「あの戦争は日本が悪かった」は誰の主張? GHQが支配した新聞、ラジオ、映画の驚くべき中身とは

■日本人はなぜ自虐的になったのか(2)


 連合国軍司令部(GHQ)が、日本人に対してさまざまな心理戦をしかけていたことは歴史的事実である。その影響はいまだに残っており、日本人が歴史に関して過度に自虐的になる原因となっている、というのが有馬哲夫・早稲田大学教授の見解である。この心理戦の代表格としてよく扱われるのが、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)だ。

 WGIPに代表される心理戦によって日本人にいかなる意識を持たせようとしたのか。簡単にまとめると、以下のようになる。

「あの戦争で悪かったのは日本である。だから広島や長崎での原爆投下も戦争を終わらせるためには仕方のない行為だった。日本は無条件降伏をしたのだから、何も言う権利はないのだ。すべての戦争責任は日本の軍人たちにある。極東国際軍事裁判の判決は受け容れなければならない」

 実際にこうした考えの日本人は少なくない。しかし、こうした心理戦の実態はおろか、その存在すら歴史の教科書に記載されることはない。そのため多くの日本人はそれがいかなるものなのかを知らない。

 心理戦とはどういうものだったのか。有馬氏に聞いてみた。


■アメリカが浸透させた「太平洋戦争史観」


――具体的にどのようなことが行われたのでしょう。政府広報のようにアメリカの考えを伝えても、大して効果はないように思えるのですが。

有馬:アメリカは心理戦の研究を戦前からずっと行ってきて、戦後は日本のみならずドイツなどにも実施しています。

 そのやり方はとても巧妙で効率的です。検閲で情報を制限したうえで、自分たちにとって都合の良い情報を文化人、知識人、メディアを使って浸透させるのです。

 代表的な例としては「大東亜共栄圏」「大東亜戦争」という言葉を排除したことが挙げられます。

 彼らは大東亜共栄圏に関する書物の焚書(ふんしょ・書物を焼き捨てる)を行いました。さらに「大東亜戦争」という名称の使用を禁じ、「太平洋戦争」という名称を強制しました。これをメディアのみならず教育機関にも徹底させました。

 大東亜戦争という名称は、日本側があの戦争に閣議で定めた正式な名称です。これを禁じて「太平洋戦争」とするというのは、つまりは戦争をアメリカ側から見ることを強いたということです。

 しかも巧妙なのは、アメリカがそう押しつけたということは隠して、あたかも日本人が自発的に行ったように装ったことです。

 たとえば、彼らの側から戦争を描いた『太平洋戦争史』という本があります。著者は日本と戦った側、連合軍総司令部で、これを翻訳したのは中屋健弌という人物は、当時共同通信の渉外係でした。もともとは「太平洋戦争史」のタイトルで新聞連載されていたものです。

 どう考えても、向こう側の言い分のみをまとめた本ですが、まえがきで中屋は「冷静な立場から第三者としてこの問題に明快な回答」を示した本だ、と持ち上げています。

 この人物はその後、東京大学教授となり、現代史の研究と教育の中心的人物となりました。

 ちなみに、今日、日本の戦争について、日本側にも何らかの言い分や正当性があるようなことを口にしたり、また「大東亜戦争」という名称を用いたりすると、それだけで「右翼だ」と拒否反応を示す日本人が少なからずいます。これは当時、アメリカが浸透させた「太平洋戦争史観」の影響です。

 当時、日本人の多くは、あの戦争が実際にはどういうものだったのかを知りませんでした。新聞は正確な情報を伝えていませんでしたから。

 正しい情報に飢えているところに、これが「明快な回答」です、と出したので、みんなすべてをうのみにしたのです。言っておけば、書いてあることがすべて嘘だというわけではありません。ただ、すべてアメリカに都合の良い情報になっていたわけです。

 同様の手法はラジオを用いても行われました。

 NHKラジオでシリーズ放送された「真相はかうだ」は、『太平洋戦争史』のラジオ版とも言うべき内容です。「日本の戦争犯罪」について知らせるという触れ込みのこの番組では、間違った戦争に導いたのは誰か、ということをセンセーショナルに伝えました。

