水害の報道で、「正常性バイアス」という社会心理学、災害心理学の用語を耳にした方も少なくないだろう。未曾有の大雨を目の当たりにしても、「まだ大丈夫。避難の必要はない」と考えてしまうことを意味する。

「トイレットペーパーのデマに対しては、この“正常性バイアス”が働かなかったということです。いくつか理由は分析できます。まず私たちは、実際にマスクの不足に直面していました。『マスクの次はトイレットペーパーだ』というデマを信じてしまう下地が存在したことは否めません」

 品不足のインパクトは強烈、という要素も大きいという。それに比べ、「これからの2時間での雨量は100ミリを超すでしょう」とテレビで報じられても、なかなかイメージが湧きにくい。

「避難勧告と避難指示の違いが分からない、という報道もありました。災害情報を自分の問題と受け止めるのは、意外に難しいのです。逃げ遅れつつある住民が『大丈夫』という勘違いに気づくのは、隣の住人が逃げるのを見たり、近隣住民から避難を誘われたりした時です。その時に初めて自分自身の問題と捉えます。しかしトイレットペーパーの買い占めは、容易に理解できます。何しろスーパーに行けば、現実に商品棚が空になっています。その視覚イメージは強烈で、あっという間に危機意識が醸成されます」(同・碓井教授)

 碓井教授は「人間は雨量や震度、風力といった数字では動かない。しかし、棚が空っぽというビジュアルなら動くということです」と指摘する。

「また、避難所に移動するのは、相当な精神的負担です。誰だって住み慣れた自宅を離れたくないでしょう。このために正常化バイアスが働きやすい状況が生まれます。一方、買い物に心理的なストレスは存在しません。誰もが普通にスーパーやデパートに向かいます。心理的ハードルが低いわけです」

 しかもマスクやトイレットペーパーは価格も安い。簡単に買い占められるという側面も見逃せない。

 ツイッターに「新型コロナの影響でダイヤモンドが品薄になる」というデマが流れても、ダイヤの指輪を買い占める一般市民は皆無だろう。


■「家族のため」に買い占め!?


 ドラッグストアで行列を作る人々を見て、「デマに踊らされた馬鹿な人たちだなあ」と心の中で呟いた人もいるだろう。

 ネット上では「情弱」というジャーゴン(隠語)がある。「情報弱者」の略だ。トイレットペーパーを買い占める人々にこそふさわしい言葉のように思えるが、碓井教授によると実際は逆だという。

「デマに踊らされない人だけでなく、本物の情報弱者も買い占めの行列には参加しません。『トイレットペーパーがなくなる』というデマをキャッチして危機感を持ち、行列に参加するとなると、ある程度は情報に対する感度が高い人なのです。更に、それなりの金銭と時間の余裕を持っている人でしょう。悪質な転売目的を除くと、行列に並ぶ人は大半が『家族のため』という目的意識を持っている可能性があります。仮に高齢男性が行列に並んでいるとすれば、彼は自分の配偶者、子供や子供の配偶者、はたまた孫のために我慢して行列に並ぶというイメージです」

 買い占めには大義名分があるのだ。碓井教授は「大量購入、つまり買いだめは歯止めがきかなくなり、のめり込む傾向があると明らかになっています」と言う。

「ティッシュペーパーやトイレットペーパーを買い占めると、安心感や充実感を覚える人がいるはずです。家族を守る役に立てたからです。この感覚は、更なる買い占めの品物を探す動機になります。『中国でマスク増産のため、ティッシュペーパー用の紙がなくなる』という最初のデマとは関係ない、お米やパスタまで買い占められるのは、こうした心理状態で起きた現象だと考えられます」

 もし日本社会が無意味な買い占めを止めさせようとするなら、「馬鹿なことは止めなさい」と説教しても効果は見込めないという。

「人は説教より感謝されることで動きます。飲食店のトイレでは『汚さないでください』と注意書きするより、『綺麗に使ってくださってありがとうございます』と感謝のメッセージを掲示したほうが汚す人は減ります。買い占めをしている人に『デマに騙されているなんて馬鹿だね』と馬鹿にしたり、説教したりしても意味がありません。『家族を守るための行動ですよね、でも、過度の買い占めは社会全体にとってはマイナスですよ』と理解を示しながら諭すようなメッセージのほうが、効果的だと思われます」(同・碓井教授)

 それから日本全体で「買い占めはカッコ悪い」というイメージを広めていくことも重要だとする。

 碓井教授が「買い占めをする人は情報の感度が決して低くない」と指摘したのは、先に記述した通りだ。「カッコ悪い」という言葉に反応し、無意味だと気づくきっかけになる可能性があるという。

週刊新潮WEB取材班

2020年3月4日 掲載

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