時給794円!?  自粛要請で年収800万のカリスマドライバーもお手上げのタクシー業界

 緊急事態宣言下の都内では、混雑でウンザリしていた電車ですら、簡単に座席に座れるようになった。終電まで飲み歩いている人も皆無と言っていい。
タクシー業界の苦戦は想像に難くないが、その実情はどうなっているのだろう 。

 市議会議員と二足の草鞋を履く異色のドライバー、下田大気(ひろき)氏(43)に話を聞いてみた。下田氏は、作家・志茂田景樹氏の次男としても知られ、ドライバーになって1年目で年収800万円を稼ぎ出したことから「カリスマドライバー」などと呼ばれることもある人物。業界をテーマにした著作も複数ある。


■収入は半分以下に


「2月に入ってからジリジリとお客さんが減り始め、3月に入っても下げ止まらず、ついに緊急事態宣言でトドメを刺されてしまった、という感じです。都内を走るタクシーの平均売上は、実働1回で5万円前後なのですが、今は2万円稼ぐのがやっと。既定の最低給はあるものの、売り上げの60%という歩合制がこの業界の慣習ですから、このままじゃとても生活が成り立ちません」

 タクシードライバーは、法律で義務付けられている勤務明けの休日があるため、1カ月の乗務は最大でも13回までと決まっている。仮に最大13回の乗務で1回の売り上げが2万円、60%の歩合とすると、収入は約16万円(額面)という計算になる。ある大手タクシー会社に倣い1回の実働を15.5時間とすると、勤務時間が月201.5時間となり、時給換算では794円。かなり苦しいのがわかる。苦しいのは運転手だけではない 。

「タクシー会社の損益分岐は、ガソリン代や乗務員の給与などを差し引いて、実働1回で約3万円と言われています。つまり2万円の売り上げでは会社自体も赤字営業の状態ということです」

 ロイヤルリムジン(江東区)がグループ6社の全社員600人を解雇するとの報道は世間に衝撃を与えたが、事業存続のために一斉休車を決めたタクシー会社も少なくないという。

「赤字営業を続けて会社を潰してしまうよりは、コロナが落ち着くまで休業してしまおうという考えですね。雇用調整助成金制度を使えば、社員の直近3カ月間の平均月収のうち、3分の2を助成金として受け取ることができます。今後、この制度を使って休業する会社が増えるとみています。

 ロイヤルリムジンのやり方には賛否両論ありますが、経営者としては頷ける判断です。タクシー業界では、資金繰りに同業者間で認可済の車両を売買する慣習があり、その相場は1台あたり約500万円とされています。

 タクシーは1台を2人で回しますから、600人の解雇人数に相当する所有台数は約300台になります。つまり、大勢を解雇したものの車両だけで15億円の資産を保持していることになります。しかもこの資産は価値が大きく変動しません。資金繰りの悪化で車両台数を減らすよりも、将来を見据えて車両をキープしておくということ。不動産業界出身の社長さんらしい発想だと思いました」

■この難局を乗り切る秘策はあるのか?


 タクシードライバーの一番の書き入れ時は、忘年会シーズンの12月で、次いで稼げるのが、新年会や歓送迎会、お花見の需要が見込まれる3月〜4月だという。それだけに、今回のコロナショックはタイミングも悪かった。

「本来ならこの時期、夜の街はお客さんでいっぱいのはずなのですが、外出自粛の影響で人影すら疎らです。むしろ、普段とは逆に午前中の方がお客さんを見つけやすいほどです。感染を避けて電車を使いたがらない会社員や、病院に行く人の需要がありますからね」

 夜の都内では、壊滅状態の銀座や丸の内に代わり、霞が関に車両が集まっているという。

「霞が関だけは、今も深夜まで煌々と明かりがついていますからね。しかも千葉や神奈川の官舎に住んでいる職員も多いでしょう。“一発逆転のロングライド”という淡い夢を抱き、ドライバーたちが集まっているんです。でも競争率も高くなっていますから、結局誰も乗せられないまま帰ってくるということもザラのようです」

 タクシー運転手一本の時代には、平均月収60万円を誇った下田氏。しかしさすがの“カリスマドライバー”でもこの逆境を乗り切る妙案は見当たらないという。

「タクシーで稼ぐには、とにかく空車率を減らすこと。1メーターでもいいので、絶えずお客さんを乗せ続けることです。そして目利きを養い、夜の街で終電を逃したロングのお客さんを確実に捕まえること。僕はそれを突き詰めることで年収800万円を稼いできました。1日の売り上げでいうと10万円ぐらいですね。

 でも、今は街に人がおらず、夜の街も死んでいる状態。これでは僕もお手上げです。本気でやっても3万円ぐらいの売り上げしか出せないと思います…。一般のドライバーさんたちは、政府の給付金など支援策を待ちつつ、減った乗車日にバイトを入れるなどして凌ぐしか方法がありません。とても厳しい状況です。」


■セーフティーネットとして機能しない


 下田氏がドライバーになったのは、リーマンショック後の2009年。事業の失敗で抱えた負債を返済する「再出発」のためだった。

「リーマンショックの時も、東日本大震災の時もそうでしたが、これまでタクシードライバーという職業は、不況で職を失った人たちの働き口という、一種のセーフティーネットとして機能してきました。ところが、今回はその役目を負うことも難しそうです。タクシー会社の休業が相次ぐ現状では、働きたくてもまず雇用してもらえないでしょうから」

 そもそも仮に雇ってもらえたとしても、収入が見込めなくては転職する意味がない。また、乗客が感染者だった場合、自身が罹患してしまうリスクもある。

「平常時で40組前後、今でも乗務すれば15〜20組ぐらいのお客さんを乗せることになりますから、感染リスクは間違いなくあるでしょう。コロナが怖くて自主的に休業しているドライバーも少なくありません。もっとも、タクシーの場合は窓を開けてしまえば換気は簡単なので、そこに気を付ければ“3密”には当たりませんけどね。みんなお客さんが降りる毎に除菌するなど、対策を取っています」

 約3万台といわれる都内のタクシーだが、街を走るのは既にその半数ほどになったそうだ。需給を考えるに、今後もその数は減っていくのかも知れない。

 最後に、本題からは逸れるがお父さん(志茂田景樹)の近況を聞いてみると……、

「去年、リウマチと膠原病になってから一気に足が悪くなってしまい、今は車いす生活です。急に老け込んじゃった印象ですけど、精神力はまだまだ衰えていません。Twitterも毎日更新していますし、コロナが落ち着いたらYouTuberデビューすると言っていましたね 。僕も見習いたいたくましさなんですよ」

デイリー新潮編集部

2020年5月7日 掲載

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