 悪質なのは、あたかもNHKの日本人スタッフが制作しているように見せかけながら、実際のシナリオは占領軍の中尉が執筆していたという点でしょう。この点は、著者名を明記した『太平洋戦争史』以上に悪質です。彼らはこのプロパガンダによって、日本が戦争に敗北したこと、苦痛と敗北は侵略戦争がもたらしたのだということを日本人に浸透させることに、なみなみならぬ熱意を示しました。

――ただ、あの戦争はやるべきではなかったでしょうし、当時の日本人もそう思っていたのではないでしょうか。

有馬:もちろん多くの日本人は戦争にうんざりしていたでしょうし、負ける戦争に突入した指導者たちへの反発もありました。しかし一方で、あまりに一方的な放送内容には反発も強かったのです。番組を聞いて激怒した聴取者の中には、抗議の手紙をNHK宛に送ったり、「月夜の晩ばかりではないことを覚えておけ」とすごんだりする人もいたそうです。

 いかに惨敗したとはいえ、それに関わった人をいきなり極悪人のように取り扱う論調に抵抗をおぼえる人がいても不思議はないのではないでしょうか。彼らもまた自分たちと同じ日本人なのですから。

■木下惠介、今井正、黒澤明、山本薩夫といった監督の映画も工作の対象に


有馬:これまであまり論じられてきませんでしたが、映画もまた対象でした。アメリカの内部文書には、映画とニュース映画も、心理戦に用いられたと書かれています。テレビが無い時代なので、映像メディアとしては強い影響力を持っていました。

 ニュース映画で、前述の太平洋戦争史観に基づいた報道をするのはもちろんのこと、驚くべきは劇映画もまた心理戦に用いたと記されている点です。

 具体的な映画名も書かれています。

「犯罪者は誰か」(田中重雄監督)、「大曾根家の朝」(木下惠介監督)、「民衆の敵」(今井正監督)、「喜劇は終わりぬ」(大庭秀雄監督)等。これらは心理戦の第1段階に使われたと書かれています。

 第2段階では、「わが青春に悔いなし」(黒澤明監督)、「戦争と平和」(山本薩夫・亀井文夫監督)といった作品名が挙げられています。木下惠介、今井正、黒澤明、山本薩夫といった名監督の名があることに驚かれるかもしれません。

 これらの映画には、軍国主義者と一般国民とを互いに対立するものと位置づけ、敗戦による苦難は前者のもたらしたものだが、後者もそれに責任を感じているというパターンが見られます。

 劇映画以上にニュース映画は露骨でした。「A級戦犯人“文明”の法廷へ」と題されたニュース映画のナレーションでは、東條英機らについて「残忍な戦争のプランを練った」「惨めな被告」といった表現を用いて伝えています。推定無罪の視点はありませんし、必要以上に元総理らを悪人扱いしています。

 他のニュース映画では、当時の日本政府の無力さをバカにし、社会党や共産党や労働組合を礼賛しています。これは当時の新聞、ラジオも似たようなものです。

 こうした情報も占領軍の検閲や言論統制を受けて作られていたのですが、国民はそれを知りませんでした。

――強い立場にある占領軍が都合の良い情報を一方的に流すのは褒められたことではないでしょうが、それを「心理戦」というのは大げさでは?

有馬:「心理戦」というのは彼ら自身が使っていた言葉です。これにかかわったケネス・ダイクというCIE(民間情報教育局)局長が、1946年の内部の会議でこう語っています。

「私たちはまだ戦いに従事していて、それは平和的工作ではないということです。つまり、戦いでは相手のバランスを崩そうとします。そして右のいいジャブを打ったら、相手が立ち直る前に左のジャブを打たねばなりません」

 この考えのもと、彼らは日本人が敗戦のショックから立ち直り、我に返る前に次々とジャブを打ち続けたのです。

デイリー新潮編集部

2020年7月18日 掲載

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