クルーズ船112人治療で「院内感染」ゼロ!「自衛隊中央病院」はなぜ奇跡を起こせたのか

自衛隊中央病院、院内感染ゼロの奇跡 チーム長の田村格1等海佐に取材

記事まとめ

  • 世田谷区にある自衛隊中央病院は、クルーズ船の112人治療で院内感染はゼロだった
  • 1等海佐は「最も注意した点は院内感染。何よりもそれを出さないことを優先」と語った
  • ウイルス防護マスク、N95の着脱など徹底的に訓練したという

クルーズ船112人治療で「院内感染」ゼロ!「自衛隊中央病院」はなぜ奇跡を起こせたのか

クルーズ船112人治療で「院内感染」ゼロ!「自衛隊中央病院」はなぜ奇跡を起こせたのか

約80人の医療スタッフは誰一人感染しなかった(写真は自衛隊中央病院)

 各地で院内感染が相次ぎ、医療崩壊が刻一刻と迫りつつある。いや、地域に限定すれば医師ら多数に感染が出た拠点病院が活動を停止したり、救急搬送が困難を極めたりしており、すでに医療崩壊が始まっているとの見方もある。

 そんな中、世界レベルでの“奇跡”を起こした医療機関がある。

「最も注意した点は院内感染。これが起きた時には、診療継続そのものが不可能になることから、まず、何よりもそれを出さないことを優先しました」

 112人もの新型コロナウイルス感染者を受け入れて治療し、4月上旬までに多くの患者を退院させたのは、東京都世田谷区にある自衛隊中央病院。しかも医師団約20人と看護師ら約60人の医療スタッフは誰一人感染しなかったというのだ。

 冒頭の発言は同病院感染対処隊診療部新型コロナウイルス感染症対応チームのリーダー田村格(かく)・1等海佐の言葉だ。

 各地で院内感染が多発、病院自体がクラスターの発生源となっている今、新型ウイルスとの“緒戦”を勝ち抜いた彼らの言葉は重い。テレビなどで専門家がしばしば口にし、一般常識となりつつある見方を覆すような内容も含め報告したい。

 中央病院は防衛大臣直轄で最高レベルの第1種感染症指定医療機関だ。病床は500床あり、田村1等海佐はじめここで働く医師は医官、看護師は看護官、薬剤師は薬剤官などと呼ばれる自衛隊員だ。彼らは一般の医療従事者と変わらない国家資格を持つ。

 112人の患者の内訳は、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号乗船者と、新型コロナウイルスが最初に確認された中国・武漢からのチャーター機による帰国者だ。

 チームの医療記録となる報告書はクルーズ船の104名について記され、医療従事者向けに病院のサイトから発信もされている。

 今回、初めてチーム長の田村1等海佐に取材することが出来た。方法はメールによる一問一答だ。現在、新たな国内感染者を受け入れ、治療を指揮する激務の中、応じていただいた。

「まだ退院者が出ず患者が最も多かった時、約20名の医師を4チームに分けて対応しました。看護師らを含む各々の医療スタッフも入院患者の全体状況を見ながら適宜増減し対応に当たりました」(田村1等海佐、以下同)

 1月30日、武漢からの帰国チャーター機の感染者を迎えたのを皮切りに、2月に入るとダイヤモンド・プリンセス号からも乗船者の感染者を受け入れた。

 患者の平均年齢は68歳で男女はほぼ半々だった。クルーズ船の乗員は主に30〜50代。乗客は70代が中心だった。

 その半分近く(48%)に基礎疾患があった。多い順に、高血圧など心血管系、甲状腺疾患など内分泌系、糖尿病、呼吸器系、がんとなっている。


■「ゆっくりと進行」


 入院時、軽症が41・3%、重症26・9%だが、全期間にわたって診察で全く症状や所見を認めなかった人が31・7%にのぼったという。

 私が衝撃を受けたのは次の点だ。

「軽い症状の人で、普段なら一般の病院やクリニックにすら行かないだろうと思われる人が多かった」

 これは、今しきりに脅威といわれる、感染経路が分からない人が多いことと符合する。

 WHOのテドロス事務局長が、2月27日の会見で感染者の症状について、「鼻汁はあまり出ない。90%の人は発熱し、70%は空咳を伴う」と述べたが、田村チーム長はその発言を「有症状者について限った話と捉えるべきだ」としている。これは、背後にある無症状或いは軽微な者への注意喚起を怠らないようにとのメッセージでもあろう。

