「黒川検事長」に異議 松尾元総長の“捜査ストップ”指令を公安関係者が告白

「黒川検事長」に異議 松尾元総長の“捜査ストップ”指令を公安関係者が告白

特捜部時代にはロッキード事件を担当した松尾邦弘検事総長(当時)

 検察幹部を退く年齢になっても、内閣や法相の判断でポストに留まることができる特例を新設するとされる「検察庁法改正案」。黒川検事長問題とも言われたこの改正案に世論は大いに反発し、与党は狙っていた今国会での採決を見送ることを決めた。挙句に黒川検事長のマージャン辞職という展開と相成ったが、法案について批判の声を上げた中には、検察トップだった松尾邦弘元検事総長もいた。そこで持ち上がったのは、トップ時代の捜査中止命令の前歴である。

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■オッサンの誕生日が話題に


 SNSでは、〈#検察庁法改正案の強行採決に反対します〉というムーブメントが各界の著名人を巻き込む形で拡大し、関心の高さを証明していた。そこまでこのハッシュタグが広がった理由について云々する人たちは後を絶たず、ある特殊機関がその一翼を担ったという珍説や単に巣ごもり生活でヒマだったからではということまで、さまざまだった。

 この法案でテーマとなっている、あるいは政府の側からいえば、テーマとされてしまっているのは、「検察人事への政治介入」。検察は首相だって逮捕する特権を与えられている以上、政治のみならず色んな勢力から独立しているべきだという建前だ。裏返せば、検察は清く正しく美しくあってほしいという国民の願いが見え隠れする。

 2009年以降、村木厚子さんに絡んだ郵便不正事件で、エースの検事が証拠物のフロッピーディスクを改ざんした件で身内のはずの大阪地検特捜部長らが逮捕・起訴されたり、小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」事件の捜査で、実際にはなかったやり取りが捜査報告書に記載されていたりなど、検察の信頼は失墜していく。

 その直後は自ら事件を発掘するリスクは極力負わず、証券取引等監視委員会などが掘り当てた事件を請け負うなど、薄氷を踏むようにして這い上がり、力を蓄えながら捲土重来の機会を窺ってきた。転機が訪れたのは鬼の森本宏特捜部長の就任以降。事務次官を目前にしていた文科官僚にカルロス・ゴーン(逃げられてしまったが)、そして秋元司元国交副大臣と、念願のバッジ(政治家)を逮捕するなど、それなりに存在感を示してきた……。

 もっとも、安倍政権下で、小渕優子経産相、松島みどり法相、甘利明内閣府特命相、佐川宣寿国税庁長官ら、疑惑の持ち上がった代議士や高級官僚はいずれも逮捕・起訴をまぬかれていることにフラストレーションを募らせる国民も少なくない。そういった人たちは、彼らがいずれも不起訴に終わっているのは、すべて安倍官邸の意をくんだ検察ナンバー2・黒川弘務東京高検検事長(63)の“仕事”だと指摘する。

 黒川検事長をいちやく時の人にしたのは、その定年延長問題だった。オッサンの誕生日がここまで話題になることはこれまでなかったかもしれない。黒川氏の誕生日は2月8日。今年のこの日で63歳となった黒川氏は、検事長の定年を迎えるはずだったが……。

 検察関係者によると、

「政府は黒川さんの定年を半年延長する閣議決定をしました。そんなことは前代未聞だという議論が沸き起こり、国会でも追及が始まった。官邸はかねて、現在の稲田伸夫検事総長が辞めて、黒川さんがトップになるという青写真を描いてきました。さすがに安倍官邸といえども、検察トップのクビを無理に挿げ替えることはできませんから、自発的な辞任のためのプレッシャーをかけた。稲田さんも一旦は辞めるハラを固めたようですが、結果として、辞めなかったんですね。安倍官邸にはこれまで人事をひっくり返され続けた不満がありますから。それで、ダラダラと後任人事が決まらないまま年を越してしまった」

