「志村けんさん」「岡江久美子さん」は実名でも「コロナ死去」匿名報道のワケ

「志村けんさん」「岡江久美子さん」は実名でも「コロナ死去」匿名報道のワケ

志村けんさんと岡江久美子さん

■災害対応に尽力した男性の姿


 新型コロナウイルスによる死者数が国内で300人を超えたが、お笑いタレントの志村けんさんや女優の岡江久美子さんといった著名人はともかく、一般人の犠牲者は実名が報じられていない。

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 そもそも、自治体が犠牲者の氏名を公表しておらず、一部の自治体では、「遺族の了解を得ていない」との理由で年齢や性別すら明かさないケースもあるからだ。重い感染症ゆえに、偏見のリスクや遺族感情への配慮はもちろん、病歴は個人情報保護法でも本人の同意なく提供することが完全に禁じられているため、現状の「匿名公表」「匿名報道」は理解できる。ただ、死者の尊厳を考えた時に本当にそれでいいのだろうか。

 感染症でこれほど多くの犠牲者が出た前例がないため、単純比較はできないものの、まずは災害時に照らし合わせ、実名か匿名かの是非について考えてみたい。

 東日本に甚大な被害をもたらした昨年の台風19号では、100人近い死者・行方不明者が出たが、氏名公表には自治体間で差がみられた。犠牲者が出た13都県の中では、個人情報保護やプライバシーなどを理由に氏名を非公表とした自治体の方が多く、氏名を公表したのは岩手県や長野県などごく一部だった。

 ただ、非公表とした自治体でも、遺族が直接、報道機関に対して犠牲者の氏名などを明かして取材対応し、それが人となりとともに報じられるケースもあった。例えば、非公表だった福島県内では、死亡した福島県南相馬市職員の男性の父親が報道機関に息子の氏名などを伝えた結果、災害対応に尽力した男性の姿が実名で報じられ、多くの知人らが葬儀に参列するなど大きな反響を呼んだ。

 また、死者・行方不明者が2万人近くにも及んだ東日本大震災では、死者の身元が判明するたびに各自治体が実名公表し、マスコミ各社もそれにならって原則、実名報道を続けた。故人の顔写真がズラリと並び、実名や人となり、家族からのメッセージ等が合わせて掲載された新聞各紙の紙面が思い出されるだろう。

 国の防災基本計画では、死者・行方不明者の数を都道府県が集約することにはなっているものの、氏名公表の是非については規定がない。それでも氏名が公表され、実名で報じられるのは、「事実の重みが伝わる」「知人らが安否確認できる」「氏名は個人の尊厳の基礎」といった考えからであり、実名報道に公益性・社会性が高いとみなされるからだろう。


■京アニ放火殺人事件では


 こうした考え方は事件事故にも通じる。例えば、誰もが被害者、加害者になりうる死亡交通事故の場合、警察は亡くなった被害者名を実名で公表し、報道機関も実名で報じるのが基本だ。殺人事件など凶悪犯罪が起きた場合も、原則、死亡事故と同様に被害者名は実名公表され、実名報道がなされている。

 事件事故の実名報道の根底には、事実の記録に加え、社会の一人ひとりが同じ人間として事件事故を現実の問題として受け止めて悲しみや怒りを覚える、再発防止に向けた観点からもより具体的な情報が欠かせない等の考えがある。さらに、公表する警察が、捜査ミス等の何か重大な情報を隠していないかを検証するなど、権力不正の監視・追及の面でも実名は重要な要素となる。

 もちろん、実名報道にあたっては、被害者遺族らへの配慮が欠かせない。実名報道に公益性・社会性があるとはいえ、亡くなった大切な家族を静かに悼みたいと願う遺族も当然いるはずだ。

 昨夏に起きた京都アニメーション放火殺人事件では、京都府警は、遺族の意向をそれぞれ確認した上で、事件発生から1か月以上経ってから犠牲者の実名公表に踏み切るという異例の対応をみせ、報道機関に対しては、実名報道を拒否している遺族が多数いることも強調した。

 なお、京都府警が「匿名希望」と説明した遺族の中には、取材に対して「匿名は望んでいない」として応じるなど府警と遺族の間で食い違いが生じ、遺族意向の確認のあり方には課題を残したものの、こうした京都府警の姿勢は一定の評価ができるだろう。

(※京都府警の異例の対応には、当時の警察庁長官の意向があったhttps://www.dailyshincho.jp/article/2019/08200558/)。

 今回の新型コロナの問題に話を戻したい。新型コロナに感染して死亡した犠牲者らにとってみれば、不慮の感染症で突然に命を絶たれたという悲劇に加え、感染リスクから死に目にすら立ち会ってもらえない、遺族が立ち会えないという辛さもある。

 遺族からすれば、新型コロナで亡くなったのは、犠牲となった匿名の「誰か」ではなく、人格を持った「大切な人」なのだ。それにもかかわらず、世の中に知らされるのは、「○県の男性」という、機械的なたった数文字のみ。新型コロナには、死者の尊厳すらも踏みにじる怖さがあるとも言えるだろう。


■遺族の気持ちを適正に


 もちろん、先述した通り、故人を静かに悼みたいのでそっとしておいてほしい、感染した事実を伏せたいといった理由から、実名公表を望まない遺族もいるはずだ。ただ、その一方で、「失った大切な家族がこの世に生きた証しをしっかり残したい」「実名とともにより具体的な事実を発信することでこの感染症の恐ろしさをしっかり世に伝えたい」――、そう考える遺族も少なからずいるのではないだろうか。

 まず今はコロナの感染拡大抑止のため、各自治体が奔走していることはよく分かる。ただ、亡くなった犠牲者の遺族の気持ちを適正にくみ取ることができているのか、遺族の意向次第では実名で公表すべきケースはないのか、よく考えて判断してほしい。

 無論、犠牲者や遺族のプライバシーは絶対に守らなければならず、自治体に加え、報じる際に実名か匿名かを判断する報道機関にも、最大限の配慮が求められる。実名が公表されれば、犠牲者の人となりなどを社会に伝えようと、各報道機関は遺族や周辺者に対する取材を試みるだろうが、犠牲者や遺族に寄り添う姿勢を忘れてはなるまい。

 各自治体は、遺族の意向を踏まえつつ、例えば、遺族のコメントを預かって代わりに遺族の思いを公表する、遺族の中でも取材対応する人を決めてもらってそれを報道機関に伝える、報道機関に代表取材を要請するなど、遺族の負担を減らすための工夫が必要となるだろう。

ライター・陽光満

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月27日 掲載

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