 田村チーム長の話を続けよう。

「無症状・軽症の感染者も、CT検査にかけるようにしていました。その際、異常が認められるものが約半数に上ったが、それらの多くは、単純なレントゲン撮影では指摘されないようなケースが多かった」

 レントゲンで異変を見逃すリスクを避けるためにも、CTの活用が有効のようだ。

「CTで異常な影を認めたうち、約3分の1はその後、症状が悪化しました。それも初めて症状が現れてから7〜10日目であることが多く、比較的ゆっくりと進行した」

 それを彼らは、「Silent Pneumonia」(沈黙の肺炎)と名付けた。私が、はっとしたのは、テレビなどで専門家がしばしば「急激に悪化するから怖い」などと発言するのを耳にしていたからだ。確かに臨床の現場からも「朝、比較的元気だった患者が夕方には呼吸が苦しくなって重篤化した」という話がよく聞かれる。田村氏の証言はこれとは少し異なる。

 表面上、無症状だったり、症状が治まったりした患者について、症状悪化が緩やかに進むのをどうして察知できたのか? コロナ肺炎を重症化させないために極めて重要なポイントだ。

「高齢者ではSpO2(血中酸素飽和濃度)の低下、若年層では頻呼吸、すなわち呼吸数が増えることで気が付きました」

 SpO2というのは、人差し指の先に洗濯ばさみ様の器具を挟んで測定される。パルスオキシメーターと呼ばれるもので、血液中の酸素濃度96%以上が正常といわれる。これ以下に下がらないかを監視するわけだ。

 また重症者の中には命の危機に瀕し、酸素吸入を行った患者もいた。

「死亡のリスク要因には、一般に高齢と基礎疾患がありますが、そのいずれもがないのに重症化した例が少なからずありました」

 一体何が起きているのか、そうした人たちの共通項は何なのか。

「残念ながら、現時点ではわかりません。今後のデータ集積が必要です」

 中央病院でPCR検査は無論広く行われた。

「クルーズ船内で感染者と同室だった家族や濃厚接触した人にCT検査をした結果、新型コロナウイルス肺炎の特徴である『すりガラス様陰影』が認められました。しかし、PCR検査では陰性と出たケースが少なからずあったのです」

 PCR検査については、以前精度に問題があることを指摘したが、それを物語る事実である。

 今もテレビでは専門家が「PCR検査をもっとやるべきだ」と声高にコメントするのを見る。勿論、受け入れる医療システムのキャパの範囲ならば、どんどん検査をすればよい。しかし、病院そのものがクラスターの発生源になり医療崩壊紙一重の今、軽症者が検査のため医療機関に殺到するのは避けなければならない。

 東京や大阪などでは自治体がホテルなどの宿泊施設を借り上げ軽症者に療養してもらっているが、世話をするスタッフの感染防護装備不足も心配だ。

 そのPCR検査だが、中央病院でも当初、検体を採取して外部の検査機関へ送っていた。結果が分かるまで1週間ほどだったという。


■CT検査の苦労


 PCR検査の精度について、田村チーム長の言葉は注目に値する。

「退院するためには、時間をおいて2回検査することになっています。1回目は陰性であるにもかかわらず、2回目が陽性になる症例を数多く経験しました。明確な検討はできていないまでも、感覚的には70%程度の感度ではないかと思われました」

 この「70%程度」という数字だが、やはり感染者治療に当たった国立国際医療研究センターの医師も、あるメディアでそう述べていた。感度とは陽性を拾う指標で、「70%」だとこうなる。

 ダイヤモンド・プリンセス号での感染率を元に、ここでは単に3700人の集団をPCR検査するとして、20%つまり740人の感染者が潜んでいると仮定する。感度が70%だった場合、740×0・7=518人が陽性と出る。残りの222人は陰性となるが、これは偽陰性者で実際は陽性の感染者だ。この人たちは、「陰性者」として街に出て感染を拡げる可能性が高いのだ。

