上皇ご夫妻お引っ越し 地元商店街の静かな歓迎

上皇ご夫妻お引っ越し 地元商店街の静かな歓迎

上皇ご夫妻

 皇居を離れた上皇ご夫妻は、先月31日、仮住まいの高輪皇族邸へと移られた。地元の熱狂的な歓迎が想定されていたわけではないが、その反応は少し意外で――。

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 上皇ご夫妻が入られる赤坂御用地の東宮御所は、バリアフリー化などの改修工事に約1年半を要する。そのあいだ住まわれるのが、港区高輪にある今回の高輪皇族邸、つまり「仙洞(せんとう)仮御所」である。

 入口には、警察車両と警察官。見物人が群れることもなく、周囲を見渡しても、“上皇ご夫妻歓迎”といった横断幕があるわけでもない。どことなく淋しげな気配が漂うのだ。地元の「メリーロード高輪商店会」の大駒敏会長に聞くと、

「お引っ越しが決まった当初、商店会や町会の皆さんで、お引っ越しの日に、“奉迎”と書かれた提灯を持ったり、旗振りでお出迎えしようという話が出てはいましたけど、やめたんですよ」

 後を受けて、洋菓子店を営む女性はこう語る。

「皇族邸には高松宮さまがお住まいでしたから、周辺の人々は、身近に皇族の方が暮らされることに馴れています。騒ぎ立てず、静かにお迎えする心構えができているのは、この土地ならではだと思います」


■紅白の提灯


 皇族邸は、高松宮邸として町にとけ込んできた。周辺には昔からの寺や和洋菓子店、美容室などが点在し、下町の風情もある。町会長の安藤洋一さんが述懐する。

「大昔、私が小学生のころですが、夏は皇族邸のプールに泳ぎに行っていたし、高松宮さまは、ごく自然に周辺を散歩されていました。中学校の運動会に飛び入り参加されたなんて話もあります。当時を憶えている住民はいまも多いんですよ」

 宮内庁担当記者の話。

「1987年に宮様が、2004年に喜久子妃が薨去されて以降は無人でした。戦後、宮様のご意向で払い下げられた土地には、港区立の中学校や区役所の支所、アパートやマンションなどが建てられました。それもあって、いまの敷地は2万平方メートルほどで皇居の50分の1以下。こぢんまりとしているので、上皇ご夫妻が続けている散策は、皇居まで赴かれてなさる予定です」

 というから、ご夫妻のお姿は滅多に見られないようだ。“皇族馴れ”しているとはいえ、地元住民は少し淋しいのでは。商店街の軒先に、「奉迎」の提灯が掲げられていた。地元の「小池企画印刷」の作という。同社の小池康雄代表によると、

「少しでも明るくお迎えしたいから、紅白の提灯でもと思ってね。飲みに行くのを半年我慢するつもりで、自腹で100個作って配りましたよ」

 和菓子店「松島屋」の豆大福は、昭和天皇の好物として知られる。3代目主人の文屋弘さんは、

「昨年の暮れ、期待と歓迎の気持ちを込めて紅白二つの餅を箱に入れた“おしどり餅”を400円で売り出しました。また作りたいと思っています。もし上皇ご夫妻がふらっと買いに来られたら、大福くらいおまけしちゃおうかな」

 と笑う。5月になれば、皇族邸入口前に港区が植えたバラ「プリンセス・ミチコ」が、綺麗な花を咲かせるはずである。

 こうした静かな歓迎に触れたなら、上皇ご夫妻も高輪の町を“お忍び”で散策したくなられるかもしれない。

「週刊新潮」2020年4月9日号 掲載

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