お金があっても「買えない」もの(古市憲寿)

お金があっても「買えない」もの(古市憲寿)

イラスト・k.nakamura

 少し前になるが、タリーズコーヒーが「マスカルポーネティラミスラテ」なる飲み物を期間限定で売っていた。乳製品好きとしては絶対に試してみたい。

 しかし結局、販売終了まで手に取ることができなかった。値段は500円前後。金額の問題ではなく、カロリーと糖質に恐怖して、購入する勇気が持てなかったのだ。

 林真理子さんには負けるが、僕もダイエットが趣味。日頃、楽して痩せる方法を探している。この前は、ファスティング(断食)で痩せたという知人の噂を聞きつけて、トレーナーの先生の説明を聞きに行った。

 しかしチョコ好きの友人と一緒だったのがよくなかったのか「どうしたら断食はうまくいきますか」と質問しながらも、手にはしっかりとチョコを握っていた。どう考えても痩せる気がないと思われたのだろう。その先生と今では疎遠だ。

 昔、「欲しくても買えない」と言えば「高くて買えない」ものを意味した。値段で物事をあきらめていた。今では「高くて買えない」商品が減った代わりに、「買えない」理由が若い頃と比べて増えてしまった。

 人間は年を取るほど自由になるのだろうか。それとも不自由になるのだろうか。収入は増えても、身体が衰えたり、健康状態が悪化していくことは多い。資産を持っても、人生の冒険がしにくくなるという人はいるだろう。

 だが「何も持たない者こそ挑戦できる」というわけでもない。たとえば日本における起業率は、若者よりも中高年のほうが高い。「起業=若者」という一般的なイメージと違い、人脈も資金もある中高年のほうが会社を起こすのが容易なのだ。

 しかも副業で始めた起業のほうが、成功率が高いという研究もある(アダム・グラント『ORIGINALS』)。たとえばナイキの創業者は事業開始後しばらくは会計士としても活動していたし、グーグルやマイクロソフトの創業者は、起業後も大学に籍を置いていた。

 ポイントは安心感らしい。「本業がある」と思えるから、副業ではどんどん新しいことに挑戦できる。一方で、退路を断って起業した人は、臆病になって新しい挑戦に怯えがちだという。

 そもそも所属先が一つしかないという状態は、人を窮屈にする。他の選択肢があることは、心を穏やかにしてくれる。

 難しいのは健康に関してはそれが当てはまらないことだ。身体は一つしかない。片方の身体では節制を心がけ、もう片方では暴飲暴食をしたり、怪しい医療にお金をつぎ込んでみる、なんてことはできない。

 あるお金持ちに会って悟ったことがある。その人は肌は異様に綺麗だが、見事なまでに太っていた。どんなに資産と技術を投入しても、ダイエットだけは難しいらしい。

 地道な努力は重要だ。というわけで、ここで耳より情報を一つ。最近、僕の周囲で流行っているのがカリフラワーライス。ただのカリフラワーなのだが、チャーハンやピラフにすると普通に美味しいと評判である。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

「週刊新潮」2020年3月5日号 掲載

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