「東京五輪」は来年も開催できない!

「東京五輪」は来年も開催できない!

開会式の日はくるのか?

「計画通りの開催」に拘ったお偉方もあっさり陥落である。1年間の延期が決まった東京五輪。が、「コロナ禍」が来年には収まっているという保証はどこにあるのか。パンデミック“予言の書”を著したとして話題の作家・楡周平氏が、あまりに楽観的な見通しを斬る。

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「『1年』の根拠って一体、何?」

「何でそんなに楽観的に物事を考えられるの?」

 先日の安倍総理の会見を見ながら、私は思わず呟いてしまいました。

 五輪は「中止」ではなくて、「延期」。これで救われた。そう考えた国民も多かったはず。でも、それは「1年」で片が付いた場合の話です。果たして、新型コロナはそんなに簡単な相手なのでしょうか。

〈楡氏の著書『サリエルの命題』(2019年6月、講談社刊)に注目が集まっている。ある“事情”で突如、日本に発生した新型インフルエンザ。離島の住民は全滅し、本州にも感染者が出た。頼みの治療薬も不足し、1年を切っていたオリンピックの開催も危機に……。未知のウイルス、都市封鎖、そして五輪開催の是非と、まさに現在の日本が直面する課題が次々と登場する“予言の書”。その生みの親である楡氏は、現実となったこの危機をどう捉えているのか。〉

 はっきり言えば、私は1年で片が付くとは思えない。付けばラッキー、くらいの感覚でいます。

 その最大の理由は、この「延期」がもっぱら日本や欧米など、いわゆる「先進国」の現状を前提に発せられているからです。これらの国々では既に感染が広がり、ピークを迎えつつある状況。だからこその「1年」なのでしょう。

 しかし、これらの国々の後に感染が広がると見られているのが、アフリカ、東南アジア、中東、南米など、いわゆる「途上国」です。これらの国々にコロナが本格的に広がれば、その被害は先進国の比ではありません。これらの国では、衛生状態も、栄養状態も先進国のそれとは違う。医療体制も貧弱です。新型コロナの治療に必要な人工呼吸器も人工肺も、先進国とは比べ物にならないほど少ない。おそらく発生する死者の数も、先進国とはゼロが1桁異なる数となるでしょう。

 とりわけ注視すべきはアフリカです。ご承知の通り、中国はアフリカの資源に目を付け、莫大な資金を投下し、人もたくさん散らばらせている。それを考えれば、新型コロナが爆発しないワケがない。今後、広がっていくであろう感染が、果たしてわずか「1年」で終息しているのか。また、終息したとして、オリンピックに選手を送り出せるほどの国情に回復しているのか。考えれば考えるほど、「完全な形での五輪」は困難に思えるのです。

 そもそも「1年」では、先進国だって決して楽観視は出来ません。このまま感染のピークが1カ月2カ月続いたら、経済はどうなるのか。コロナ騒動で株価は一気に下落し、大きな衝撃を与えました。今は一旦持ち直していますが、これはアメリカが大型経済対策を出すことへの期待、言わば「思惑買い」であって、企業活動が停止したままであれば、今度は一直線に「奈落の底」へと落ちるでしょう。そうなれば、いよいよ「恐慌」です。実際、アメリカでは、3月第3週、失業保険の申請が約330万人に達しています。あの「ウォール街大暴落」の際にアメリカで発生した失業者は1500万人と言われていますから、「大恐慌」の足音は確実に近付いている。

 そして、先進国が恐慌に陥れば、より脆弱な途上国の経済はひとたまりもない。その状況でオリンピックに人や資金を割く余裕があるのでしょうか。

 以上述べたようなことは普通の想像力を働かせれば簡単にわかるはず。それなのになぜ「1年後」なのか。仮に「再延期」となれば、経済損失は今の比ではないですよ。首相もバッハ(IOC会長)も、収束の目途がつくまで、延期の時期など迂闊に言うべきではなかった。あまりに考えが甘すぎます。ワクチンの開発に1年半はかかると言われていますし、治療薬もまだ確立されていないですからね。

 来年の夏にやらなければ困る“事情”がある人たちが「そのうち何とかなるだろう」というレベルの感覚で言ったとしか思えない。これじゃ植木等の世界で、「無責任」極まりません。情けないを通り越して、もう笑ってしまいますよ。


■“本当に出来る?”


