新型コロナでトンデモ医療を考える(古市憲寿)

新型コロナでトンデモ医療を考える(古市憲寿)

イラスト・k.nakamura

 何度もリメイクされてきた「ファイナルファンタジーX」という人気ゲームがある。不滅の魔物「シン」を倒そうとする物語だ。

 初期設定では、17歳になると死んでしまう疫病の流行する世界で、各地を治療しながら巡礼する少年少女のストーリーであったという。しかし、その治療法自体が人々を死に至らしめるものであり、主人公自身が気付かず病気をばらまいていた、という設定だった(「ファイナルファンタジーX・アルティマニア」)。

 よかれと思った行動が、結果的に厄災を招く。物語ではそこに切なさがあるわけだが、これは実際の歴史でも珍しい出来事ではない。

 手洗いの習慣や消毒法が確立される前は、医療従事者自身が病気をばらまくことも珍しくなかった。血や膿のついた汚い手で医者が手術をしてしまうため、病院こそが敗血症の温床だったのである。イギリスの外科医、ジョゼフ・リスターの発案で無菌外科手術が実現したのは、19世紀後半である。

 そう考えると、近代医学が確立するまでは、医療が救ってきた人の数は、害を与えてきた数に負けるのかも知れない。梅毒患者を水銀に入れたり、妊婦の静脈にブランデーを注射したりと、トンデモ医療の例は枚挙にいとまがない。

 しかし、現代人も過去の人々を笑ってはいられない。

 エボラ出血熱の流行初期、ある村の犠牲者のほぼ全員が、教会病院の助産所でビタミン注射を受けていたことがわかった。調べてみると、修道女はガラス製の注射器を毎朝、煮沸消毒していたが不十分だったらしい。しかも使用後は滅菌水で簡単にすすぐだけで、一日中使い回しをされていた(『ビジュアル パンデミック・マップ』)。

 感染症の歴史を紐解いていくと、「ファイナルファンタジー」の初期設定のように、よかれと思った行為が流行拡大を招いてしまうのは珍しくないことがわかる。むしろ明確な悪意によるバイオテロは、地下鉄サリン事件などの例外はあるが、事例としては非常に少ない。

 この冬、列島を騒がせている新型コロナウイルスによる肺炎も、多くの人のよかれと思った行動が、感染拡大を招いている。

 自分が新型肺炎だという診断が欲しくて病院を渡り歩いた人。体調が悪いにもかかわらず満員電車で仕事に向かう人。パニックになることや経済への影響を警戒し、情報統制を敷こうとした中国の役人。目の前で起こる出来事への対処に精一杯で、ダイヤモンド・プリンセス号を新型肺炎の震源地にしてしまった日本の厚生労働省。

 そこに無能や無策な人はいるが、とんでもない悪人がいたとは思えない。

「地獄への道は善意で舗装されている」とはよく言ったものだと思う。この格言には、善意の裏側に悪意が隠されているという解釈と、善意の行為が意図されざる結果を招くという二つの解釈がある。実際には、後者のほうが圧倒的に多いのではないか。不滅の魔物「シン」とは、人間の、無能な善意なのかも知れない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

「週刊新潮」2020年3月12日号 掲載

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