職員が逃げる秋篠宮家 “傘事件”でまたひとり…人手不足が慢性化

秋篠宮家、激務で人手不足か 宮務官が秋篠宮さまのご不興を買い依願免職か

記事まとめ

  • 眞子さまは小室圭さんとのご結婚について秋篠宮さまと紀子さまとお話されていないよう
  • 秋篠宮家は激務で、紀子さまが職員にお求めになる仕事のレベルも高く人手不足だという
  • 警察庁から出向していた30代男性宮務官が、秋篠宮さまのご不興を買い依願免職したとも

職員が逃げる秋篠宮家 “傘事件”でまたひとり…人手不足が慢性化

職員が逃げる秋篠宮家 “傘事件”でまたひとり…人手不足が慢性化

秋篠宮ご夫妻、眞子様

 秋篠宮家の長女・眞子さま小室圭さんとのご結婚が「2年後に延期」と発表されたのは一昨年2月。だが“膠着状態”を打破する兆しはいまだ窺えない。それは取りも直さずご一家の混迷を物語っており、日々お支えする「皇嗣職」もまた、累卵の危うきにあるというのだ。 

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 全世界で猛威を振るうコロナウイルス禍は、むろん皇室にも影響を及ぼしている。宮内庁担当記者が言う。

「2月23日、令和になって初めての天皇誕生日では恒例の一般参賀が中止となりました。また、3月2日に佳子さまがお出ましになる予定だった婦人発明家協会の『なるほど展』も中止に。これ以外にも、皇居などで清掃を行う勤労奉仕団の受け入れを一定期間見合わせるなど、方々で影響が出ています」

 今月10日には東京・墨田区で、東京大空襲の戦没者と関東大震災の犠牲者を慰霊する法要が営まれた。例年、秋篠宮家の方々が参列され、今年もご夫妻が出席なさる予定だったのだが、こちらも規模縮小に伴いお出ましが見送られている。

「ご公務の取りやめもあり、ご自宅で過ごされる時間が増えた秋篠宮ご夫妻は、やはり勤務先の博物館が休館中の眞子さまと接せられる機会も多くなりました。が、まるで“懸案”解決のめどは立っていません」(同)

 その懸案とは、他ならぬ「小室問題」の帰趨である。一昨年2月の延期発表を受け、秋篠宮さまは昨年11月のお誕生日に際し、

〈2月で2年たつわけですね。(中略)何らかのことは発表する必要がある〉

 と述べられていた。

「注目の2月には結局、何も動きがありませんでした。“発表”は眞子さまと小室さんによる『お気持ち』が文書で綴られ、そこで“再延期”が示唆されるとみられます。現時点で眞子さまは、お気持ちをまとめる作業に取り掛かっておられず、実際の発表は4月19日に控える秋篠宮さまの『立皇嗣の礼』の後になるでしょう」(同)

 当の眞子さまは現在、もっぱら宮邸で過ごされているといい、秋篠宮家の事情を知る関係者は、

「依然として、得心のいかないご様子だと拝察いたします。何しろ、いったん上皇さまのご裁可を頂いた婚約が事実上、無期限延期を余儀なくされているのです。また、一時は手放しで賛成なさっていたご両親までが再考を促しておられるのだから“はしごを外された”といったご心境であられるのは想像に難くありません」

 ご一家は昨年2月10日、宮邸の増改築工事のため、約9億8千万円をかけて建てられた「御仮寓所(ごかぐうしょ)」へと引っ越された。現在、宮邸は工費約33億円をかけて改修中なのだが、

「お引っ越し当日、眞子さまは終始憮然とした面持ちでいらっしゃいました。そもそも一昨年11月に小室さんと結婚されていれば、御仮寓所に住まわれることはなかったはずで、それが延期となってご家族と同居される事態となった。急遽ご自身のお部屋が割り当てられ“なぜここに住まなければならないのか”といったご不満が窺えました」(同)

 現在、ご両親と向き合う時間が増えたものの、

「相変わらず“肝心のお話”は交わせない雰囲気で、重苦しさが漂っています」

 というのだ。

 平成の終盤、不測の“大難”に見舞われた秋篠宮家。それは令和の皇嗣家となられてもなお、変わらぬご心痛であり、実はお支えする皇嗣職もまた、大いに揺らいでいるという。

「昨年5月、およそ50人からなる皇嗣職が発足しましたが、ご一家特有の“事情”もあって職員、とりわけ屋台骨となる宮務官の出入りが激しく、宮内庁は人繰りに頭を痛めています」