 官邸と稲田総長との間の“チキンレース”は続いてきたのだが、その副産物のひとつが、黒川検事長の定年延長だったのだ。


■警視庁公安部の執念の捜査


 ともあれ、そんなこんなの背景があって、〈#検察庁法改正案の強行採決に反対します〉という動きが出てきたというわけだ。その動きに乗じて、颯爽と登場したのが松尾邦弘元検事総長。法務事務次官や東京高検検事長を歴任し、2004年6月から2年間、検察トップを務めた。

 松尾氏は、検察庁法改正案に反対する意見書を古巣の法務省に提出した後、記者会見を行った。その全文はここを参照してもらうとして、記事には、《首相は「朕は国家」のルイ14世を彷彿》とタイトルがつけられている。

 ザ・検察のように登場した松尾元検事総長だが、その姿を見て、「イやな気分になったね」と話すのは、警視庁公安部の元デカである。

「総長までやった者がしゃしゃり出てきて、辞めた人なら何でも言えますよ。ついでに松尾さんのイヤなことまで思い出しちゃったよ」

 松尾氏が総長だった当時にさかのぼる。

「オレたちは革マル派に対する捜査の過程で、JRの労働組合の1つである『JR総連』やその傘下団体『JR東労組』内において、革マル派活動家が相当浸透しているのを前提に、JR東労組の事実上トップ・松崎明の逮捕に血眼になっていた。マツを丸裸にするぞ、と。革マルはJR総連を完全に支配していて、その豊富な経済的地盤を元に警察や対立する団体や個人に住居侵入、窃盗、電話盗聴なんかをガンガンやらせてた」

「警察のデジタル無線も突破されててね。警察内の工学系の専門家は“そんなはずあるわけない。絶対に傍受は不可能ですよ”なんてせせら笑っていたんですが、彼らと共にいざ、革マルの浦和のアジトに踏み込んだら、ヘッドホンをつけた女の子がずらっと並んで、解読された無線の内容を文字起こししてました。オレたちは愕然としましたよ」

 当然、革マル派の面々は警察庁の、特に歴代警備局長をターゲットにし、盗聴や尾行で時に彼らの弱みを握り、あるいは年間数千万円規模の接待費を渡す代わりに、ガサ情報などの警察内部情報を吸い上げていった。

「だから、オレたちはガサ情報が漏れないように隠密捜査を繰り返して、証拠物を積み上げて行ったんです。その中で、JR総連の組合費など、豊富な資金をマツが私物化していて、ハワイにコンドミニアムを購入したりということがわかってきた。FBIの協力も仰ぎましたよ。それで、横領や特別背任などの容疑でマツを逮捕できるというところまでたどり着いたわけです」

 そして、松崎を逮捕する予定の前日、

「逮捕するためには検察も裁判所もクリアしていないといけないわけだけど、全部ゴーサインが出ていると。東京地検トップの検事正、ナンバー2の次席、そして上級庁の東京高検・最高検もぜんぶ大丈夫だと耳にしたんです。心躍りましたよ」


■そして松尾元総長は…


 しかし翌日、事態は一変した。

「当日、裁判所に逮捕状を請求する最後の段になって突如、松尾検事総長がダメだと。総長曰く、“この事件の被害者はダレなんだ? 東労組だろ? その組織は一貫して被害を受けていないと言ってるじゃないか”と。そんなの当たり前で、マツと一体の組織が被害を暴露するわけないじゃない。“被害者がないし、公判を維持するのは大変苦労するから”と、総長の鶴の一声で捜査はストップすることになったんです」

 松尾総長の言い分もわからなくもなく、政治が捜査に介入したわけでもないのだが、黒川氏に関して取り沙汰されている捜査中止指令には違いない。その後、松崎明が業務上横領容疑で書類送検されたのは2007年11月30日のこと。不起訴処分が下るが、松尾氏は総長の座にはすでになかった。

 当の松尾氏に見解を問うたところ、

「私はその捜査に一切かかわっていません。捜査に関連する書類にハンコをおすような立場であれば、この事件について覚えているはずです」

週刊新潮WEB取材班

2020年5月22日 掲載

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