コロナ禍の時効停止を 死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を求める遺族の叫び

新型コロナウイルスで未解決事件の捜査停滞 「時効を停止すべき」と遺族が訴え

記事まとめ

  • 新型コロナウイルスの影響で、時効が差し迫っていない未解決事件の捜査は停滞
  • 約11年前、息子をひき逃げ事件で失った小関代里子さんは時効停止を訴えている
  • 「逃げ得が許されない社会になってほしい」と、昨年6月から署名活動を始めている

コロナ禍の時効停止を 死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を求める遺族の叫び

 新型コロナウイルスが猛威を奮う中、忘れてはならないのは未解決事件の存在だ。警察官らが懸命に治安を守っているのはわかるが、警察官らの感染が全国各地で相次ぎ、移動自粛も続く中で捜査のマンパワーが落ちている点は否めない。現場では、緊急性の高い身柄拘束事件等が優先され、公訴時効が差し迫っていない未解決事件の捜査は停滞しているのが現状のようだ。約11年前、最愛の一人息子を死亡ひき逃げ事件で失った埼玉県熊谷市の小関代里子(こせき・よりこ)さんはこう訴える。「緊急事態宣言中は適正な捜査ができないと思うので、長い目で見たら時効を停止すべき。時効についてもっと考えてほしい」。

■ひき逃げは人を死傷させる重大な「交通犯罪」


 そもそも、刑事の公訴時効はなぜ存在するのか。理由としては、「長い年月が経過し、証拠が散逸して立証が困難になる恐れが強い」「長期間の逃亡生活で犯人に事実上の社会制裁がなされている」などが挙げられるが、遺族感情への配慮や近年のDNA鑑定技術の進歩などを背景に、改正刑事訴訟法が施行された 2010年4月以降、殺人罪や強盗殺人罪など人を死亡させた罪のうち、最高刑が死刑となる罪では時効が廃止された。

 こうした中、2009年9月に埼玉県熊谷市で小学4年生の小関孝徳(たかのり)君(当時10歳)が死亡した未解決ひき逃げ事件を巡り、母親の代里子さんは昨年6月から、「死亡ひき逃げ事故の時効撤廃を切実に求めます!!逃げ得が許されない社会になってほしい!!」と題し、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を求めるインターネット上の署名活動(http://chng.it/TF9FSH8fjj)を始めた。

 活動では、殺人罪などは時効が撤廃される一方で、交通事故で人が死亡した場合、道路交通法の救護義務違反(ひき逃げ)の時効は7年、自動車運転死傷行為処罰法の過失運転致死罪の時効は10年にすぎない点に言及。殺人と同様に人の命を奪う「交通犯罪」になぜ時効が残っているのかについて異議を唱え、社会に対して問題提起している。さらに、ブログ更新や各地でのチラシ配布などの活動も展開し、孝徳君の事件解決を祈る傍ら、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を訴え続けている。

 実は、代里子さんのこうした切実な訴えは、過去に警察を大きく動かしたことがある。孝徳君の事件は未解決のまま、ひき逃げの時効が2016年に成立、自動車運転死傷行為処罰法の過失運転致死罪の時効10年も2019年9月30日に迎えるところだった。しかし埼玉県警は、過失運転致死罪の時効成立間近の段階で、罪名を時効が20年で法定刑も重い「危険運転致死罪」に切り替えて捜査を継続するという異例の判断をくだしたのだ。

 危険運転致死罪は、「アルコール又は薬物の影響により走行中に正常な運転に死傷が生じる恐れがある状態で運転」などを立証する必要があるため構成要件のハードルが高く、未解決のひき逃げ事件で罪名が変更され、危険運転致死罪が適用されるのは前代未聞となった。代里子さんは、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を訴える一方、孝徳君の事件では、「ひき逃げ事件の発生段階で過失か危険運転によるか原因は不明」として危険運転致死罪への罪名変更も主張し続けていたため、埼玉県警は遺族感情も踏まえる形で「英断」を下した形となった。

代里子さんは、死亡ひき逃げ事件は「早期の法改正による時効撤廃」を訴えながらも、「孝徳の事件での埼玉県警の判断が『異例』とならないよう、他のひき逃げ事件でも同様の判断が広がるべきだ」と主張する。

