小池都知事の「信念のなさ」こそ有権者が望むものなのでは(古市憲寿)

小池都知事の「信念のなさ」こそ有権者が望むものなのでは(古市憲寿)

イラスト・k.nakamura

 最近、やたら「百合子」の名前を聞く。友達とのLINEでも、メディア関係者との会話でも、最頻出単語は「百合子」。もちろん小池百合子東京都知事のことである。

 築地市場の豊洲移転騒動で世間を賑わせてから、しばらくは大人しかった小池知事であるが、新型コロナウイルス対策で再び大きな注目を浴びた。最近は「密です」「東京アラート」など流行語大賞にも選ばれそうな単語を連発、本領を発揮してきた(何の「本領」なのかは措く)。

 そんな中、ノンフィクション作家、石井妙子さんの『女帝 小池百合子』(文藝春秋)が出版され、話題となっている。「芦屋令嬢」という出自から、カイロ大学卒業など、数々の疑惑まで批判的に切り込んだ女性週刊誌的ノンフィクションだ。

 ある友人の感想は「なぜこんな普通に嘘がつけるのか」。確かにこの本の内容を素直に信じるならば、小池知事の人生は何から何まで嘘で塗り固められている。

 しかし僕の読後感はまるで違った。コンプレックスを持った主人公が、知恵を働かせ、機転を利かせて、人生のステージを軽快に成り上がっていく物語に読めたのだ。まるで『島耕作』。本当にマンガみたいな人生なのだ。だって、カイロ大学を普通に卒業するよりも、政治力と外交力で卒業を認めさせるほうがすごくないですか(どちらが真実かはわからないけれど)。

『女帝』は、百合子に確固たる信念がないことを批判的に描く(もはや僕にとっての彼女はマンガの主人公と同じなので、以下「百合子」と表記する)。確かに百合子が、本当はどんな政策を実現し、どんな社会を構築したい人物なのかはなかなかわからない。

 しかし日本社会は、強い信念を持つ政治家を忌避してこなかったか。政治とは「敵」と「味方」を区別して、何らかの政策を実現させようとすることだ。どんな決断をしようと国民が100%賛成することはまずない。誰かの幸福は、別の誰かの不幸になり得る。

 安倍首相は憲法改正への意志を表明するたびに強い批判にあう。有名人の政治的な発言を嫌がる人も多い。政治家を有名人の延長だと考えるならば「政治家に政治的な主張を持って欲しくない」という人も一定数いるのではないか。実際、ある市議会議員は「政治家は政治的発言をするな」と言われたことをツイッターで告白している。

 その意味で「本当は何をしたいのかわからない百合子」というのは、有権者の望んだ姿であるのだろう。

 あるドラマプロデューサーは早速、映像化の方法を考えていた。しかし『女帝』が原作となれば、さすがの百合子もOKを出すかわからない。いっそ舞台設定を変えた創作にしてもいいかも知れない。「振り袖、ピラミッドを登る」ではなく「十二単、マチュピチュに登る」、「東京アラート」ではなく「大阪エマージェンシー」。もちろんエンディングは主人公が内閣総理大臣に指名される瞬間。その先を描く必要はないだろう。主人公自身もさして興味がなさそうだし。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

「週刊新潮」2020年6月25日号 掲載

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