 そもそも五輪自体、当初の経費は7千億円で、最終的には3兆円。当初の予算の4倍かかったプロジェクトなんてこの時点で「大失敗」なんです。一般企業なら損切りして責任者をクビにしますよ。五輪を呼んで本当に良かったのかということを、これを機に日本人は再考した方が良い。

 五輪に限らず、今回の騒動は我々に様々な“価値観”の転換を迫っているように見えます。

 中国という国についてもそう。実は東京開催が決まった7年前、私は浮かれる知人に「本当に出来ると思っているの?」と言ったことがある。その時は、尖閣問題がホットでしたから、中国は五輪が近づけば領海侵犯を繰り返すとか、サイバー攻撃を仕掛けるなど“嫌がらせ”をしてくるのではとか、中国がらみで不測の事態が起きるような気がしてならなかったのです。それがまさかのウイルスというもっと凶暴な姿に形を変えて日本を襲い、五輪は延期を強いられました。これもひとつの不幸な巡り合わせだと思いますね。

 これまで日本は、中国に対し、見たいものだけ見て、見たくない部分については、目を瞑ってきたんです。中国に進出すれば物は売れる。人件費は安い。私の友人の商社マンも「確かに問題はある国だけど、行かざるを得ない。だって売れるんだから」と言っていました。南シナ海への拡張政策も、チベットやウイグルでの人権弾圧もみな目を瞑り、大国と言うべき国力を付けさせてしまった。その結果がこの大混乱です。

 最近の中国は、武漢での新規の感染者を「ゼロ」と発表する日もしばしばですが、本当か。言論弾圧、人権無視、不都合なニュースは隠し通してきたあの国で、それは真実なのか。あれだけの感染力を持つウイルスが簡単に収まるとは思えません。これを機会に、今なお真実を隠蔽しているかに見える中国との付き合い方を真剣に再考すべきです。

 また、何より、感染症が人類にとってこれだけの脅威であり、どこの国もそれに対する備えが足りなかったということがはっきり露呈しました。ペスト流行の時代、あるいは100年前の「スペイン風邪」の時代は、国境を越えた人々の移動の手段は歩きや列車、船に限られていた。ウイルスは何カ月から何年もかかって伝播していくものでした。しかし、現代では、我々は24時間あれば世界の大抵の都市に行けてしまいます。つまり、潜伏期間中にウイルスはどこにでも広まっていってしまうのです。このことを前提にして、あらゆる事態を想定したプランを作るべきだったのに、どこの国もそれが出来ていなかった。感染症の脅威に対する「甘さ」をまざまざと浮き彫りにしました。

 これから先、日本にも感染爆発が起き、死者が加速度的に増えていくかもしれません。その最悪の事態に陥った時、我々にはもう一つ価値の転換を図らなければならないことがあります。誰も指摘していませんが、それは、我々は初めて「命の選別」を強いられるということです。


■“子や孫のためなら”


〈前出の『サリエルの命題』ではそのことがはっきりと記されている。

 感染爆発が広がる中、薬「トレドール」が効果抜群だということが判明。しかし、国には150万人分しか備蓄がない。まず誰に投与すべきか――。政府が想定していた「順位」は、妊婦や子ども、若者を優先し、高齢者は道を譲るというもの。「我が国の将来を守るため」という観点からの選択だが、これを表明した途端、世論は二分され、大激論が巻き起こる……。〉