■コロナで遺族活動に支障も


 孝徳君の事件は時効延長になったが、代里子さんは「辛い思いをする遺族や被害者が他に出てほしくない」との思いから、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を求める活動を継続している。今年4月上旬には、東京・永田町で開催された国会議員らの交通安全議員連盟の総会にも出席。時効撤廃などを求める嘆願書を提出した。

 その後も、国家公安委員会委員長や法務大臣の元を訪れ、時効撤廃を直接訴えることも模索したが、新型コロナの影響でそれは事実上不可能となっており、チラシ配布や手書きの署名活動はままならない状況を強いられている。それでも5月になってからは、国家公安委員会や法務大臣宛てに、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を求める要望書を郵送で提出し、孝徳君の事件についてもブログを更新するなど情報提供を呼びかける日々を過ごしている。

「時効は誰のためにあるのか」
 代里子さんは活動を続ける中で、こう強く考えるようになった。確かに、孝徳君の事件は、適用罪名が危険運転致死罪に変更となり、事実上、時効は10年延びた。ただ、もしもこのまま情報が寄せられず、未解決でさらに10年が経過してしまえば、危険運転致死罪の時効も成立し、孝徳君の事件の捜査は打ち切られることになってしまう。

 緊急事態宣言中だけでも時効を停止できないか――。「時効の壁」が重くのしかかる遺族からすれば、わずかな期間も惜しいと思うのは至極当然のことだろう。

 実際のところ、過去の未解決の凶悪犯罪では、時効直前に解決したケースもある。1982年8月に愛媛県松山市で発生したいわゆる「松山ホステス殺害事件」では、当時の強盗殺人罪の公訴時効(当時15年)が成立する3週間前の1997年7月末に容疑者の福田和子(最高裁で無期懲役が確定後、和歌山刑務所に収容中の2005年3月にくも膜下出血で死去)が逮捕され、起訴されたのは公訴時効成立の11時間前だった。


■「必ず探し出します。諦めません」


 もちろん、緊急事態宣言中の期間だけ時効を停止にするというのは、刑事訴訟法の改正等の手続きも必要であり、東日本大震災の時ですら検討されなかったことなどを踏まえれば、現実的には厳しいだろう。ただ、捜査にたずさわる警察官はもちろん、一般市民にも、代里子さんのように時効について切実な思いを抱いている遺族がいるということを、是非念頭においてほしい。そうすれば、些細な情報であっても、何か事件につながりうる情報と考え、積極的に通報する姿勢にもつながるのではないだろうか。

 代里子さんは夫を病気で亡くした後、母親想いの優しい息子と二人暮らしの中、突如、その息子・孝徳君の命を奪われた。その悲しみ、犯人への憤りはいかばかりか。その思いを心にとどめながら、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を求める活動を個人で続け、これまでに賛同する署名をネットと手書きで6万件近く(5月中旬時点)集めた。

 幼くして将来を奪われたサッカー少年だった最愛の息子のために、懸命に前を向いて活動を続ける優しい母親は、犯人への思いをブログなどに掲載した手紙でこうつづる。

「事故が起きた時 孝徳は生きていましたか 痛がっていませんでしたか 泣いていませんでしたか 助けを求めていませんでしたか!! 事故の日、孝徳の状況を教えてください。お願いします」

 そして、最後にこう締めくくっている。「必ず探し出します。諦めません。真実を聞くまでは、犯人と私には終わりはない」――時効は誰のためにあるのか、社会は改めて見直す必要があるのではないだろうか。

※代里子さんは事件から10年以上が経過した今、犯人が全国のどこにいるか不明のため、「突然、明確な事情もないまま引っ越した人を知っている方」「運転した車を突然、廃車した人を知っている方」「何年も放置されている車両を知っている人」などについても広く情報提供を呼びかけている。情報提供は、代里子さんのブログ(https://ameblo.jp/kosekitakanori/)の専用ページを通じてか、埼玉県警熊谷警察署(048−526−0110)まで。

週刊新潮WEB取材班

2020年5月17日 掲載

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