 田村氏の話から、私はPCR検査だけではなく、CT検査を併用するのが確実に精度を高める方法であり、より多くの患者の命を重篤な肺炎から守る手立てになると思う。

 CT検査の裏ではこんな苦労があった。

「当院には感染者専用のCTはありません。一般患者ら多くの人が使うCTをコロナ感染者にも使いました。それに当たっては、時間をずらしたり、患者たちが接近せず距離を保てるように努めたりしました。機器使用後は換気や消毒液による拭き掃除も徹底しました。また、医師や看護師のみならず、撮影に当たる放射線技師も防護装備が必要で、患者が入れ替わる度に着替えるなど手間をかけ気を使ったのです」

 感染者のウイルスに他者を曝露させまいという緊張感が窺える。

 クルーズ船の感染者は104人いたが、実に16の国と地域に分かれており、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアなどにわたっていた。言語の異なる患者とコミュニケーションを取りつつ各国の駐日大使館へ連絡、病状の説明を行った。それには相当数の通訳が必要なため、全国の自衛隊部隊に通訳要請で支援を仰いだ。

 また、入院時、軽症者が多かったこともあり、自ら母国語で連絡を取りたいとの要望が出て、WiFiルーターを設置したりもした。


■血中酸素濃度の測定


 食事も様々な要望があり、献立一つ決めるのにも苦労があったようだ。

「食事の配膳や着替えの回収は看護師が行いました。洗濯する際には、ウイルスをまき散らさないように、『アクアフィルム』という特殊な袋に詰めて洗いました」

 アクアフィルムとはウイルスを拡散しないために使われる水溶性のランドリーバッグのことだ。ホテル業のような気づかいと苦労もあったようだが、田村氏からは、

「できるだけサービス向上に努めました」

 と厳しさの中にも微笑ましい言葉が返ってきた。

 また、患者の治癒と同時に、部下にあたる医師・看護師・放射線技師・臨床検査技師などのスタッフを何としても感染から守りたいとの熱い思いが伝わってきた。アメリカNIOSH(国立労働安全衛生研究所)が認可したウイルス防護マスク、N95の着脱一つとっても、感染管理認定看護師3名の支援を受けて、徹底的に訓練したという。認定看護師というのは、熟練した技術と知識で高水準の看護が出来ると日本看護協会が認定した人たちだ。

 重症患者対応チームの医師たちは、24時間態勢で治療に当たった。

「日勤者がそのまま当直をこなし、明けた翌日再び日勤をすることもありました。比較的軽症の患者を診た医師たちも、患者数が多かったことから、全員の病状フォローやカルテの書き込みと整理など、かなりの長時間勤務を強いることになりました」

 112人ものコロナ感染者と向き合いつつ、医療スタッフに誰一人感染者を出さなかった背景を知ることは、日本だけでなく、院内感染に苦悩する諸外国にとっても重要だと思う。

 自衛隊中央病院の取り組みの記録は、コロナと闘う各病院が、院内感染から医療崩壊につながる最悪のシナリオを阻止するうえで大いに参考になるだろう。

 東京、大阪など自治体では、軽症者や無症状者にホテルで療養してもらうシステムが稼働しているが、それに関連して田村格・1等海佐はこう述べた。

「感染予防について経験ある人の助言を受け入れ、宿泊施設の構造を考慮したゾーニングを徹底すれば、やっていけるでしょう。その場合、専門家による事前の指導、スタッフの十分な訓練と防護資材の準備は必須と考えます」

 ホテルには医師と24時間態勢の看護師が詰めているというから、一連の取材を教訓に私はこう提案したい。

 ホテルにぜひ、血中酸素濃度を測定する器具を置き、感染者に異変がないか、毎日チェックを行ってほしい。さらに、頻呼吸についても同様の監視を怠らない。「沈黙の肺炎」から、死に至る患者を守れるのだから。

 何より、新型コロナウイルスとの戦いは、長期戦の様相だ。医療システムの継続こそ社会の安定につながる。

石高健次(いしだかけんじ)
ジャーナリスト。1974年朝日放送入社。「サンデープロジェクト」の特集をはじめ、2011年の退社まで数多くのドキュメンタリーを手掛ける。横田めぐみさん拉致報道で97年新聞協会賞。アスベストによる健康被害を掘り起こし、06、年科学ジャーナリスト賞。

「週刊新潮」2020年4月30日号 掲載

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