 現状、新型コロナには「アビガン」という新型インフル薬が効き目ありとされています。仮にこれが特効薬になるとして、しかし、現在の日本には備蓄は200万人分しかない。とてつもない爆発が起こった時、全国民にそれは行き届かないことになるんです。

 その場合、当然、「優先順位」が付けられるのですが、実はそれは既に決まっていると思います。

 国は現在、新型インフルの発生に備え、「プレパンデミックワクチン」を備蓄していますが、その量は1株1千万人分。大量に発生した場合、全員に行き届かないため、「新型インフル対策特措法」の中で、「医療従事者」「対策に従事する公務員」といった人々にまず「特定接種」を行い、続いて一般住民に「住民接種」を行う。その際の順位については、国民を「(妊婦を含む)医学的ハイリスク者」「小児」「成人・若年者」「高齢者」の4分類に分け、「我が国の将来を守ること」に重点を置いた場合、若者を先、高齢者を最後にするという考え方を提示しているのです。

 これを議論した途端にとんでもないことになりますからあまり報じられていませんが、新型コロナの特効薬の処方についてもこの考え方が踏襲される可能性があります。つまり、あなたが高齢者だとして、新型コロナで重症化した場合、特効薬が使えるとは限らない。既に「優先順位」はつけられていて、若者が優先されるだろう。そしてこれは薬だけではなく、治療の場面でも同じで、感染者数が爆発し、治療できる病床が不足した場合、やはり優先してベッドに入るのは若者となるのではないでしょうか。しかし、果たしてどれだけの人がそのことを知っていますか。そして、それを受け入れる覚悟はどれだけあるのでしょうか。ほとんどの人はそれを意識すらしていない。が、意識しなければ“その時”大混乱を招く。それを問う意味もあって、私は『サリエルの命題』を著しました。

 実は、世界では既にこの問題が顕在化しています。

 新型コロナで医療崩壊の危機に瀕しているイタリアのある州では、これ以上、病床数の不足が深刻化した場合、80歳以上の患者には集中治療を受けさせない、というガイドラインが検討されています。

 更には、アメリカのテキサス州では、副知事のダン・パトリックが、「私のような高齢者を救うために経済を崩壊させないでほしい。子や孫のためだったら喜んで死ぬ。コロナのために国の将来を犠牲にしないでくれ」と声明を出している。

 昔から沈む船から逃がすのは、まず「女子どもが先」と決まっていました。社会の維持、再生産のためになくてはならないからです。しかし、今の日本人、とりわけ高齢者にその覚悟があるかと言えばまったく心もとない。私も現在、62歳とそのとば口にいますが、どうかこの事実とその是非を深く考えてほしいものです。

 でも、今、映画「三島由紀夫vs東大全共闘」に高齢者が行列を作っているんですって? ハイリスクな彼らがこの程度の自覚では、いずれ最悪の事態が日本を襲っても、何の不思議もありませんが……。

 コロナとの戦いはまだ緒に就いたばかり。

 メディアも政府の対策について盛んに論評していますが、解決策を国に求めてばかりではダメ。感染を封じ込めるためには人やモノの流れを断てば良いのですが、すると経済がダメになる。逆に経済を優先すれば、感染のリスクを高める。どちらに転んでも批判が出る以上、国の対策は中途半端になりかねない。

 それよりも問うべきは個人個人の行動です。うかつに人の密集する場所に行かない。閉鎖空間を訪れない。手洗い、うがいを徹底する。これを行えば、感染爆発は防げるはず。政府にああだこうだ言う前に、己が自重する。それこそが最大の解決策だと思いませんか。

 コロナは我々に様々な問いを突き付けているのです。

楡周平(にれしゅうへい)
作家。1957年生まれ。慶應義塾大学大学院修了。96年、米国企業在職中に著した『Cの福音』で作家デビュー。以後は執筆に専念し、『再生巨流』『鉄の楽園』など、時代を先取りしたテーマで話題作を発表し続けている。

「週刊新潮」2020年4月9日号 掲載

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