 そう打ち明けるのは、さる宮内庁関係者である。

「新たな皇嗣家では、侍従職や旧東宮職のような『侍従』『女官』という呼び名をやめ、身の回りのお世話をする側近幹部はいずれも宮務官で統一されています。秋篠宮家では従来、両殿下やお子様方に関する仕事を、分け隔てなく職員が共有しており、その伝統が御代替わり後も継承されたわけです。これは言い換えれば、職務の垣根を越えてあらゆる作業が舞い込んでくるということでもあるのです」

 秋篠宮家といえば、宮内庁きっての「ご難場」とされ、その激務ぶりは広く知られるところである。

「ご家族が五方おられ、中でも皇位継承権を有する男性皇族がお二方おられるのだから、そのお世話は多岐にわたる。御代替わりとともに職員はおよそ2倍に増えたとはいえ、慢性の人手不足に悩まされている現状に変わりはありません」(同)

 加えて、紀子妃が職員にお求めになる仕事のレベルは高く、前出のご一家の事情を知る関係者が言うには、

「重責に耐えかねた職員が赴任早々、身体に失調をきたす、あるいは依願免職を申し出るケースがこれまでしばしば見受けられました」


■発端は「ブータン旅行」


 宮務官の定員は本来10人のところ、

「直前で辞退者が出たこともあり、5月の発足時は定員以下の8人でスタートしています。その後も女性宮務官が体調を崩して休職したり、昨年暮れには都内の学校法人から出向していた別の女性宮務官が急に辞め、代わりに皇嗣職で事務の補佐を務めていた男性が充てられるなど、わずか半年ほどで顔ぶれは目まぐるしく入れ替わってきました」(同)

 その中には、こんな事例もあった。

「警察庁から出向していた30代の男性宮務官が、今年1月24日付で依願免職となっています。東大法学部出身の彼はキャリア官僚として嘱望され、昨年5月に送り込まれたのですが、夏を迎える頃、ブータン旅行の打ち合わせに際し、秋篠宮殿下のご不興を買ってしまったのです」(同)

 ご夫妻と悠仁さまは8月にブータンへ私的旅行をなさっているのだが、

「現地にはこの男性が随行する予定になっていました。ところが直前に殿下から『それには及ばない』と遠ざけられてしまい、実際に側近である宮務官は誰一人随行しませんでした。一方で、殿下と親しい人類学者が一行の“団長”として旅程を取りまとめるなど、前代未聞のご訪問となった。私的旅行とはいえ、例えば平成の時代の侍従職や旧東宮職において、侍従や女官が旅先に同行しないケースなどあり得なかったのです」(同)

 さらに、こう明かすのだ。

「10月22日、即位礼正殿の儀に先立ち、午前中に皇居内で『即位礼当日賢所大前の儀』が執り行われていました。雨の降る中、両陛下の拝礼が終わったのち、秋篠宮殿下をはじめ妃殿下や他の皇族方も続いて宮中三殿の賢所に入られたのですが、殿下はその際、差していた傘をたたまれ、脇に控えていたこの警察庁出身の宮務官らに、まるでボールを投げるかのように無造作にお渡しになったのです」

 虚を衝かれた宮務官らは傘を落としかけ、慌てて掴む場面が目撃されている。

「その間、殿下は一貫して険しい表情で、この男性と目を合わせようともなさりませんでした」(同)

 こうしたことで心労が祟ったのか、先述の通り彼は1月末、職を離れるに至った。まさに傷心の末の辞表提出だったのだ。そして、先の宮内庁関係者によれば、

「欠員を埋めるべく、すぐに同じ警察庁から男性が出向してきました。ですがキャリアの前任者とは異なり、後任は準キャリア(旧国家II種合格)の幹部。そもそも霞が関では、皇嗣職の仕事の厳しさはつとに知られており、どの省庁も手を挙げたがらない。事務職員などは現在、地方自治体から人をかき集めているのが現状です。警察庁は今回、有能なキャリアを失意のまま古巣へ戻されてしまった格好で、後任にキャリアを差し出さなかったのは“今後は考えさせてもらう”という通告であると、宮内庁内では受け止められています」

 警察庁に尋ねると、

「お尋ねの職員は本年1月から当庁暴力団対策課理事官として勤務しておりますが、個別人事異動の理由についてはお答えを差し控えさせて頂きます」(広報室)

 というのだが……。

「週刊新潮」2020年3月26日号 掲載

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